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人格主義:「自己」啓発の王道として
スティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』、善人の理想としては実に美しいし、それなりに完成度は高いと思うけど、これがすんなり成り立つほど世の中に悪人が少ないわけじゃないのよね。あくまで、人徳者が人徳者の卵に向けて書いてる指針ですな。
— 十三式夜光転写装置 (@Nijistopheles) March 4, 2015
ネタ本として
自己啓発本として世界的に最も有名であろう『7つの習慣』は一通り目を通したことがある。『7つの習慣』自体はアドラー心理学などに影響を受けて書かれたものだろうが、『7つの習慣』から部分的にテクニックをパクった本は数多くみかける。例えば、緊急度-重要度マトリックスであるとか、「関心の輪と影響の輪」などである。
具体的な習慣の本ではない
あまり模倣されたり言及されたりしていない側面も読めば幾つかわかる。例えば、タイトルが『7つの習慣』とあるが、そもそも歯磨きをするとか運動するとかいった意味での「習慣」が7つ列挙されているわけではない。日本語で言えば7つの原則(あるいはメタ原則)とか7つの心構えといった言い方の方がより適切である。言い換えると、具体的な習慣というよりも習慣を設定する上での抽象的な方針を挙げている本なのである。
成長には順番がある
また、7個に分割されているが、これらはただ列挙されているわけではなく、3つのグループに分けられ、かつ順番がついている。それは依存→独立→相互依存という順番である。だから、7個を最初から全部実行したり最後の方だけ実行するというわけにはいかない。なぜならば、人間は最初は保護者や友人、職場などに「依存」して存在し、次第に経済的にも人格的にも「独立」するが、独立したからといって一人だけでは大きなことはできないから「相互依存」という組織的な同盟関係を築かなければならないからである。
さらに細かい特徴としては、日本語で出版されている自己啓発書に比較すれば分厚い本であること、そして分厚い割にはビジネスよりは著者自身の家族との付き合い方に多くのページとエピソードが割かれている。ビジネス上のヒントを求めて読む側からすると、いい話なのだろうが冗長でじれったいほどだろう。だが、著者の筆致は「人間関係がうまくいけばビジネスもうまくいくのだ」と言わんばかりだ。
「人格主義」は何と対比されているのか?
こうした大小の特徴を包括するかたちで、この本で最も大きく掲げられている主張は「人格主義の回復」である。なんならサブタイトルにもなっている。ところが『7つの習慣』の話で、たまたまなのか、私は「人格主義」という言葉をあまり聞いたことが無い。序文を読めば「人格主義の回復」とは何なのかすぐにわかるにもかかわらずだ。コヴィーは最初にこれまでの自己啓発本(business wisdom)を総括し、総じて「よい特徴を身に着ければ成功する」(=特徴主義)というタイプのアドバイスをしていると評価する。
これに対して、コヴィーは表面的な特徴ではなくて、内面や人格を磨くことで表面的な特徴を身に着けたり取り外したりを反復せずとも持続的な成功を手に入れることができると主張しているのだ。それは古い商人の道徳である。だから「人格主義の回復」がサブタイトルになっているし、良い特徴をそれ自体として目指すのではなく、良い人格を目指した結果として優れた特徴も手に入るのだとしているのである。だから、「聖人になりなさい。結果は後からついてくる」というメッセージは、もうタイトルに明示されているのである。
(1,248字、2023.10.17)
なお深草は『7つの習慣』よりも『7つの習慣ティーンズ』の方がわかりやすいので好きです。