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大河ドラマで見てみたい。『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』田中ひかる


本書の主人公、高橋瑞(みず)は嘉永5年(1852年)に現在の愛知県で生まれました。父親は西尾藩士。六男三女の末っ子でした。かわいがってくれた父が10歳でなくなると、家督を継いだ長男に養われることになりますが、明治になると西尾藩はなくなります。

瑞は、長兄の子どもたちを世話して婚期を逃し、子どもたちが懐いたので、兄嫁に恨まれます。甥っ子たちの世話をしながら字や算術を覚えた瑞は、漢学を学びたかったけれど許されず、母親を看取ってから家をでます。そこからの瑞の生命力は、とにかくすごいです。

まず、旅芸人の一座で賄い婦をやりながら東京へ出て、政治家の妾の家で住み込みの仕事にありつきます。女主人の信頼を得て、彼女の弟と結婚。でも、暴力を振るう夫に愛情が持てずに家を出て、親切な女性に助けられます。ただし、その女性は出産で亡くなります。

瑞がいつも行く場所で、女性が出産にまつわる迷信や理不尽で命を落とす場面。そういう人たちを救いたいと、瑞は前橋の産婆津久井磯子に弟子入りして働くようになります。この頃、産婆制度がようやく政府の公認になり、瑞にとっては出産の介助をして、一人で行きていく手段を見つけることにもなりました。

師匠の磯子は政府の公認前から開業して有名だった女性で、和漢学を治め、水戸藩邸でも理化学、解剖学、生理学、そして現場で助産の技術も獲得した女性。そんな師匠に認められた瑞は、東京の産婆学校で勉強する学費を出してもらえるようになります。学費以外は、同級生たちが苦手な料理や掃除、洗濯を手伝って稼いだとか。本当にすごい努力の人です。

学校を無事卒業して、前橋に戻った瑞は、磯子に自分の跡をついで欲しいと言われますが、瑞は「女医になりたい」と再び東京に戻ります。そして、産婆学校の友人たちと「女にも医術開業試験を受けさせて欲しい」と政府に愬えに行きます。

ちょうど明治政府も、富国強兵のために女性にも医師の道を開こうとしていた時期で、第一号は荻野吟子という女性。彼女も瑞のような苦労人です。夫に淋病を移されて離縁された後に、医者を志したそうです。女子師範学校を首席で卒業するような秀才だったとか。

瑞の場合、学費がそこをついたので、いったん大阪で産婆として働いていたところ、荻野吟子が医術開業試験に合格した新聞を目にして、また東京へ戻り、学費が払えそうで、女性でも入れてくれそうな湯島の済生学舎(現、日本医科大学)の好調に5日連続で直談判して入学を許可されました。

ところが、学校に入ってみると、教室の黒板には「女は帰れ」「女医は不可」「行かず後家」と悪口が書かれている。しかも、着物の背中に墨で落書きまでされるという……医学学校ノ日本男児ハ小学生レベル?

そんな学校でも誰より早く登校し、一番前の籍を確保し、月謝を節約するために独学できるところは夜中に下宿で済ませたって、もうスーパーマンのレベルですよね。ただ、どれだけがんばっても女学生がこの学校で実習をすることはできませんでした。

実習がさせてもらえないなら、できるところを探すとばかり、瑞は順天堂医院の院長に直談判しようと出かけ、院長夫人に気に入られて実習参加を実現させます。当時の上流であれ中流であれ、苦労人の女性たちならではの助け合いは、本当に心あらわれるエピソードです。そして、無事実習を済ませ、明治20年(1887年)の後期試験に34歳で合格。女医第三号となりました。順天堂の院長夫人には、病院の開業資金も援助してもらったそうです。

その後、瑞は日本橋区(現、中央区八重洲)で「高橋医院」を開業。大盛況となります。ただし、あんまり繁盛しすぎて、警察官から不審の目で見られたこともあり、瑞は今度は海外留学を考えます。

知人の進めで医療最先端のドイツを留学先に選んでみたものの、まだドイツでは女性に大学を解放していませんでした。ただし、これまで数々の困難をクリアしてきた瑞。ここでもドイツ人を味方につけ、ベルリン大学で聴講し、喀血するまで努力し、箔をつけて帰国します。

その後は、自分の病院へ戻り、お産に関しては、貧しい人から診察料をとらない医療をします。他にも、自分が見こんだ人には援助をするなど、これまでの自分の勉強に協力してくれた人への恩返しのようです。そして、60歳になったら、「腕が落ちるから」と引退し、亡くなった後には検体として自分の身体を医学に提供しました。骨格は標本になったそうです。

余談ですが、本書を入手してしばらくは忙しかったので、先に高校生の娘に読むのを譲ったのですが、読書中にいきなり「また、森鴎外!」というのです。「あの、日清日露戦争での、脚気の話がまたでてくるの?」と聞くと、そうじゃない、読めばわかるとのこと。

実際、私も読んでいる途中で、思わず「また、森鴎外か!」と叫んでしまいました。詳しいことを知りたい方は、ぜひ本書を読んでください。なんというか、近代医学の官僚主義の悪い部分に、かならず絡む森鴎外。小説だけ書いていて欲しかったと思うのは、現代人で歴史を知っているからなんですけどね。


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