テクノロジーと人間味のSF的疾走感。『マン・カインド』藤井太洋
久しぶりに一気読みした小説。さすがの藤井太洋作品です。おもしろすぎて、とまりませんでした。
物語の舞台は、2045年。世界は大きく変わっていて、紛争とか戦争は、2030年代のドローンみたいな無人機械の殺戮の応酬への反省から、戦闘に投入する部隊の数を制限して、その位置も公開し、使用する武器も制限があったり、申告制だったり、時間制限があったりとかで、最初から勝利条件……つまり「落とし所」を設定しておく「公正戦」に変化した世界。
とはいえ、この場合の「公正」はタテマエで、闘う前から技術と資本の差で趨勢はだいたい決まる。でも、民間人を虐殺したり、非戦闘員を巻き込んで焦土作戦をやったりするよりは、よほどマシな世界に思えます。少し前の短編で似たようなテーマを描かれてますね、藤井さん。
主人公は、戦場ジャーナリストの迫田。戦場ジャーナリストの取材も、きちんと登録制になっていて、身の安全が一応守られる形。小説は、いきなり南米の農業ベンチャー「テラ・アマソナス」主導の独立宣言。ペルーとブラジルに広がる農園を含む地域なので、独立を容認できないブラジル政府は、ペルー政府とコロンビア政府と調整して、アメリカ最大の民間軍事企業「グッドフェローズ」に、テラ・アマソナスの武装勢力の排除を依頼します。
これに対して、テラ・アマソナスは腕利きの公正戦コンサルタント、チェリー・イグナシオを呼んで対抗。これまで世界各地で輝かしい戦績をあげ、「少佐」の異名をとり、チェ・ゲバラのイメージをまとった人物。迫田はグッドフェローズとイグナシオ側双方に取材するのですが、記事作成がAI生成だったり、取材中もドローンで撮影されていて、その画像でファクトチェックを請け負う会社(システム)が正確さを確認して、OKが出ないと配信されないとか、いろいろすごい。
藤井太洋さんの小説は、こういう技術進歩の感じが、本当に現実のちょっと先を行っているようで、しかもディテールが細かくて大好きです。ここに出てくる「アメリカ」も2度めの内戦というか、独立運動を経た後の世界ってところ、今のアメリカの現状を考えるとありそうな未来でもあります。しかも、その原因が稚拙なフェイクニュースってところも、ありそうすぎて。
戦争はイグナシオ側が勝利して、グッドフェローズの5人が捕虜になりますが、いきなり少佐は捕虜4人を虐殺。メディアの眼の前で、堂々とした「違法行為」。当然、裁判にかけられますが、にもかかわらず少佐は平然と、迫田と生き残りの一人レイチェルに、彼が殺した4人の兵士の遺族への補償金をわたして歩くように依頼します。
どうも、イグナシオの少佐には何かグッドフェローズに関して、ジャーナリストに取材させたい事がある模様。迫田とレイチェルは、アメリカに渡って、とある博士に手紙を渡すようにも頼まれますが、その後、2人は旅の途中で違法な銃器を所持した戦闘集団に襲われます。
一方で、迫田が配信しようとしたイグナシオの捕虜虐殺のニュースは、なぜかファクトチェックのシステムに正確性が5割以下と判断されて、配信できませんでした。眼の前で起こった事実をなぜ配信できなかったのか、メディア会社を通じて、ファクトチェックのシステム会社コヴフェに抗議をします。
コヴフェは超天才ばかりが集う会社。女性社長が世界のニュースをファクトチェックするシステムを構築したのはティーンエイジャーの頃。以後、自分以上に仕事ができる天才ばかりを社員に雇っていましたが、今回のように事実を配信できない事態は初めてで、一番若くて能力あるトーマが迫田やレイチェルの旅に合流して、事情を直接聞くことになります。
2045年のアメリカは、2030年代に一度は3つに分断された設定。レッドベルトの保守派地域と、西海岸、東海岸。グッドフェローズの兵士たちは、なぜかレッドベルト出身者ばかり。そこらへんのアメリカの地域事情もからみつつ、迫田やレイチェルがいきなり襲われる場面で合流したトーマ。やがて、彼ら3人は、民間軍事企業と不妊治療の会社がおこしたとんでもない実験を暴くことになっていきます。
藤井さんの小説は、基本希望のある終わり方をしてくれるので、そのあたりは安心して読めます。戦闘シーンの迫力はすごいし、ミステリ的展開は、後半になるにつれて疾走感も高まってくるしで、エンタメ小説ってやっぱり楽しいなと、わくわくしっぱなし。
それでいて、今現在の世界のいろんな問題とか、解決しなきゃいけないような問題とかもさりげなく織り込まれているので好きです。ロードムービー的に、アメリカ各地の都市や町の様子とか、地域独特の食事とかもいろいろおいしそうで、ミステリーとSF以外にも楽しめる要素がたくさんあるし。あー、楽しかった。満足。