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始まりも終わりも無い人生
「確か今日でしたね。」
「そうだよ、ここに来てから320年間
あっという間だったよ。」
「今日は、私からのおごりです。
長い間ひいきにしていただいて
ありがとうございます。」
そう言って、店主はテーブルに
いつものコーヒーと
つまみの甘納豆を置いた。
「おいおい、退職しても
しばらくゆっくりするつもりだから
寂しいこと言わないでくれよ
これからもちょくちょく寄せてもらうよ。」
「ここの至福の一杯の楽しみまでが
無くなるなんて有得ないだろう。」
笑いながら、店主のねぎらいに答えた。
「私は、湿っぽいのは苦手で
出来るだけひっそりと
退職したかったのだけど
盛大に追い出し会を
設けてもらって少々面食らったよ。
でも正直、ありがたかったし、
うれしかったよ。」
「私のここでの320年間が、
何かのお役に立てたのだと
そう思えてうれしかった。」
店主は、ニコニコとしながら
相槌を打ちながら
「それで~ 少しゆっくりされてから
今後は、どうするおつもりですか?」
「長い間、教鞭をとられたのだから
ルールに沿って
色々な特権が利用できますから
選択肢はいっぱいありますよね?」
「そうなると単に生まれ変わるだけでなく
特権を使えば色々なシュチエーションの
選択もできるし
どの時代でも戻る事も出来ますよね。
うらやましい限りです。」
先生は目を細めて、
コーヒーをすすっていた。
その手を止めて
「そうなんだよ。
それがまた楽しみでもあり
悩みの種でもあるんだよ。」
「いつかその日が来たら
これまでは、前世とは全く違う時代で
全く違う人生を歩んでみたいと
考えていたのだけど
いざそうなると最近は少し
違ってきているんだな。」
いつの間にか、横に立っていた
店主はテーブルの椅子を引き寄せて
先生の前に座っていた。
「と、言いますと
もしかしたら前世のつづきでも
始めるおつもりですか?」
コーヒーの合間に納豆をつまみながら
「まあ、そのようなものだけど
少し違うと言えば違うんだな。
つまり、前世の生き方の中でここが
分岐点になったと言う所が幾つかあるけど
その分岐点の一つ一つに戻り
選ばなかった方の道を歩いてみたら
どういう人生だろうか
最近そのような事を思っているんだ。」
店主は、合点が言ったように
ポンと手を叩いて
「なるほど。それもまた面白そうですね。」
「私は前世で自ら選択した道を全うして
死後この新しい世界に入ってきたけども、
別の選択肢を選んだ場合
その道は、果たしてどこに繋がっているのか
それにも興味があって
知ってみたい気がするのだよ。」
「やはり同じこの世界に繋がっているのか
あるいは、
全く知らない新しい世界に行くのか
なんだかワクワクするよ。」
その日が来るのを待ちながら
店主と先生は、今後の身の振り方次第で
始まるであろうワクワクする冒険話で
店に来るたび盛り上がっていた。
いよいよ、約束のその日がやってきた。
皆に今までのお礼を言って、
身支度を整えて
先生は新しい世界に出発した。
それから、どのぐらいの月日がたったのか
この世界の時間の進み方は、
特に厳格に決められたものでもなく
曖昧なものだったので
いつも通り、可もなく不可もなく
何気なく気付かないうちに過ぎて行った。
いつものように、
店のドアが開いて客が入ってきた。
「いらっしゃい。
あれ、先生じゃないですか。」
店の客は、あの時の先生だった。
ニコニコしながら、懐かしそうに
店の中を見渡していた。
先生が戻ってきたという事は
「なるほどそう言う事だったのですか。
どの道にいかれてもつまりは、
ここにつながってると
いう事だったのですか。」
店長は。先生にそう声をかけた。
先生はいつものテーブルに座ると
「まずは、いつものコーヒーと
甘納豆を頂こうか。
話はそれからにしよう。」
店主は話のつづきが聞きたくて大急ぎで
コーヒーの準備をして運んできた。
先生はそれをおいしそうに口に運びながら
もう一方の手のひらを店主に見せた。
「いいかい、これから話す事は
とても分かりずらい話なのだけどね
例えて言うなら
ここに手のひらに乗る程度の
小さな空間が一塊あるとする。
この小さな空間の中に
全宇宙が存在するとなると
この小さな空間が存在する
宇宙はどうなる?なんだか変な話だよな?
これから話すことも、そんな話なんだよ。」
いきなり訳の分からない話から始まった。
「順を追って説明するよ。
新しい冒険の為
まずは最初の分岐点の初恋に戻ったよ。
当時、好きな女の子がいたのだけど
結局は告白できずじまいだったので
ここからやり直してみたかった。」
「その子と付き合って、
上手く結婚まで進めば
その後の人生ががらりと変わるからね。」
「なるほど、それでどうなったのですか。」
「気合を入れて初めての一歩を進むべく
大げさに片膝ついて
情熱的に大告白をしたよ。」
先生が大告白?
笑える姿が想像できる。
吹き出しそうになるのを押し殺しながら
「ふむふむ」と店長はうなずいた。
「そしたら、
彼女はうれしいけど実は好きな人が
いるので、ごめんなさいと
あっさり振られてしまった。」
「大変がっかりだけど、
俺には告白の有無にかかわらず
この分岐点では、
人生を変える事が出来ないと悟った。
それならそれで仕方ない。
そこで彼女のすきな相手を一目見てから
次の分岐点を目指そうと思った。」
「ストーカーみたいなことはしたくないが
ついにその男を突き止めたんだ。」
「そしたら、驚いたよ。その相手は・・・・」
店長の手に力が入って、次の言葉を待った。
「それがな、俺自身だったんだ。」
店長はその話を聞いて、
びっくりして後ろにのけぞった。
「え~、どういうこと?」
「俺もびっくりしたが、俺がもう一人いたんだ
分身が、彼女と付き合う人生を歩んでいた。」
「訳が分からなくて、
動揺した。意味不明だよ。
自分の分身など全くの想定外が起きた。
訳の分からないまま次の分岐点に進んだ。」
「次の分岐点は、大学卒業した時の
進路で迷った時だった。
あの時会社員になるか
バッグパッカーで少しの間、
世界を回ってみようか
と迷た。前世では結局は安全に会社員を選んだが
今度は、バッグパッカーを選ぼうとした。」
「すると、
ここにもバッグを担いで世界に出ていく
自分がいた。
俺自身がすでにその道も選んでいた。」
「前にも経験していたので
今度はそうも驚かなかったが
やっとわかってきたことがあった。」
「試しに、
女房と結婚する時点に行ってみたが
やはり、結婚する自分と
そうじゃない自分がいた。」
「分岐点には、どこに行っても
もう一人の自分がいて、
選ばなかったもう一方を始めているんだ。
つまり、自分が2つに分かれていくのだよ。」
その後いろんな時点で検証してみたが、
些細な事の分岐点であっても
同じことが起こっていた。」
店主は、話が複雑で
よく意味が分からなくなり
きょとんとして聞いていた。
「川の流れが、分岐点で二つに分かれる事を
想像してみると
分かり易いかもしれないな。
もし人生が川で自分が川の水なら
自然な事だよな。」
「つまりね、訪れる分岐点で二手に分かれ
そしてそ次の分岐点でもまた二手に
分かれる事を繰り返していた。」
「自分は無数の全ての選択肢を
分身に分かれる事で
歩み経験しているんだ。」
店主はある程度理解したようで
「なるほど、川と川の水ですか?
なんとなく分かるような奥の深い話ですね。」
と呟いてそれを自分自身にも
置き換えているようで
何度も頭をかしげていた。
「そうだろう。俺だって頭をかしげたいよ。」
「結局前世の自分の歩んだ道以外に、
この俺が入り込める余地がなく
そのままこの世界に戻ってしまった。」
そう言って先生は大きくため息をついた。
「自分の中に果てしない数の自分がいて
考えられる全ての人生を手分けして歩み、
経験しているのだよ。
でも、実際は一つの人生しか実感が無い。」
分かるようなそうでない様な
果てしない壮大な
宇宙論議のような話になって行った。
話し込んでいるうちに、
いつの間にか夜になっていた。
店主は先生を店から見送った後
夜空を眺めた。
美しい満天の星が夜空にあった。
ひょとするとこの夜空の無数の星々にも
無数の自分(分身)がいるのだろうかと思い
いつか自分も先生の様な
不思議な旅をして見たいと思った。