600万分の1の出会い。映画『めぐり逢わせのお弁当』インド他、2014年。
名作だと評判なので、週末の夜、娘と観ました。普通、インド映画と聞くと連想するのは「3時間越え、歌あり、ダンスあり」ですが、この映画はどれも当てはまりません。インドを舞台にした上品な恋愛物語です。
インドのムンバイには、お弁当配達を専門にするダッバーワーラーという人たちがいて、彼らは大量のお弁当をとても効率よく運んでくれます。各家庭から集める人、行き先ごとに分ける人、そして職場に配達する人。誤配率は、なんと600万分の1だとか。
彼らの伝統は百年以上。インドがイギリスの植民地になったとき、インド人たちはイギリス式のランチになじめませんでした。それに、ヒンドゥーやイスラムなど宗教によって食べれない食材がいろいろあるので、一律のランチも難しい。さらにダメ押しはカースト制度で、市中で食堂や屋台を経営する人たちは低いカーストだったので、カースト上位の人達は彼らのつくったものを食べなかったのだそうです。
その結果、低賃金で各家庭から大量のお弁当を集め、大都市の多くの職場に配達する、高度にシステム化された職業が成立。これがダッバーワーラーです。この映画の監督は、最初、ダッバーワーラーのドキュメンタリーを作るために彼らと1週間生活したのですが、そのときに主婦たちにも話を聞く機会があり、映画は方針転換したのだとか。
主人公のイラは、冷えている夫との関係を改善しようと、アパートの上階に住むおばさんにアドバイスを受けて、料理をいろいろ工夫するのですが、夫は無関心でお弁当も残します。ところが、あるときお弁当がきれいさっぱり食べられていて、夫に聞くと自分がつくったものではない弁当を食べた様子。どうやら、お弁当が間違って別の誰かに配達されたようです。
次の日、おばさんのアドバイスで弁当にメモを入れてみると、そっけないながら返事が返ってきました。以来、お弁当が間違って配達されていると知りつつ、互いに誰だかわからない相手とメッセージを交換するうち、次第に打ち解けて、手紙で相談をし合うようになります。
間違ってイラの弁当が届く相手は、早くに妻を亡くし、1ヶ月後に早期退職するサージャン。彼は、仕事は堅実で誠実だけれど、堅物。イラが「一度会いたい」とメモを送ってきたとき、最初は喜んでおしゃれしするのですが、途中で自分がイラよりもかなり年齢が高いことに気づき、躊躇してしまいます。
その後、夫の浮気に気づくイラ。病気だった父を亡くし、母の結婚も実は長い間不幸だったと知ったイラは、直接サージャンに会おうと職場を訪ねます。残念ながら、彼は早期退職した後。でも、イラは夫との関係修復をあきらめ、自分の人生を新たに探そうと決意します。
一方のサージャンも、一度は予定通りに早期退職してムンバイを後にしますが、心残りな問題を解決するため、なにより自分の気持に正直になるため、ムンバイに戻って行動を開始したところで映画は終わります。
この映画がダッバーワーラーを小道具にした、単なる恋愛モノでないのは、イラの家庭の様子だけでなく、サージャンの職場がきっちり描かれているからだと思います。若くてチャラそうな、サージャンの後任君。実は、孤児で苦労して、世の中のいろんな壁を努力とごまかしでクリアしてきた男の子。2人の仲を近づけるのがイラのお弁当ってところも、すごくいい演出です。
なにより一番すばらしい設定は、イラの上の階にすむおばさん。彼女は寝たきりの夫の介護で出歩けず、イラに買い物を頼んだり、イラの人生相談にのったりします。でも、映画では一度も顔を見せることはありません。
なにかあると、イラが台所の窓から上に向かって声をかけるし、上からもイラに呼びかけがある。頼まれモノのやり取りは、紐で吊るしたカゴ。これ、すっごくかわいいです。おばさんは頼れる隣人というだけでなく、顔を見せない相手との相談や友情に、イラが慣れている補助線なんですね。
邦題:めぐり逢わせのお弁当(原題:Dabba 英題:The Lunchbox)
監督・脚本:リテーシュ・バトラ
主演:イルファーン・カーン、ニムラト・カウル、ナワーズッディーン・シッディーキー
製作:インド、アメリカ、ドイツ、フランス(2014年)105分