奇妙な物語
大勢の人が、駅への近道の
この公園を横切って行く。
それで朝夕は、
結構人通りが多い。
公園には、何故か同じ人が座っている
ベンチがあった。
「どうしていつもここに居るのですか。」
「君はだれ?」
「ただの通りすがりです。
何時も座っているので気になって
ちょっと声を
かけたくなったんですよ。」
「ほー、ただの通りすがりの人?」
「この公園を通る時
あなたは、このベンチに
いつも座っている。
どうやら、仕事もしていないようだし
最初はホームレスの人
だと思っていたけど
それにしたら
身なりは、いつもおしゃれで
清潔そうだし
それに、通り過ぎている人を
見ながらノートに
何かメモしているのを
よく見かけるので、
とても気になっていたんです。
ひょっとして、何かの研究者かな
とも思ったり
どうも気になるので
本人に聞いてみるのが、
一番早いと思って
こうして声を
かけさせてもらったんですよ。」
「君が知りたいのは、
このノートの事?」
「そうなんです。
何かの社会実験でも
しておられるのですか?」
「社会実験か?
そう言われてみると
そうかもしれないね。
ここに一日座っていると、
私の前を大勢の人が
通り過ぎて行く。
ほとんどの人には、
私は公園の景色の一つで
気にも止まらない
存在でしかない。
つまり、見えてないのも同じ
しかし、
私の方は毎日、前を横切っていく
人たちを観察している。
一人一人のしぐさや、
歩く姿を眺めながら
気になる事、感じた事を
メモしているんだ。」
「何か、目的でもあるのですか?」
「目的?もちろんあるさ。」
「それは?」
「君の様に、
空気の存在の私に気付いて
声をかけてもらう為だよ。」
「ええ~。どういう事なんですか。」
「いやいや、冗談だよ。すまない。
この公園のベンチに座る様になって
声をかけてきたのは、君が初めてだよ。」
「私がここに座るようになった
動機はね
このベンチには別の人が
いつも座っていたんだ。
いつもは、気にもかけないし
話しかける事も無いのだけど
その時は
何か言いたそうに見ている様な
気がしたので、気になって
ちょっと声をかけたんだ。
どこかでお会いしましたか?
てな具合にね。
するとその人は、それには答えずに
どうしてそんなに寂しそうに
歩いているのかと尋ねてきたんだ。
あの時は、本当にびっくりしたよ。
私は、大事なペットを失ったばかりで
意気消沈していた時だったんだ。
どうしてそのように
見えたのかと聞いてみた。
そしたら、
足音で感じたと言ったんだ。
彼は、ほとんど目が見えないと
言っていた。
その代わり、足音の違いは判る。
歩く速さや力強さで
感情まで感じると言っていた。
その話を聞いているうちにね
ここに座って
息をすましていると
人の気持ちも感じることが
出来るよと教えてもらったんだ。
もしそれが本当なら
自分にもできるか
やってみたくなった。
そう言う事だよ。」
「なるほど、
それで感じた事を
メモしていたのですか?」
「そうなんだよ最初は、
メモをしていたが、
最近はメモをしていない。
正確に言うと、
ノートを開いているだけだよ。」
「どうしてやめたんですか?」
「ここに座る様になって
もうすぐ1年になる。
メモはあまり意味が無いと
思うようになった。
それより
ここに座って道行く人を
眺めていると
時間が止まるんだ。
自分に流れている時間だけが
止まる感じがする。
そして、
自然と一体化して無になる。
禅の世界観とでもいうのだろうか
でもまだ、
人の気持ちはまだ感じられないけどね。」
色々としゃべっていたが
ベンチの男の本心は別にあった。
(やっとこのベンチから離れられる)
「席を譲るから、
君も一度座ってみないか?」
いきなりの話で少し驚いて
返事に窮していると
「おっと。迎えの車が来たようだ。
それじゃな。」
と言いて、その男は公園の前の道に
止まった迎えのベンツに
乗り込んで去って行った。
なんだ金持ちの道楽だったのかと
一瞬、思った。
なんだか狐につままれた
ような話だったが、
今まで男の座っていたベンチが
妙に気になり、
そこにそっと座ってみた。
特に何も起こらなかった。
普通のベンチだった。
翌日以降、
そのベンチには例の男の
姿はなかった。
代わりに何故か、仕事をやめて
自分がそのベンチに
毎日座るようになってしまった。
別に縛り付けられている訳でも無い。
ベンチから離れる事も出来る。
でもまたいつの間にか
戻ってきて座ってしまう。
その繰り返しで、どうしても
完全にこのベンチから離れられない。
見えない力に
引き戻されてしまうようだ。
ベンチが選んだ
次に譲る人が現れるまで・・・