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映画感想「美しき仕事 Beau Travail」(1999)

【免責事項】本記事は1999年公開のフランス映画「美しき仕事」、原題 Beau Travail のネタバレを含みます。

私はこの作品に特別な執着があるわけではない。なぜならば、私は最近映画のオールタイムベスト100を幾つか見繕(みつくろ)って、未視聴のものをすべて見るようにしていて、この作品はその中のひとつに過ぎないからである。なお、今年に入って見た映画の数は、生まれてから去年までにみた映画の本数を上回っているほどである。

さて、ランキングには日本劇場未公開の作品や日本語で見ることのできない作品なども含まれていて、この1999年公開の「美しき仕事」もネット配信やDVDなどのディスクでは視聴できない作品のひとつである。それが今年2024年になって日本語字幕かつ高画質で劇場公開されるとのことで5月某日に視聴してきた。というのも、この機会を逃すと次いつどうやって視聴できるかもわからないからである。

短評

見た感想を私なりに一言で言えば、「やおい映画」である。なお、「やおい」とは「ヤマ無し・オチ無し・意味ナシ」を意味する旧い同人用語で同性愛の物語でシーンやキャラの美しさだけを取り出す余り話の筋の上げ下げやメリハリが抜けてしまっている作品を指すと理解している。本作は、一応筋書きらしき設定はあるのだが、軍隊が登場するにも関わらず銃撃シーンとか追跡アクションとかは一切ない。また、会話もほとんど最小限にだ。事件らしい事件もほとんどない。ただ、「あのラストシーン」に向けて何かが起きるという予感だけが時間の大部分を占める(しかし何も起こらない!やおいだから!)。そして、その「ラストシーン」が一応オチと言えばオチとも言えるが、これがそれまでの筋書きを一切無視する野放図なシロモノである。人によってはギャグシーンにすら見えるだろう。

筋書き

あらすじは既にいろんなサイトに載っていて、上記に述べたように本作ではあまり重要ではない。なぜならば、個別のシーンの映像美が明らかに優先されているからだ。それでも述べると、アフリカのジブチのフランス外人部隊に新入り(サンタン、フランス系だが孤児)がやってきて、その舞台の中年隊長(ガルー、イタリア系か)が新入りを罠にはめて殺そうとする話である。なぜ殺そうとするのかというと、隊長は上官の少佐と元々仲が良い(一緒に、というより二人きりでチェスやビリヤードを楽しむ仲である。本作品をゲイ映画と規定する評者も多いが、隊長と少佐の間で露骨な性表現や肉体関係を直接示唆するようなシーンは無い)のだが、そこに若くてルックスのいい新入りが入ってきて少佐に許容されているのが、もうそれだけでこの中隊長には気に食わない。つまり三角関係であり、逆恨みであり、嫉妬(しっと)だ。一方的な嫉妬の末、隊長ガルーは新入りサンタンに因縁をつけ、罰と称してジブチの荒野に置き去りにする。そして、その際、サンタンの方位磁石を狂わせて基地に帰れないようにしておく。しかし、行方不明となったサンタンの壊れた方位磁石が発見され、中隊長は部下を陥れたという旨で軍から追放になる。一方、サンタンは倒れて死にかけていたところを現地住民に保護され、助かる。中隊長ガルーはサンタンを破滅させることもできず、心血を注いできたキャリアも喪失して、自宅で自分自身のベッドを軍隊式に丁寧にベッドメイキングし、その上に上半身裸で横たわってピストルを握りしめる。そして、「あのラストシーン」を迎える。

美しさ

本作のタイトルは直訳で「美しき仕事」である。この美しさには明らかに複数の意味が込められているだろう。

  • 肉体美。役者自身が鍛え上げた肉体が躍動する美しさ。

  • 集団行動の美。16名のマッチョがときには半裸で、ときには半ズボンで、ときには隙間から肉体が見えるエロ衣装でボーイスカウトめいた謎の訓練を一糸乱れぬ様子でおこなう美しさ。

  • 軍隊の清潔さ。実際の軍隊でもそうだが、靴紐をきちんと結んだり、銃をしっかり手入れしたり、爪や髪を切ったり、自分自身や上官のベッドをきちんとメイキングしておくことがエリート部隊になればなるほど求められる。これは実際に襲撃や非常事態が起きた時に日常的なメンテナンスができていなければ思わぬところからピンチが発生しかねないからだが、外部から見れば清潔さ、高潔さ、美しさを感じられることがある。

  • 禁欲。若い男性は欲望する主体である。もちろん若くなくても、男性でなくてもそれぞれ欲望は持っているのだが、特に若い男性は欲望をわかりやすく発露し、またそれをうまくコントロールできずに悩んだりする──少なくともそういうステレオタイプがあるだろう。しかし、軍隊においてはそれは統制されなければならない。同じ軍服に身を包んで自分自身の欲望や個性を出さないという禁欲的なありさまには、一種の美がある。

フェティシズム

上記の「美」的な観点に対応して、本作の映像ではフェティシズムが累積していく。まず、肉体美はジブチの暑い気候、海辺での訓練、岩場での休憩などであからさまに男たちのヌードを見せつけられる。なお、女性はほとんど出演しない。そして、訓練内容もボーイスカウトめいた、ラジオ体操のようなもので、サバイバルゲームのような勝ち負けの面白さは無い。そういう意味では退屈な映画である。だが、その退屈さと軍隊の秩序だった生活や制服が、男たちの欲望を緊縛し抑圧しているのが、或る種の性癖の人にはたまらないのだろう(これは飽くまで私の想像であって私自身は実際、退屈だった)。

それらを覗(のぞ)く視線は或る意味では女性ジェンダーの一種であって、作中では女性はほとんど登場しないし、登場する女性の半分は外人部隊を見物するジブチ現地人である。だから、日常生活において男性たちから眼差しを受ける女性たちが、反対に「男だけの世界」をいいとこ取りして純粋に覗(のぞ)き込めるという構造になっており、そして遂にラストシーンでは覗き込む視点はシーンの中から削除され、カメラと一体になった──というのが私の解釈である。

そして、ラストシーンでは隊長は既に軍務を解かれているのだから、ただの男に戻り、もはや軍隊に気兼ねする必要は無くなっている一方、キャリアにおいても嫉妬心の成就においても失敗し、もはや自分の欲望を暴発させるのに何の歯止めもなくなった状態である。

脇腹が空いたどこかのビジホのパジャマのような上着と半ズボンの組み合わせ。これで訓練をおこなわせる演出意図はエロ以外に考えられない。
二人組をつくり、お互いにお互いの片乳首をぶつけ合ってはハグするという訓練である。実在する訓練なのか、どんな意味があるのか、わからない。

有名なラストシーン

或る評論家は「映画史上最高のエンディング」とまで激賞するラストシーンを切り抜いた動画がYouTubeに上がっている。そこだけ見たい方は見てもいいかもしれない。なお、この動画自体がどこかで途中のシーンをカットしているようにみえるかもしれないが、そういうわけではない。

(2,871字、2024.06.06)

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