だめなキャッチコピーが2文字の修正で救われた話
株式会社エクシングのクリエイティブ・ディレクター、野村です。
もう遠い昔、2004年の秋。コピーライターとして広告代理店に入社してまもない僕に、輸入車販売店の仕事が回ってきました。関西地区で新車を買ったお客様に「ザ・リッツ・カールトン大阪」の宿泊をもれなくプレゼントする豪勢なキャンペーン。その新聞広告を出稿しようという話です。
先にビジュアルが決まりました。格式高いホテルのエントランス。シルクハットのドアマン。そこへまばゆい光を放って横付けされるスポーツセダン。そんなシーンに置かれるコピーをつくります。数日の試行錯誤を経て、僕が本命で提案したいと考えたのは、こんなキャッチコピーでした。
ご成約特典のプレゼントなので、納車して最初のドライブの目的地が超一流ホテルになりますよ!…ということを表現したわけですね。まあうまくできたんじゃないかと思いました。少なくともこの企画でしか書けないコピーになったかなと。
クライアントへ提案する前に上司の承認が必要です。当時は何を出しても否定されることの多い毎日でしたが、そのとき上司はコピーを一瞥するなり赤ペンでこのように修正を書き込み、無言で僕に突き返しました。
修正前の方がいい。
そう思いました。元のほうがエモーショナルだし、途中で切らずに体言止めにしたほうがリズムも良いのでは? 当時はそうした議論を挑む度胸もなく、指示通りに修正したコピーを提案し、結局その案をクライアントに採用いただきました。それでも後日、掲載紙に目を通して、あらためて釈然としない心持ちになったものです。
でも、今は思います。修正後の方がいい。
最初のコピーは、クライアントが用意した企画をきらびやかに形容しているだけだからです。こんなに素敵な特典なのに読者を誘っていない。コピーライターが企画を言葉で飾り立てているところを第三者の読み手に見せているだけ、と言ってもいいかもしれません。
コピーで読み手とのかかわりをつくろう
キャッチコピーに求められる役割は、対象を形容することではなく、広告主とターゲットの間にかかわりをつくることです。いくら表現に技巧を凝らしても、そこに読み手の心が入り込む余地がなければ、独りよがりな自己礼賛の域を脱しません。
上司はたった2文字の修正で「五つ星へ、ファースト・ドライブを(どうぞ)。」として、直接的な表現ではありませんが「さあ、あなたをご招待しますよ」と読者に呼びかけました。僕たちはクライアントからオファーを預かっているのですから、このようにちゃんとターゲットに差し出さなければいけなかったのです。おかげさまで、このキャンペーンはかなり多くの反響をいただいたと聞いています。
そこに読者を参加させようとしているか。できれば観客ではなくプレイヤーとして。20年経っても、それは自分の中でひとつの物差しになっています。