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鮮烈なデビュー作。『GENE MAPPER ―full build』藤井太洋
『ハロー・ワールド』が面白かったので、著者のデビュー作を入手。まだkindleの日本語版がなくて、koboだけだったときに自主出版で話題になった作品とのこと。自分で作品をプロデュースして、最先端の技術を使って、そして近未来の世界を描くって、ものすごく聞いているだけでわくわくします。しかも、いろんな未来の技術のディテールがすごくありそうで、いいです。さすが技術者さんの文章です。
インターネットの世界が一度壊れて、トゥルーネットの世界になっているとか、遺伝子組み換え作物どころか、その先の蒸留作物なんかができていたり。生活の隅々まで、IT技術の発展で成り立つ近未来の世界が舞台。だけど、その技術をコントロールするのも解読するのも人間で、能力のある人間だけが使いこなせる(当たり前だけど)という設定が、「ちゃんとしたSF」だなあと思わせられます。
私が興味を持ったのは、アバターの「感情補正」という機能。2036年には個人と個人が顔を合わせることなく、アバター同士でミーティングしたり、データのやりとりをする。しかも、素の感情を相手に見せず、社交的にふるまったり、うっかり情報を漏らさないように秘匿したり。
でも、アバターや感情補正が前提だからこそ、相手の感情や意図を裏読みする技術(テクニック、もしくは能力)が問われる。そして、そういうものの1つ1つがミステリの小道具として効いて、物語を進める。すごくおもしろいし、リアリティある「想像」です。
著者の作品はまだ2つしか読んでいないけれど、技術力が一番高い人が物語を動かすわけじゃないところも「地に足がついて」います。物語にはいつも、主人公よりも技術力の高い人が出てきます。でも、技術が高い人が全体を俯瞰できたり、状況を把握して組織の方針を決断したりできるわけじゃないんですよね。
優秀な兵士が必ずしも大きな軍隊組織のトップや政治家の能力を持つわけではないのと一緒。最前線で戦える高度な技術者と、技術能力はそこそこしかないけど全体を俯瞰できる主人公、そして、交渉人や会社のトップとちゃんと役割が分担されているチームなのが現実的でいいです。
タイトルの「gene」って、大昔、小説で読んだなと考えて、思いだしたのが海堂尊『ジーン・ワルツ』でした。お医者さんとIT技術者では、同じ「gene」を使っても、こんなにも描くものが違うんですね。高揚感はデジタルな世界の方があるけれど、現実世界はアナログで、しかも技術だけでは決して制御しきれない「神が存在する」。技術屋さん視点で抜け落ちてしまうものが以下の部分。
デジタルでバーチャルな世界では、複製はオリジナルに極めて忠実だ。だが生物世界では違う。そこには必ずノイズが混じる。再現性という観点から見れば、ノイズは情報伝達の劣化に過ぎないが、生物にとってはノイズの発現とは多様性の達成のために必須なステップだ。(海堂尊『ジーン・ワルツ』)
それにしても。この小説を読みだしたら、大昔に捨ててしまったベトナムコーヒーセットが懐かしくて仕方ない。あの甘ったるい香りを思い出して、ベトナムコーヒー飲みたくてたまらなくなってます。