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宇宙のレシピの源を解き明かす - 超新星残骸

 私たちの身の回りの物質は様々な元素の組み合わせで出来ています。例えば、いまあなたが目にしている(?)ディスプレイの素材はガラスです。ガラスの主成分は酸素とシリコン。酸素やシリコンは地球上でも宇宙でも比較的ありふれた元素ですが、それらは一体どこからやってきたのでしょうか?

この疑問に答えてくれるのがX線天文学です。

 宇宙をX線で探索すると、天の川のあちこちで何かが爆発したような痕跡が見つかります(図1)。これらは超新星残骸。その名のとおり爆発した星(超新星)の残骸です。

 星のなかには、一生の最後に爆発するものがあります。その爆発はすさまじく、数100万℃の巨大な火の玉となって、秒速数1000 kmという途方もないスピードで宇宙空間を膨張します。超新星残骸は膨張するにつれて冷えていき、数万年も経つと拡散して見えなくなります。

超新星残骸SN1006のX線画像。NASAのX線天文衛星チャンドラが撮影した。
図1:超新星残骸SN1006のX線画像 (NASA/CXC/Middlebury College/F.Winkler)

 ですから、いま見えている超新星残骸は、この数万年の間に、そこで超新星爆発があったことを教えてくれるのです。

 図1の超新星残骸はSN1006。西暦1006年に爆発したことが世界各地の記録に残っている超新星の残骸です。
 西暦1006年、日本は平安時代に当たり、凶兆の可能性ありとして藤原道長が祈祷を決議したり(御堂関白記)、藤原定家が覚書を残したり(明月記)したことが知られています。こうした記録には、夜空に突如として明るい星が出現したことが報告されており、当時の人々は星が新たに誕生したと考えたのですが、実はその瞬間、星が爆発していたのです。

 星が爆発する、とはどういう現象でしょう?

最も身近な星、太陽は爆発「しない」と考えられています。太陽は内部の核融合反応で輝いています。あと50億年もすると燃料を枯渇させ、やがて冷たく収縮して白色矮星になります。これが太陽の最期の姿です。

 ところが、太陽より1桁以上重い大質量星の場合は結末が異なります。大質量星が燃料を枯渇させると、自らの重力で一気に収縮し、巨大な重力エネルギーを爆発的に解放して、星の構成要素を宇宙空間にばら撒きます。これを「重力崩壊型」超新星爆発と呼びます。最も圧縮された中心には中性子星やブラックホールが残ると考えられています。

 白色矮星の場合も、隣接する星からガスの供給を受けるか白色矮星同士が合体すると、内部の温度が上昇し、激しい核融合反応によって爆発に至ります。天文学者はこれを「Ia型」超新星爆発と呼んでいます。図1の超新星残骸はこのタイプの爆発です。いずれも星の壮絶な最期の姿であり、銀河系に匹敵する明るさで輝きます。

 超新星爆発で解放される膨大なエネルギーによって、星の内部では様々な元素が合成され(これを爆発的元素合成と呼びます)、宇宙空間にばら撒かれます。飛散した「星の破片」が、超新星残骸の巨大な火の玉の内部には充満しているのです。

超新星爆発で合成された元素は、こうして銀河系に絶えず供給されています。そこにはどんな元素が存在するのでしょうか?

超新星爆発で、どんな元素がまき散らされる?

 地球から数1000光年も離れた超新星残骸の元素組成を調べるのは至難の業に思えます。19世紀フランスの哲学者オーギュスト・コントは、天体の組成など我々には永遠に知りようがない問題であると喝破しました。直感的にはその通りです。ところが、現代の天文学はそれを可能にしているのです。

 ここで登場するのがX線天文学です。超新星残骸のように数100万℃の高温ガスで熱せられた元素は、固有のX線の色で輝きます(「はじめに - XRISMでは、宇宙の何を調べるの?」参照)。その色を測定することで、そこにどんな元素が存在するかを遠くからでも把握できます。ちょうど打ち上げ花火の「色」を見れば、どんな火薬を使ったのか特定できるのと同じ理屈です。

図2:Ia型超新星残骸(ティコ・ブラーエの超新星残骸)のX線スペクトル。
XRISMで観測した場合のシミュレーション。 (XRISM White Paper)

 図2はIa型超新星残骸をXRISMで見たスペクトルの観測シミュレーションです。元素が出す固有のX線(輝線)がたくさん見えています。エネルギーの違いが「色」の違いを表し、窒素、酸素、ネオン、マグネシウム、シリコン、硫黄、アルゴン、カルシウム、鉄といった元素の存在が確認できます。

 ここで最初の疑問にお答えすると、今日の宇宙に存在する酸素やシリコンのほとんどは、超新星爆発で作られました。

 酸素などの軽い元素は主に重力崩壊型、シリコンや鉄などの重い元素は主にIa型が担っています。観測された超新星残骸の元素量に、超新星爆発の頻度を考えると、概ね宇宙の元素組成を説明できるのです(なお、金や鉛のような非常に重い元素は、中性子星の合体でできたと考えられています。そのときに放出される重力波の検出は、2017年に大きなニュースになりました)。

図3: 元素の周期表。宇宙のどこで作られるかを色で示す。軽い元素の大半は重力崩壊型(黄色)とIa型(灰色)が寄与していると考えられる。
(Nucleosynthesis periodic table, Cmglee 2017; https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nucleosynthesis_periodic_table.svg)

 図3の周期表で、黄色と灰色が、それぞれ重力崩壊型とIa型によって供給される元素です。リン、塩素、カルシウム、鉄など、私たちの身近にある物質、あるいは私たち自身の身体を構成している元素は、太陽系が作られるより前に、宇宙のどこかで起きた超新星爆発で作られたのです。

 上に挙げた元素は、これまでのX線天文衛星でも検出可能です。XRISMは「色」を見分ける能力が飛躍的に良くなった結果、これまで検出の難しかった希少な元素を発見したり、元素の運動や電離状態を捉えたりすることが格段に上手くなりました。それによって、超新星残骸の内部で、どんな元素がどのように宇宙空間に拡散していくのかが、三次元的に手に取るようにわかるようになるのです。

 なぜそれが重要なのでしょうか?

宇宙の化学レシピ

 実は、重力崩壊型・Ia型を問わず、超新星爆発の瞬間に星の内部で何が起きているかは、現代物理学の粋を集めてもわからない、天文学上の大きな未解決問題のひとつなのです。
 XRISMで様々な元素の飛散状況を測定できれば、動画を逆再生する要領で、爆発の瞬間の星の内部構造を推定できます。ちょうど打ち上げ花火が拡がっていく「形」から、花火玉の火薬の配置を推定できるのと同じ理屈です。それがわかれば、超新星爆発のメカニズムの解明に一歩前進するのです。

 また、ばら撒かれた元素が宇宙空間に拡散していく様子からは、超新星爆発が膨大な元素とエネルギーを私たちの銀河系に解放していく過程をリアルタイムで捉えることができます。note #01-01で説明したように、宇宙で最大の天体、銀河団には多量の元素が含まれています。その源は、個々の銀河系で起きた超新星爆発です。言わば宇宙の化学レシピの出発点で何が起きているかをXRISMは解き明かすことができるのです。

(執筆:内田 裕之 )

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