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古写経は、1,000年前の遺言状だった
五島美術館(東京都世田谷区)で開催中の「館蔵 秋の優品展 一生に一度は観たい古写経」展を訪問。
訪れた日は会期初日で、小雨のせいで客足は鈍いかと思われたが、それでも熱心な拝観者がじっくりと展示品に目を凝らしていた。
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日本に六世紀にもたらされた仏教は、その教えを説いた経文を書きうつす「写経」という営みによって、広く世に伝えられます。奈良から鎌倉時代にかけて、仏教は天皇から貴族、武家や民衆の心の拠りどころとなりました。そして国家の平和、先祖の冥福、一族の繁栄、自身の安全など、それぞれの目的・願いとともに盛んに写経がおこなわれます。これら、古の人々が経文を写した「古写経」は、本来の仏教経典としての内容的な価値だけではなく、時代ごとに特徴的な文字や装飾料紙などもおおきな見どころです。
印刷技術の乏しかった時代、「書き写す」ことは現代人が思うよりもはるかに責任重大であったろう事は容易に想像がつく。なので、装飾・意匠もさることながら、筆者の関心どころは「数多あるお経の中でも、どのお経の写経が多いのか?」であった。一字一句間違えず後世に伝えようとした経典は、どんな内容だったのか?それは往時の人々の遺言状とも言えるし、祈りの結晶といっても差し支えはないだろう。
そうした視点で見るとやはり陳列品には『法華経』の写経が多く見受けられ、日本文化の根幹に『法華経』がある、との確信を深めることができた。
1,000年前も、現代と同じく、漢字で、縦書きで書かれている古写経。それを読むと、1,000年前の人々とダイレクトに接続したような感慨を受け、震えるものがあった。1,000年前のテキストと同じものを、現代の私達が、そのまま読める!意味が解る!って、これはなかなかなかなか、凄い事なんじゃないだろうか。外圧から文字(言語)を奪われなかった証左であるし、『法華経』って、われわれ僧侶が今でも現在進行形で日常勤行で読誦しているお経なんですよ?
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会期終盤の10月5日(土)~最終日の10月14日(月・祝)にかけては、国宝「紫式部日記絵巻 五島本第一・二・三段」が特別展示されるとのこと。
今シーズンのNHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公が紫式部なだけに、タイムリーな展示となる。展示期間中には混雑が予想されそうだ。
関心のある方はぜひ訪問をオススメしたい。
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Text by 中島光信(僧侶)