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みずみずしい名作。『空色勾玉』(勾玉シリーズ)荻原規子
有名な『勾玉』三部作。初めて『空色勾玉』を読んだのは人生最悪のときだったような気がします。病気と失業。でも、そんなときだからこそ、身体の中から、何かがこみ上げてくるような興奮と、自分の血や肉に近いものを見たような懐かしい感じがして、救われました。
それまで、ミヒャエル・エンデの『果てしない物語』とか、サン・テグジュペリの『星の王子様』みたいな超超有名な名作を読んで、一応すごいなあとは思っても、やっぱりどこか外国の話なので、何かが自分とは違う気がして、共感度は40%とか、そんな感じ。有名な『ハリー・ポッター』とも、いまだにご縁がありません。
でも、荻原さんの『空色勾玉』は、自分の根元にある大地をしっかり踏みしめて立っているような満足感が味わえました。弱っているから、よけいに心にしみたのかもしれません。『空色勾玉』が児童文学新人賞とって、英語訳までされたのも、すごくよくわかります。そして、英語文化圏の人がこの物語をどう感じたのか聞いてみたいです。
『空色勾玉』は、古事記の時代が舞台。
イザナギ、イザナミを思わせるような登場人物と、主人公たち。著者29才の若さと、10数年来の創作への思いが1冊に凝縮された意欲作です。構成のあやうさやラストの少々都合のいいハッピーエンドも、若い筆致と相まって魅力的。すごい引力を持つ作品です。
私は、この本との出会いが大人になってからで、本当によかったです。もし、多感で不安定な中高校生時代に読んだら、引き込まれすぎて、人生危うい方向に走っていたかもしれません。老婆心ながら、この本が児童文学ってカテゴリーにあるのはまずいような、もとい、もったいないような気もしました。
そして、2作目の『白鳥異伝』。こちらは、第1作目の世界観を引きずってる感じというか、続編へのプレッシャーを読みながら感じてしまいました。特にラストは肩すかしをくらった感じ。もちろん、力量ある荻原さんの文章は、ちゃんと読ませてくれます。でも、だからこそ、もっともっと、いい意味で読者を裏切ってくれると期待したかったかなあ。
3作目の『薄紅天女』は、デビュー作から10年近く経過して、満を持して書かれた感じです。時代的には、若い坂上田村麻呂や空海までが登場する、長岡京から平安京へ移るあたりまで。第1作の呪縛から解放されて、オリジナリティ溢れる完成された作品になっていて、読んでいてとても楽しかったです。
男性主人公の1人は、とても淡泊な性格に描かれているのに、ラストでヒロインに対する率直すぎるアプローチはちょっと無理がある気がします。でも、それを敢えてやって、『更級日記』を織り込んで結ぶあたり、すごく、わくわくします。名もない多数の一般人が娯楽小説にもとめているのは、こういう躍動感とか、大逆転のドラマなんですよ!バンザイ!!
おちゃめでかわいい弟くんは、個人的に自分の弟に欲しいですし、成長して、男性主人公の淡泊さをフォローしてストーリーを動かしたところも上手いです。脇役たちも、みなそれぞれ魅力的。前半の主人公たちの両親の恋愛や、蝦夷の女神とヤマト軍の青年の恋はせつないし。若き日の空海と、彼に付いていく若者の話もすごく好き。物語のラスト、登場人物たちのその後をさらっと言及して終わる部分はもう何ともいえません。
ベストセラーで文庫になっているけれど、ハードカバーの装丁がステキなので、古書店を探して絶版になっている福武書店版を購入しました。あれから約20年。娘ができたら読ませたいと思って買った本を、実際にプレゼントできて感無量です。
著者が執筆当時に愛読していたという定村忠士『悪路王伝説』(日本エディタースクール出版部、1992年)や、高橋崇の蝦夷・田村麻呂関連の著書、『更級日記』なんかもそのうち読んでみたいです。