WORKING FOREVER / PRオフィス@築地

人情と食の街・築地を拠点にしたPRオフィス「WORKING FOREVER」です。 WORKING FOREVERスタッフが毎回リレー形式でコラムを書いています。 Website https://www.workingforever100years.jp/

WORKING FOREVER / PRオフィス@築地

人情と食の街・築地を拠点にしたPRオフィス「WORKING FOREVER」です。 WORKING FOREVERスタッフが毎回リレー形式でコラムを書いています。 Website https://www.workingforever100years.jp/

マガジン

  • 令和の「生き方」や「はたらき方」をゆるく綴ってみた

    令和を生きる私たちは「はたらきかた」、「生き方」と向き合う機会が増えてきました。「正解」が無いからこそ面白い!様々な切り口から「はたらくこと」の酸いも甘いも発信していきます★皆さんのワークライフがより豊かになりますように。

  • LOVE × PR = POWER Project

    愛情と誇りを持ってビジネスに取り組む人々や企業のポジティブなチャレンジをWEB連載形式で紹介する『LOVE×PR=POWER』プロジェクト(略:L.P.P.P)をアップデートしていきます!

最近の記事

大変な時代でも「楽しく仕事する!」をあきらめない。PRオフィスWORKING FOREVERの活動を振り返ってみた。

皆さんこんにちは、WORKING FOREVERです!9月末、ということで期末でお忙しい方もいらっしゃるのではないでしょうか?秋分も過ぎ、暦上も季節が切り替わりました。WORKING FOEVERもこのタイミングで、濃ゆい2020年~2021年の1年の歩みをピックアップして振り返ってみようと思います。「楽しく仕事をする!」をあきらめずに全力で走り抜けた約1年。ぜひ気になった活動があった際にはURLからサイトをご確認くださいね^^ それでは、スタート!♪ 1.WORKING 

    • アラサー女子。片思いを続けるのか次に行くのか。#WORKINGFOREVER 34

      前回の記事に元カレの話をしたのだが、実は想いをよせてしばらく経つ人がいる。しかもあと少しで1年になる。我ながら一途でかなり奥手な性格だなって思う。先に進むのが慎重になりすぎて動けない(笑)そしてこの性格は幼いころからずーっと変わらない。 さかのぼること小学校低学年。 クラスが一緒で、通学路が同じだったY君のことが好きだったことがある。 でも、バレンタインデーで直接渡す勇気が無くて母の提案に乗って2年間、郵便で輸送していた。(笑) そのあと、中学受験のために塾に通い始めその

      • 不器用な私は、恋のはじまり方を模索し始めた。#WORKINGFOREVER33

        大学の時におつきあいしていた先輩がいました。先日、ひょんなきっかけでそのカレが結婚したことを知りました。おめでとう、という純粋な相手の幸せを想う気持ちと何とも言えないモヤモヤがしばらくせめぎあっていました。 カレとは私が1年の交換留学をする直前におつきあいが始まり、留学が終わった後も交際していました。これは結婚するかも、って一時期は真剣に考えましたし、実際にちらっとそういう話が出たこともありました。でも、カレは就職して地方へ。私は東京で学生。徐々にお互いの「当たり前」がずれ

        • 素早く突出しなくても、じっくり寄せ集めたら個性になる。#WORKINGFOREVER32

          私事なのですが、ありがたいことに先日、昇進することができました。また、それと同時に数年がっつり取り組んできた営業の部署から急遽異動することになりました。 私が本業で所属している会社は上場しているいわゆる大企業ですが、組織自体はベンチャー気質で特に私がずっと在籍しているグローバル事業は独立組織のようなもの。国内外合計で多国籍なメンバーが55人ほどいます。老若男女、それぞれ様々なライフステージにいます。そんな環境下で、異動によって未経験の業務領域にはなるものの、なんとか管理職の

        マガジン

        • 令和の「生き方」や「はたらき方」をゆるく綴ってみた
          27本
        • LOVE × PR = POWER Project
          4本

        記事

          26歳OL。2か月間、自分の死について考えた。#WORKING FOEVER32

          「形はきれいなんですけど、左胸にまあまあ大きいしこりがあります。紹介状書きますので。」 会社から機会をいただいたので先日婦人科検診を受けてきたのですが、診察室で言われた一言で急に目の前が真っ暗になった気がしました。ふらふらしながら会計を済ませ、気が付いた時には私は一人、自室でさめざめと泣いていました。今までの体に負担をかけていたであろう日々の生活リズムや習慣を心から後悔しました。 「もしかしたら私、死ぬのかもしれない。」 家族や友人、知人の死は今までに経験したけれど、そ

          26歳OL。2か月間、自分の死について考えた。#WORKING FOEVER32

          自分で「決断する」ということ #パレット4

          みなさんは何歳の時から自分の人生における選択肢を自分で決断してきたでしょうか? 私は明確に覚えています。中学2年生、14歳の時です。 少しだけ過去のお話を。私自身、幼い頃は活発だったそうですが、小学4年生頃から周りの目を気にして生きるように。5年生で転勤による転校が決まると、新しい小学校ではますます自分をさらけ出すことが出来なくなり、友達と呼べる存在も少なく、且つ「勉強ができる兄」と先生からは比べられ、「生きているのが苦痛」と感じる日々が増えていきました。そんな日々の中で、

          自分で「決断する」ということ #パレット4

          人間関係に量ではなく質をもとめるなら。#WORKING FOREVER31

          学生時代に先輩から教えていただき、ずっと心にとめてきている熟語があります。それは「邂逅」(思いがけずして出会うこと、巡り合い)です。 ただ、その言葉を知った当時は意味があまり理解できずにいました。 「人脈って大切」、という言葉を今までに、何度も耳にしてきました。そこで私はやみくもに1度でもお会いして直接話をしたことのある人とFacebookなどのSNSを交換していたことがありました。「友だち」をどれくらいまで増やせるか躍起になっていたのです。しかし今となってはフィードの投

          人間関係に量ではなく質をもとめるなら。#WORKING FOREVER31

          キャパオーバーが続いて限界を感じたので、3つの約束を守るようにした。#WORKINGFOREVER30

          『ごめんなさい、厳しいです。』 この一言が言えるようになったのは最近です。 いままでは怖くて言えませんでした。今もまだ正直ちょっと怖い。 言ってしまったら負けだと思っていました。 誰かと何かを競っているわけでは無いのに。 言ってしまったら終わりだと思いました。 自分は無力です、と露呈してしまう。なんとか積み上げてきた砂山の表面が、その一言によって崩れ始めてしまう。 要は自分に自信がなかったのです。でもプライドは高い。だから、見栄を張り続けるために一度手を出したものに対して「

          キャパオーバーが続いて限界を感じたので、3つの約束を守るようにした。#WORKINGFOREVER30

          「おばあちゃんになっても働き続けたい」という想いに思うこと #パレット3

          私の副業先、西澤朋子さんが手がけるPR会社「WORKING FOREVER」(https://www.workingforever100years.jp/)のコンセプトは、「おばあちゃんになっても働き続けたい」。前職の先輩でもある西澤さんの想いが溢れる理念だと強く思います。そして同時にそのコンセプトに強く惹かれるものがありました。 幼少期から憧れるもの人生100年時代。100人100色の生き方、働き方がある時代で、自分の人生どう過ごしたいか、どう在りたいかの軸をしっかり据え

          「おばあちゃんになっても働き続けたい」という想いに思うこと #パレット3

          完璧主義者のリラックスことはじめ#WORKING FOREVER29

          「心地いい」って難しい。 「自分に優しいことをしよう」とか、「心地いいことだけしよう」、という教えを耳にしたことがある人は多いと思います。だけどその心地よさを追求するのって、時に難しいって思うのです。追求していく中で完璧主義な性格が自分の至らなさを浮き彫りにさせて、いらだちを覚えることがあります。 最近、「ああ、いかんなあ」って思ったことがありました。それはヨガのレッスン中の出来事。週末にゆるく通い始めて、3か月目に入ったところでした。そのヨガスタジオのヨガはボウスプリン

          完璧主義者のリラックスことはじめ#WORKING FOREVER29

          人生の3Cについて #WORKING FOREVER28

          「人生には、3つのCがあります。」 今から15年も前のお話。卒業を控えた小学6年生だった私たちに、女性の校長先生が送ってくれた言葉が忘れられません。 先生はステージの上で指を三本突き出し、 「それはチャンス、チャレンジ、チェンジです。」 と、にっこり微笑みました。 「みなさんは小学校を卒業し、中学校へ進みます。そして、そのまま進学するお友達もいれば、卒業して働くお友達もいるでしょう。それぞれに嬉しいことも悲しいこともあるでしょう。でも、生きていく中で必ず、みんなにい

          人生の3Cについて #WORKING FOREVER28

          バリキャリだった祖母、ノブ子(87)の教え#WORKINGFOREVER27

          「いい?Yumi*ちゃん、努力するのよ。」 富山に住む祖母が電話の切り際に必ず私に伝える言葉です。 祖母がまだ若いころ、当時では非常に珍しく短大に進学。三軒茶屋に校舎を構える昭和女子大学を卒業し、小学校の国語の先生としてキャリアを積んでいました。孫ができるほどに歳を重ねても声には張りがあり、凛々しく、強く、そしてちょっと厳しくて怒ると怖い。私にとって祖母はそんな存在です。 あまりにも衝撃的でいまでも覚えている5歳の頃。 祖母に 「私『ちゃん』って呼ばれるのが嫌なの。『ちゃま

          バリキャリだった祖母、ノブ子(87)の教え#WORKINGFOREVER27

          「どんな自分でも」受け入れられるようになるには #パレット2

          「あー、なんで伝わらないかなー」 昨年の夏、1か月の間に仕事で大きなため息とともに何度となくこの言葉を浴びました。 言葉を浴びる度に心の中で何かが崩れていく感じになったのを覚えています。リモートワークになり、オンラインで2人きり。逃げ場がなく、激しく落ち込んでいました。 この案件以外は円滑に回せている業務も一方であるのに、夏が終わる頃には「自分の何もかもが欠陥だらけなのかも」と、同僚や上司に何を言われても琴線に触れてしまい、「無理です。自信ないです。わかりません。できません。

          「どんな自分でも」受け入れられるようになるには #パレット2

          苦境に立たされた花屋が無人販売を始めたら売り上げが上がった話。#WORKING FOREVER26

          東京は表参道の、路面販売のお花屋さんは緊急事態宣言期間中、無人販売をしたことがあるみたいなんです。いわゆる「高齢者」とされる方々が運営されている花屋さんなので接客が許されなかったみたいなんですね。 その花屋さんは「エチオピアローズプロジェクト」というのですが、名前からお判りの通り「ローズ」をメインに販売しています。そこで売られているバラが本当に素晴らしく美しいんです。生命力であふれていて、でも繊細さもあって。同じ花の種類でもどれ一つとして被らない。SMAP の曲で「世界に一

          苦境に立たされた花屋が無人販売を始めたら売り上げが上がった話。#WORKING FOREVER26

          スーツをオーダーメイドして見えてきた私なりの『個性』の磨き方#WORKING FOREVER25

          新年1発目に佐川急便のおじさんが運んできてくれたものは、年末にオーダーメイドしたセットアップスーツでした。私はあと少しで在宅勤務を始めてから1年になります。その間、セットアップなんて1度も着ていません。でも、このコロナ禍で人とのリアルな出会いがそもそも減って「生活するための服」が「よそ行きの服」よりも需要が高まる中で、1着「どのシチュエーションでも自分を輝かせてくれるお気に入り」を持つことは、長期視点で経済的なのではないかと思って仕立ててもらうことにしました。多かれ少なかれ、

          スーツをオーダーメイドして見えてきた私なりの『個性』の磨き方#WORKING FOREVER25

          2児の母フルタイム勤務の私が副業を始めるまで #パレット1

          初めまして、こんにちは。 本業では人材紹介会社の広報、そして副業ではWORKING FOREVERにてPRコンサルタントをしているあわがあいです。2015年に長男、2017年に長女を出産。2020年8月から、パラレルキャリアとしてPRコンサルタントの仕事を始めました。 そして2021年1月からは「働く」に関してコラムを書かせていただけることに!「パレット」と名付けました。とまどいながらもキャリアを重ねたいと思い日々奮闘しておりまして、その葛藤も含めて書いていきたいと思います

          2児の母フルタイム勤務の私が副業を始めるまで #パレット1