見出し画像

一筋縄ではいかない登場人物が魅力。『蟲愛づる姫君の婚姻』シリーズ。宮野美嘉


 この世には〈蠱毒(こどく)〉というものがある。壺に百の毒蟲(どくむし)を入れて互いに殺し合わせ、最後に生き残った一匹が猛毒を持つ〈蠱〉となるのだ。それを古来〈蠱術〉といい、操る術者を〈蠱師〉という。
 大陸でもっとも強大な斎帝国の第十七皇女・李玲琳は、気味の悪い蟲(むし)と、その蟲から生成される蠱毒をこよなく愛し、周囲からひそかに「毒の姫」とあだ名される風変わりな姫だ。

こんな前振りから想像する内容とは、全く、本当にいい意味で裏切られました。登場人物かもう、それはそれはみんないろいろ尖っているし、ずれているし、変人だし、最高です。

もちろん、一番はパンチの効きすぎたヒロイン玲琳。これ、『薬屋のひとりごと』の主人公・猫猫をおもいっきり毒と変人の方向に振り切ったら、こんな感じになるよねっていう実験みたいで、とてもうれしいです。

主人公の玲琳は、ろくでもない父親が山程つくった子供の中でも身分の低い庶子。母親が蟲師という、現代で言う「魔女」みたいな一族の出だったので、イジメられる日々。でも、本人は全く気にしないどころか、自分をイジメる姉たちをナチュラルに馬鹿にしています。

たくさんの姉たちに「本当に気持ち悪い……あなた、自分がどれだけみすぼらしくて気持ちの悪い生き物なのか、分かっていて?」なんて言われても、玲琳は平然と言い返します。「お前たち、誰だったかしら?」「お前たちは頭が悪いは。だけど頭が悪いからといって嘆くことはないわよ。人にはそれぞれ持って生まれた素質というものがあるのだから、お前たちの頭が悪いからといって罪ではないわ」

そして、玲琳お付きの葉歌もいい性格をしています。怒る姉姫たちに「姫様に悪意はないのです! ただ、ただ……そう! 姫様は少しばかり正直なだけなのですわ!」なんて言い切ってしまうんですから。もう最初から、最後まで最高です。

玲琳は、長女で自分を信頼かつ溺愛してくれる女王ために、自分の全能力と精神を捧げ、彼女の言うとおりに辺境の小国魁王に嫁に行くところから物語がスタートします。

嫁ぎ先では、大国の王女として扱われるものの、当然アウェイ。でも、自分の国でもアウェイだったもんだから、全く気にすることなく、姉への忠誠心第一で、毒毛虫やら毒蛇を扱う蟲師の職業第一で邁進します。そして、嫁ぎ先に蔓延していた怪しい病を克服してしまい、本人の意思とは無関係に、信頼を勝ち得ていく過程が予想の斜め上をいく爽快感なんです。

玲琳のセリフの1つ1つが、日々、戦う人たちへのエールのようなもの。蟲師は人に嫌われ、ときには暴力も振るわれるます。なぜそんな蟲師などをやっているのか、と言われたとき彼女はこんな風にいいます。

愚問だわ。お前だって、小石に躓いて転ぶことはあるでしょう? 転ぶと痛いわね? 怪我をすることもあるわね?だからといって、歩くことをやめはしないでしょう? その程度のことよ。わかるかしら?

いじめられ慣れていたおかげで、お姫様のくせに妙にニンゲンに対して達観している玲琳。彼女の見解は、いつもストレート剛速球です。いつもヘラヘラ冷静で、仮面をかぶっている夫の魁王が、たまに素を見せるような場面でもこんなことを思います。

本当の自分などといううそ寒いものがこの世にあると玲琳は信じないが、もしも存在するならば、彼の本当の顔はきっとこれだ。普段は押しかくしている本性だ。そんなもの、本当にありはしないのだけれど。

そして、絶対に助けると豪語した患者を助けられなかったとき、誰にも見られないように強がる彼女がかわいいです。夫の魁王が惹かれていくのも、納得しかありません。

私は自分を過信して、失敗した。自分の力量も理解できない無能な敗者に、泣く資格なんてないわ。泣くのは死んだ患者を愛する人間の権利よ。泣いて自分を癒やす権利など、私にはないわ。もっと強くならなくては……
どんな患者も助けられる、誰にも負けない蟲師になるわ。

そうかと思えば、「これは心の毒を薬に変える秘術よ」とか「体が先に動けば、心は後からついてくるのよ」なんて、内容がわかっていないくせに、姉の真似をして、いっぱしに大人みたいな口をきくあたりもかわいいすぎます。

魁王と玲琳の関係の進展の仕方ったら、素直じゃない小学生カップルが自分の気持の反対のことばかりいうのに、それが甘くてかわいくて、微笑ましいです。政略結婚のはずの二人の心が、あさっての方向からちょっとづつ距離を縮めていく感じが新鮮。ありきたりでない、恋愛ものの醍醐味ですね。

そして、このまま恋愛方向に行くのかと思いきや、さすがベテランの宮野美嘉さん。そして、一癖どころか、最低でも二癖はありそうなひねくれた主人公カップルと、その周囲の人たち。そんなフツウにはいきません。

期待が高すぎた分、もう少し内容的に振り切ってもいいのでは(?)と思わないですが、それでもいい意味で予想を裏切ってもらえるので、満足度が高いです。

シリーズ3作目は、待ち遠しくて日付が変わった瞬間にポチり。寝る前に読み終えれるなんて、電子書籍はすばらしいです。相変わらずひねくれた主人公カップル。2巻はちょっと物足りなかった私にも、3巻はすばらしかったです。

今回は、今まで悪辣だった主人公の姉王がちょっと素直で、意外にかわいいと思っていた主人公のボディーガードの葉歌に一捻りありました。そして、さらにかわいくて毒舌な侍女の翠と藍が登場。主人公カップルを中心に周囲の人たちの関係がちょっとづつ動いていきます。満足。

あと、今回も玲琳の名言がすばらしい。自分の蟲師の技よりも、すごい相手があらわれたとき、相手への敬意と敵意を隠さない彼女の覚悟がいいです。

事実を捻じ曲げることに何の意味があるかしら? この世は広くて、上には上がいて、己が無能であることをたまには自覚しなければならないのよ。

そう、そう。自分よりもすごい人がたくさんいるって楽しいですよね。もっと、自分もがんばってみようと思うことができます。ええ。

このシリーズは、『蟲愛づる姫君の純潔』、『蟲愛づる姫君の永遠』と続いて一区切りという感じです。最初の勢いは3巻くらいまでかなと思いますが、それでも半年に1冊出版されてこの5冊なら満足かも。現役JKだった娘と2人で、楽しませていただきました。

少し元気がないとき、気持ちが重い時、何かに疲れてぼーっとしたいときにおすすめです。なにか新しいことを始めたいけど、勢いがつかないときとかも、いいかもしれません。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?