海よりいでて海へと注ぐ歌(海津温泉に捧ぐ)
水を打ったように静かな朝が来た。
大浴場に行くと誰もいなくてびっくりした。ゆうべはあんなにも賑わっていたのに。泊まりの客は少なかったということか。あれ、もしかしてシャッターチャンスでは……
でも、こういうときに限って手元にスマホはない。部屋に取りに戻るのは、億劫というよりも、なんだかもったいない気がした。今はただ、奇跡のようなこのひとときをしみじみと味わおう。そんな方向へ、僕は舵を切った。
海津温泉は独特の風合いで、
鉄分を多く含み、
頬をつたう泉を舐めてみると、
ちょっとしょっぱかった。
海を超えて行く遠い旅の途上で、
まさかその海のような温泉に浸かって、
身体を温める時間があるとは思いませんでした。
しかもここは静かで、
海の音も遠いので、
いつまでもはなれがたく、
浸かっていたい気分です。
……。
実際のところ、僕はすぐのぼせてしまうので朝風呂は短い時間で充分だったのだけれど、それでも部屋に戻るといつのまにか出来ていた歌を、小さな紙片に記してみた。
海よりも遠くにいでて 海の中
はなれがたきは 遠い海の音
思えば、昔の人はそもそもスマホを持っていない。かといって、いつまでも残しておきたいと思うような、心動かされる瞬間、景色と、出会う奇縁もなかった、なんてことはないだろう。そんなときは心のシャッターを押したのではないだろうか。
言葉をつかって。
この日の、僕のように。
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