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星の世界とプログラムがつながる。『オービタル・クラウド』藤井太洋


最初の宇宙の話がちょっとわかりにくくて、読むのに時間がかかったけれど、明利という女性の登場人物が動き出したら理解できるようになりました。明利は、主人公よりも魅力的。というか、この作品はあまり主人公が魅力的じゃないけれど、周りのいろんな人間がそれぞれ個性があるので補って、バランスとっているみたい。

登場人物が多いので、慣れるまでちょっと時間がかかりましたが、群像劇で、大勢の登場人物がストーリーの終わりに向かって、まとまっていくのが心地いいです。エンジンがかかったら、途中からは一気読みできます。

SFで、しかも技術のディテールがちゃんと書き込まれてファンタジーよりは現実に近くて、スパイ物のようにミステリー仕立てでエンタメで、よけいな恋愛パートがなくて。ちょっとできすぎな物語だけど、それでも読んだら元気になれるし、知的興奮も味わえるエンタメ。藤井さんの小説はこれまで読んだ本全てが好みです。

藤井さんの小説は、インターネットを駆使するエンジニアの仕事を、ちゃんと一般の人にもわかるように魅力的に書いてくれるところが好きです。それは、エンジニアでなかった人には、なかなかできないことだと思から。重要ポイントを見つけ出す、データを解析する、そして遠隔地の同士と瞬時につながることができ、互いの知識を確認することで信頼関係を築く…こういうディテールがちゃんと小説として表現されているところがいいです。

唯一残念なのは、この作品に出てくる中国が中国らしくないこと。現実の中国は、もっと政治的にきついはず。それに、日本人の中国のスパイという人物の造形がちょっと微妙。中国に日本の宇宙開発技術者が大勢渡っているってのは、10年くらい前までの日本の製造業の話を置き換えた設定じゃないかと思う。中国の宇宙開発って、現実にはとっくに日本の20年くらい先を行ってて、メインはアメリカ留学帰りの若い人たちらしいので。

あと、北朝鮮だってエリートはちゃんと先進国に留学している。宇宙をめぐる話なのに、アメリカや中国が絡んで来る話なのに、でてくる日本人が多すぎる気がする。まあ、このあたり、日本人読者に合わせた商業的な配慮なのかな。


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