黒博物館シリーズ『ゴーストアンドレディ』藤田和日郎
黒博物館シリーズは、19世紀のイギリス伝奇アクション。ロンドン警視庁の犯罪資料館「黒博物館」にいわくつきのモノを見るため、いろんな人がやってきます。毎回お出迎えしてくれるのは、かわいい学芸員(キュレーター)さんです。
本作で訪ねてきたのは老人で、彼のお目当ては1856年に王立ドルリー・レーン劇場に残された「灰色の服の男のかち合い弾」。その男(グレイ)は、劇場に出る縁起の良い幽霊で、生きているときは決闘代理人。芝居が大好きで、幽霊になってからも100年近く演劇を見ていたグレイ。セリフもいちいち、シェイクスピアを引用してくれて楽しいです。
老人から抜け出したグレイが話してくれるのは、死んだ目をして自分を訪ねた若い女性のこと。彼女、フローレンス・ナイチンゲール(フロー)は、グレイに取り殺してくれるよう頼みます。芝居を見るだけだったグレイは、彼女の願いを聞けば、自分が役者の側になれると思い、依頼を受け入れます。ただ殺すのでは悲劇的じゃないので、フローが最高に絶望しきったときに殺すと約束。それから2人は一緒に行動をはじめます。
上流階級に生まれて、いい子を演じて、両親のいうとおりにしてきたフロー。彼女は社会勉強で下層の農家を見舞いにいき、自分のやりたいことが「病人の看護」だと気づきます。当然ながら、両親は大反対。フローは両親に逆らえず、やりたいことができないなら死ぬしかないと思い詰めていました。
ところが、いざグレイが「殺してくれる約束」をしたら、フローは安心して両親に反抗することができ、自分の殻を破りだします。ものすごい剣幕で両親に楯突くフローを見て、女優の名演技をみるように興奮したグレイ。「この女おもしれえ」、「もっと彼女をみていたい」と思ったことで、凸凹コンビの誕生です。
フローは以後、自分のやりたいことに突き進みます。経営難に陥った療養所では、責任者の貴族女性たちと戦って、意識の低い看護婦を鼓舞し、スラム街のコレラ流行でも現場で戦います。絶望するどころか、あちこちでケンカを売りまくり、とうとうクリミア戦争の野戦病院にも看護婦団を率いて乗り込みます。最初はフローを煽っていたグレーも、「危ない」と引き止めだす始末。でもフローの猪突は止まりません。
クリミアの陸軍野戦病院で、軍医局を相手に戦うフロー。彼女が目障りでならない軍医長官ジョン・ホール博士は、権力をつかってフローを潰そうとします。フローを応援するうち、グレイと彼女の距離はどんどん近くなっていきます。ここで、無敵のグレイにもライバル登場。権力欲の塊のようなホールに取り付いている幽霊は、生きているグレイを殺した凄腕の騎士だったのです。
強敵と戦いながら、フローを守り、敵と戦う技術を教えるグレイ。フローの名声が高まっていき、彼女の味方が増えるにつれ、今度はフローがグレイの支えになっていきます。そして、フローが迎えた絶対絶命のピンチ。このシーンは、ぜひ作品で確認してください。何度読んでもため息がでます。
そして、54年後。グレイはフローに会いに行き、スポットライトの中で念願の役者となります。ラストシーンは何度読んでも涙があふれてとまりません。演劇のようで、ドラマチックで、でもマンガでしかできない表現で。シェイクスピアのセリフって、こんなに素敵なんですね。
フローの狂気。フローの鉄の意志。グレイにだけ見せる、かわいらしい恋する乙女の表情。伏線回収のすばらしさ。演劇の名セリフのリズム感。個性的な絵柄の躍動感。フローとグレイの切ないけれど、あたたかな想い。
先日、本屋デートした友達に偶然この本を紹介したら、シュリンクも外さずに買ってくれました。どうやら、読後の感想も満足だった模様。本好きにとって、これ以上うれしいことはありません。ふふふ。
そして、つい昨日。劇団四季で『ゴーストアンドレディ』が舞台化されることを知りました。驚いたけど、見た過ぎます。大阪でも上演してくれたらいいのに。娘もこの作品好きだから、友達と3人で絶対見に行きたいです。
黒博物館シリーズ1作目は『スプリンガルド』。切り裂きジャックを題材にしたお話です。こちらもファンの評判はいいですが、個人的には『ゴーストアンドレディ』が好きかな?
今、藤田さんは『モーニング』でシリーズ3作目を連載中。フランケンシュタインの話で、現在3巻まで。私は完結してから読む予定ですが、どこかのタイミングで待ちきれなくなったら、まあ、仕方ないですね。だって、絶対おもしろそうなんですから。