見出し画像

瀬戸内醸造所という場所

2021年4月20日、三原市の須波港を少し南下した場所に瀬戸内醸造所がオープンした。
僕はこの施設が影も形もない頃から社長の太田さんと遊んでおり、レセプションにもお伺いしたが、レストランの料理を最初から最後までしっかり食べてみたかったので、コロナによる移動制限の隙間を狙って再訪したのだ。

そう、ここはシードルやワインを醸造しながら、レストランも完備している。
提供するのは、当然ながら自ら醸造した酒だ。

画像1

最初は八寸と名付けられた小皿料理が供される。
野菜中心なのでお腹に溜まらないだけでなく、ヘルシー志向なのがいい。
それなのに酒に合うという、実に心憎い組み立てだ。
これだけの品数を並べながら、左上の揚げズッキーニは熱々で、薄い衣はまだパリッとしていた。
僕は徳佐シードルを合わせたが、リンゴのエッセンシャルオイルを作ったらこんな香りになるのでは?と思うほどの素晴らしい香りで、料理とも好相性だった。

料理はおいしいだけでなくメッセージ性が強い。
上段左から2番目には三原のタコが使われていた。
下段右から2番目は焼きとうもろこしをジュレで固めたものだが、尾道造酢の赤酢が使われていた。
下段左端、サバのエスカベッシュには摘果したブドウを使って酢を作り、それを味付けに使っていた。
地産地消やSDGs、フードマイレージなどの考え方が盛り込まれていることがわかる。
考えてみれば、シードルとワインも、地元のリンゴやブドウを使い、地元で醸造しており、思想が透徹されているのだ。

画像2

この日、最も感心したのはこの皿だ。
瀬戸内の小魚(テンジクダイとシロギス)をオーブンで焼き、地元のレモンで作った塩レモンとバーニャカウダのようなソースが添えてあった。
骨ごと食べる小魚の濃い旨味とそれを支えるアンチョビやニンニクの風味。
味変の塩レモンと焼かれて旨味が凝縮したトマト。
シンプルかつ本質的。
これぞ瀬戸内海を凝縮させた、この店のスペシャリテになり得る料理と感じた。

画像3

メインは肉料理(三原産の神明鶏)も選ぶことができたが、酸味使いが巧みなシェフの繊細な味付けは野菜と魚介で活きると感じたので、魚介で通した。
スズキのポシェに大葉を使ったサルサヴェルデが添えてある。
ふんわりして癖のないスズキの身と大葉の風味が良く合っていたし、何よりも底にほんの少しある液体(ポシェする際にスズキの骨などからダシを引いたのではないか)に浸して食べると旨味がブーストされた。
それぞれ調理された野菜も、このスズキのエキスに浸して食べると一層旨かった。

画像4

メインにはラーメンが供される。
今回は最もトラディショナルな煮干しを使った醤油味のスープを選んでみた。
手打ち麺のコシと食感も良く、旨いラーメンではあるのだが、フレンチのシェフらしく、これまでは甘さをほとんど使わない料理であったのに対し、この料理ではスープのタマネギが甘さを主張する。
トラディショナルなラーメンを狙ったのだろうが、そういう見た目と味ではこちらもラーメン的感覚に引きずられてしまう。
発酵トマトの冷し麺やズッキーニダシの魚介ラーメンも用意されていたので、そちらを選ぶべきだった。
おそらくシェフの感性が十分に発揮された皿になっていただろう。

とはいえ、このタイミングで程よいボリュームの麺料理が出てくると、お腹の納まりが非常に良い。
蕎麦と蕎麦前の関係と言えばわかりやすいだろうか。
野菜や魚介の料理で酒を楽しみ、麺で〆る。
この感覚は日本人の食習慣によく合っていて、イタリア料理のパスタは本来、メインの前、スープの代わりに出てくるのが正式だが、日本では〆的に供する店が結構多い。
僕たちは蕎麦前と酒を楽しんだ後の蕎麦や、お酒の後のお茶漬けが大好きなのだ。

画像5

デザートはレモンのタルト。
手前の白いのはレモンのソルベだ。
ここまででマリアージュを楽しみながら酒を飲み、ラーメンで〆、すっかりご機嫌で頭がぽわぽわしていたが、一口食べると目が覚めるようなレモンの香りと酸味で、一気にシャキッとした。
うひゃ〜!こりゃ鮮烈!と声に出たほどで、胃まですっきりするような、見事なデザートだった。

この時は夏の料理だったが、秋にはリニューアルされるとのこと。
季節ごとに内容を変え、年々ブラッシュアップさせるのだろう。

そして実は、この場所の魅力は料理だけではない。
建物がオシャレだとか、スタイリッシュだとか、そういう浮ついた話ではないのだ。
僕は一連の体験がインスタレーション作品と感じた。

直島などが有名だが、19世紀までの眺める絵画や彫刻とは異なり、その作品の中に入ったり、触ったりして体験できるアートのことを指す。
インスタレーションに身を置くと、日常とは異なる想いが去来する。
瀬戸内醸造所はそんな場所なのだ。

目の前には船が行き交う海が見え、その向こうには島が見える。
左手に見える小佐木島の向こうは宿禰島。
故新藤兼人監督の出世作「裸の島」の舞台だ。

画像6

この映画の中で、夫婦は佐木島まで小舟で渡って水を汲み、担いで登って島の畑に水を撒く。
瀬戸内の島々の主要産業は、漁業ではなく農業だったのだ。
島のてっぺんまで農地にするため「耕して天に至る」という言葉が残っている。

つまり、目の前に見える小佐木島も佐木島も、そこに見える景色は元々、先人の手が作り出した里山だったのだ。
今では農業が廃れ、里山としての機能も失われ、自然林に戻ってしまった。
山間部も島嶼部も、緩衝地帯である里山が消失したことも一因となり、野生動物が人の生活圏に現れるようになった。

画像7

そして庭のような場所には、オブジェのような、何かの基礎のようなものが見える。
それはこの場所にかつてあった造船所のものだ。
瀬戸内海は波が穏やかで、台風などの自然災害が少ないことから、第二次世界大戦後は造船業が盛んになった。
尾道も因島も造船で栄え、造船マンが訪れる飲食店や、船主や関係者が泊まる宿が潤った。
しかし徐々に韓国や中国に押され、現在では厳しい状況が続いている。

画像8

海岸線に目線を転じてみよう。
この施設の目の前の浜は清掃されているが、流れ着いた漂着物が瀬戸内海の深刻なゴミ問題を問いかける。
カキ養殖ではパイプや発泡スチロールが流出し、生活圏が近いため川からの流入も多い。
その量は年間4,500トンとも推測されており、魚よりゴミのほうが多い海になりかねない。

画像9

さらに温暖化と貧栄養化によって、瀬戸内海の生態系が大きく変わりつつある。
この美しい景色の中に、瀬戸内海の歴史と課題が見て取れるのだ。

近くで取れた魚介や野菜を使って料理が作られ、県北のリンゴで作られたシードルを飲み、竹原市で100年以上作り続けられたキャンベルアーリーという古いブドウ品種のワインを飲み、様々な気づきを与えてくれる美しい景色を眺め、この地域の来し方行く末に想いを馳せる。

これら一連の体験はインスタレーションそのものだ。
作品に入り込んだり、触ったりするだけでなく、その場で作品の一部を飲食するというアプローチが極めて斬新。

アート作品の前で騒ぐのがNGであるように、大勢で訪れるのではなく、少人数で訪れ、心静かに感じてほしい。
この景色を作り出した先人が礎となって今の僕らの生活がある。
地域で守られてきた料理やワインの素材は、引き継ぐ人がいたから味わうことができている。
そこから先は、実際に体験しながら自らの思考を紡いでほしい。

きっとこの場所は、生まれるべくして生まれたのだ。

投げ銭(サポート)は超嬉しいですが、いいね!やフォローも大変喜びます。賛否は関係なく、SNSでシェアしてくださるともっと喜びます!!! ご購入後のお礼メッセージは数が多くて難しくなりましたが、またいつもの○○さんが読んでくださったんだと心の中で大いに感謝しています!!