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中国的な世界観の源泉。『道教の世界』菊地章大

中国の小説『天官賜福』の道教的世界観を理解したくて、手に取った本。最初に読んだ菊地章大先生の『儒教・仏教・道教』が読みやすくておもしろかったので、さらに知識のアップデートを目指して、2冊めにチャレンジ。この本は、エッセイに近かった『儒教・仏教・道教』よりも、少し本格的なものになっています。

絶対的な力を持つ神様の救いを待つ、キリスト教的な世界観。天使と悪魔。良いことと悪いことがはっきりしています。これに対して仏教は、世の中は全て虚しくて苦しいから、こだわりを捨てるのがいいという世界観。日本人的には、このどちらかがわかりやすいです。

それと比べて、道教的は世界観は「この世への執着を大事にする」そうです。たとえ今、踏みつけられ、おとしめられていても、世の中はいつか変わるかもしれないし、光がさしてくるかもしれない。生きていれば、状況は変わる。だから、修行して不老長寿を目指します。

キリスト教や仏教と違って、道教は庶民の生活の中にあります。ちゃんとした教団組織を持っていなかったり、道士(聖職者)の地位も確保されていないのが普通。お金持ちや地域の廟(道教の寺院)に雇われて、必要に応じて儀式を取り仕切ります。歴史の教科書に出てくるような、中国古代の五斗米道みたいに、大きな組織で反乱まで起こすのは例外的なものだとか。

道教のお経も一応ありますが、仏教のようにちゃんと形になっているものばかりじゃなくて、教団によって決めたものがあったり、その土地独特の守り神がいたり。鬼神もたくさんいたして、土俗的な信仰との境界がないし、民間信仰とも渾然一体。「道教は迷信」だとも批判されるのは、これが原因だそうです。

そして、道教の世界は循環をくりかえします。誰かが悪いことをしたから滅びる、とかそういうのとは関係がありません。陰陽の気が消長するのに応じて、「生成」→「存続」→「崩壊」→「空虚」の四劫を繰り返すのが自然のサイクル。天地は崩壊して、また再生する永遠ループ。バージョンアップとか、最終段階とかはありません。

道教では神様も役人で、天官・地官・水官をまとめて三官と呼びます。天官は徳福を授け、地官は罪を許し、水官は厄災をはらう。これがそれぞれ、「天官賜福」、「地官謝罪」、「水官解厄」。天官の誕生日は正月十五日で「上元節」。地官の誕生日は七月十五日で「中元節」。そして、水官の誕生日は十月十五日で「下元節」。は、中国語でお祭りの意味です。

『天官賜福』は、道教的な神様の世界を天界と神官にひとまとめにしたファンタジーな世界観で、一部、(死者)を地官にからめているんですね。中元が鬼界の門が開く日(1巻)っていうのは、そんな感じがします。

本来は三官が天下の人々の行いを監視して、善悪の度合いに応じて寿命をさだめるとのこと。病気になる人は、過去の自分や先祖の悪い行いが原因と考えので、罪を反省して、二度としないと誓い、三官に誓約書を出したのだとか。逆に、なにかお願い事があるときも、ちゃんとした文章で上奏しないといけません。

この、ちゃんと文書にして上申するっていうあたり、さすが中国、官僚のお国らしい。天界の霊文があれだけ文書(=巻物)の山に囲まれてるシーンも、道教の神様ならではなのかも。

この本を読んで、『祝宴』という台湾のコメディ映画では、雲の上に3人の神様がいて、パソコンとUSBで主人公の人生のデータを処理してるシーンがあったのを思い出しました。なんで神様が3人もいるのか不思議だったのですが、あれは道教的な天界のパロディだったんですね。

道教では、山で命が生まれて、山に命が帰り着きます。死者の魂があつまるのも山。修行の場所も山だし、寺院を建てるもの山。天に一番近いのも山。だから山では天界と行き来できるし、天と人間界のなかだちをする巫女さんのような人も、山で神々の意思を聞きます。

いろいろ不思議な道教的な世界観が、仏教やキリスト教と決定的に違うのは「天」の感覚でしょうか。道教の「天」は万物の主催者ですが、人間の価値判断を超えた存在で、姿かたちは見えません。人間界は神官や鬼神が司っているけれど、そういうものを超越する「天」は、人間の善悪基準で動いていないので、予想不可能だし、理不尽なことも引き起こします。

『天官賜福』でも、天界の神官たちは天帝(君吾)が統率していて、神官の誰がが罪を犯したら罰したり、下界に落とすこともできるけど、誰が飛昇するかは決められない感じ。これも、キリスト教的な絶対的に「善」とか「聖」な神様を想像していると理解できませんが、菊地先生の本を読んだら、なるほど理解できました。

というか、魔女の宅急便がらみで一冊描かれている菊地先生には、どこかの編集部さんが『天官賜福』&『魔道祖師』(『陳情令』)みたいな仙侠ファンタジーについて、宗教方面から開設するような本を依頼してほしいかも。企画書のプレゼンでは、『天官賜福』の実写ドラマが日本のTVで放送されるあたりが、一番いい出版のタイミングだとプッシュしたいです。


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