【ショートショート】モーモーパニック
最後に入店したのは、もう何年前のことだろう?
フロアに流れる電子音。コインを投入する音。メダルの落ちる音。UFOキャッチャーのアーム移動音。格闘ゲームのレバーを操り、ボタンを連打する音。
利用客の世代やゲーム機種は昔と違えど、この何とも雑多な音の空間は変わっていない。
おれは今、なぜかゲームセンターにいる。
遊ぶ約束をしていた友人から、三十分ほど遅れるとさっき連絡があった。仕方なく、喫茶店でコーヒーでも啜りながら待とうと街を歩いていると、このゲームセンターがあった。
今日は土曜日ということもあり、制服姿の学生や若いカップルの姿が多く見受けられる。一つのゲームを一日中やり込むゲーマーもいれば、暇つぶしにふらっと入っては何分かすると出ていく人もいるだろう。店内の客の入れ替わりは激しく、人間の細胞よりも遥かに速くゲームセンターは生まれ変わっていく。
十代のころ、おれはゲームセンターに通い詰めていた。毎日といっていいだろう。
大抵のゲーム機でハイスコアを更新し、ゲームの対戦では負け知らずだったことから、当時は『英雄』の称号を与えられて、その界隈では一目置かれていた。
しかし、あらゆるゲームをやり尽くしてしまったため、おれはスイッチが切れたかのように熱が冷め、ゲームセンターを引退したのだった。
当時の記憶を思いだしながらゲームセンターを歩き回っていると、フロアの一角におれの知らないゲームがあった。
『モーモーパニック』
な、なんだ、それは?
ランダムに飛びだすワニの頭をハンマーでたたくやつなら知っている。あれとは違うのだろうか?
結構、人が並んでいるみたいだ。ということは流行っているゲームなのか?
それにしても、そのゲーム機の形というか見た目が奇妙だった。
コンテナのような長方形のボックスがあり、その中でプレイするらしい。茶色ボックスの正面には牛の頭がついていて、時折、「モー」と鳴いた。外からは中の様子がまったく見えない。ボックスの後ろには牛の尻尾がぶら下がっており、お金を投入して尻尾を引っ張ると扉が開き、プレイ空間に入れるらしい。
おれはこの謎の多いゲーム機に興味を持ち、気づいたときには列へと並んで順番待ちをしていた。
待っている間に気づいたことが二つあった。
このゲーム機の外観は肉牛のフォルムなのだが、一回だけ白と黒のホルスタインカラーに変化し、その時に周囲の客から拍手が送られたこと。
もうひとつは、プレイ後の客が全員、汗をかいて息を切らしていたということだ。
もしかすると、体力を消耗するようなゲームなのかもしれないと考えていると、おれの番がまわってきた。
プレイ料金が一回三千円という価格設定にも驚いたが、おれはこのゲーム機の全貌を知りたくなっていた。
尻尾を引っ張り、中へと入ると扉がしまった。薄暗い室内で、おれの顔に何かがコツンと当たる。虫をはらうかのように手で弾くと、室内に明かりがついた。
「なんだ、ここは……?」
天井からいくつもの紐が垂れ下がっていて、その先には形のバラバラなタイルのようなものがぶら下がっている。
「モーモーパニックへようこそ! ぼくの名前は、モー太だも〜」
正面にはモニターがあり、牛のキャラクターが映っていた。おそらく、彼がモー太なのだろう。
「最初のステージは、肉牛ステージだも〜! ぶら下がっている部位のピースを側面にある牛の体に正しくはめ込んでいくも〜。制限時間は五分。準備はも〜いいかい?」
横を向くと、壁面に牛の体が映しだされている。頭と足には色がついているが、それ以外の体の部分はぽっかりと空いていた。牛肉部位のパズルゲームということらしい。正直、おれは拍子抜けしてしまった。だが、せっかくだからクリアしようと思った。
「いつでも大丈夫だ!」
「それじゃあ、いくも~。食べられる前に食べてやるも~」
モー太の合図と同時に突然、床が動きだした。おれはあっという間に正面の壁に激突した。な、なるほど。このランニングマシンのような床の上で、パズルを完成させなくてはならないのか。
おれは逆向きに走りだして、手前のピースをとった。「スネ」と書かれている。名前が書いてあるならある程度予測はしやすい。すると、いきなり床が加速して後ろの壁に激突した。進行方向が逆転したらしい。これはなかなか意地の悪いゲームのようだ。なんとかイレギュラーに変化する床に対応しながらも、おれは牛の体に部位をはめ込んでいった。
「スネ」「ロース」「バラ」「ランプ」「モモ」「ヒレ」
焼肉店で提供される部位のように細かく分類されていなかったこともあり、なんとか牛の体が埋まっていく。そして、最後の「サーロイン」をはめ込んだ。が、床の運動は止まらないし、タイマーも動き続けたままだ。
「な、なんで⁉」
牛の体はすでに埋まっているのに。おれはモー太のほうを見た。
「あと、残り三十秒だも〜」
モー太が急かすように舌をだしてきやがる。馬鹿にしやがって。
ん……舌?
そうか! 残りの一ピースは「タン」だ!
しかし、垂れ下がっているピースはもうないぞ。焦る気持ちを落ち着かせながら、見落としがないか、おれは最初から思い返してみることにした。
「最初、室内は薄暗くて、それから……あっ」
この部屋に入ったとき、何かが顔に当たり手で弾いたことをふと思いだした。
床の隅を見てみると、小さなピースが移動している。
転んでは起き、壁に激突しながらも、最後のピースをつかむことに成功した。
残り二秒。急いで牛の顔にはめこむと、床の動きが減速した。
「ステージクリアだも~。クリアボーナスはカルビ弁当だも〜」
だいぶ息が上がっているおれには、カルビ弁当を食べる余裕などはない。
「これからのためにスタミナをつけといたほうがいいも~」
「大丈夫だ、次いこう!」
「わかったも~。次のステージは、乳牛ステージだも~」
モー太の呼びかけで天井が動きだした。手が届くほど天井がたわんでピンク色に変化している。
「このステージは、乳しぼりをしてもらうも~。天井から乳頭がでてくるのをしぼるも~。乳頭にまぎれて別のものがでてくるから、それに触れてしまうと減点されるも~。たまにでてくる金の乳頭をしぼれば高得点だも~。
ちなみにしぼり方によっても得点は変わってくるから乱暴にしぼるなも~。制限時間は五分。得点が一〇〇〇〇点を超えればクリアだも~。準備はも~いいかい?」
「やってみないとわからないからな。いいぞ」
「それじゃあ、いくも~。知恵をしぼって乳をしぼるも~」
ゲームが開始すると、乳袋のような天井から乳頭がニョキっとでてきた。おれはすぐに反応して、思いきり乳頭をつかんだ。
「も~」という声がきこえて、得点が入る。十点だった。これじゃあ、一〇〇〇〇点なんて到底無理だ。とにかく乳頭をひとつも取りこぼさないつもりでやらないと。
そのとき、おれの視界の端に何かが出てくるのが見えた。反射的に握ると、それはなんと竹輪だった。
「しまった……」
「ウシシシシ」と声がきこえ、スコアはマイナス九〇点になってしまった。このゲームには俊敏性と正確性が必要のようだ。そこからは慎重に得点を加算していったが、一〇〇〇〇点にはほど遠い。
残り時間三分を切ったところで、乳頭を握ったときのモー太の表情が不満気なことに気がついた。そうか。モー太が言っていた言葉を思いだした。
しぼり方だ!
次に乳頭がでてきたときに、人差し指から順に握るようにしぼってみた。
「ももぉ~」という明らかに今までとは違う声がきこえ、モー太の表情はとても気持ち良さそうになり、一〇〇点が加点された。
それからは天井から次々と出てくる乳頭を確実に丁寧にしぼっていった。
途中、卒業証書を入れる筒のふたをスポンととって減点してしまったが、慌てないように心がけた。
「残り時間一分だも~」
まずい。今のスコアはまだ七〇〇〇点だ。
残り時間一分を切ると、乳頭と偽物の出方がより不規則になり、おれの得点は伸び悩んでいた。
とはいえ、まだ金の乳頭がでてきてないから、きっとチャンスがある。
そのとき、待ちわびていた金の乳頭が目の前に現れた。ここまで乳をしぼり続けてきたかいもあって、手ごたえは抜群だった。得点は八八〇〇点だ。
残り十秒だ。もう、選んでいるヒマはない。
八秒。金のリレーバトンをつかんでしまった。得点は八五〇〇点。モー太が「ウシシシシ」と笑う。落ち着くんだ。
五秒。おれは天井に集中した。金色に輝く穴を見つけ、素早く下に移動してでてきた乳頭をつかんだ。
一秒。最後くらい丁寧にしぼろう。手指の力の入れ方を意識して、乳頭をしぼった。
鳴き声はきこえない。駄目だったのか?
スコアを確認すると、得点は一〇〇〇〇点。
おれはギリギリの決着に「よしっ!」と喜びを叫んだ。
「ゲームクリアだも~。クリアボーナスはしぼりたて牛乳だも~」
「しぼりたてって、裏に本物の牛でもいるのか?」
ツッコミどころが満載のゲームだが、さすがに喉が渇いたおれは牛乳を一気に飲み干した。
「美味い!」
こんなにフレッシュな味わいの牛乳は初めてかもしれない。疑似体験とはいえ、乳しぼりした後だからなのかもしれない。
「いよいよファイナルステージだも~。棄権もできるけどどうするも~」
「ここまで来たらやるに決まっているだろう!」
「わかったも~」
モー太の声に反応し、なんとボックスがガラス張りに変化した。
周囲はすごい人の山だった。防音なのか声はきこえないが、すごい盛り上がりを見せている。
「最終ステージは、闘牛ステージだ」
今までのふざけた喋り方をしていたモー太の声が怒気をはらんでいる。
「コロシアムにようこそ。勇敢なる戦士よ。このボックス内の壁は一面が九分割されている。つまり、六面で五四面。赤く光った面の反対面からホログラムの闘牛が飛びだしてくる。きみはそれをよけ続けて、五分後に立っていれば完全クリアだ」
「一度も当たってはダメなのか?」
「当たったらただではすまないだろう。もし、倒れてしまって、十秒以内に立てなければ強制終了とする。また、最終ステージに限り、モニター横のボタンを押せば、逃げることもできる」
「この大観衆の前で逃げれるかよ」
おれの気持ちの昂ぶりは最高潮だった。血が沸騰しているみたいだ。十代のあのころを思いだす。
「それでは、いくぞ。マタドールよ」
おれが立っている床面が赤く光った。頭上を見ると獰猛な黒牛が突進してきた。間一髪でよける。ホログラムとはいえ、よける瞬間に牛の鼻息を感じた。なんてリアルなんだ。
今度は前から牛が突っ込んでくる。二頭同時だ。最終ステージだけあって、展開が早い。
今度は三頭同時だ。おれはなんとか壁を蹴って、牛をかわした。残り時間を見る。まだ、三十秒しか経っていない。とてつもなく長く感じる。
息を整えていると、三面から時間差で牛が飛びだしてくる。一頭目をかわし、反転した勢いでもう一頭、ジャンプして三頭目をかわした。
そこで一瞬の油断があった。ジャンプした頭上の面が赤く光っている。と思ったときにはもう遅く、牛の角がおれの体を貫いた。同時に、強烈な電気ショックを受ける。全身の毛が逆立ったようにビリビリとして、おれはたたきつけられた。
七……六……五……。
カウントが耳に入って、朦朧とした意識のまま、なんとか立ち上がった。
さっきの牛はなんなんだ? ホログラムじゃないのか?
「さっき、きみと激突したのは雷牛だ」
「な、なるほど……お陰様でエネルギーが急速充電されたようだ。まだまだ、ショータイムはここからさ!」
残り時間を見ると、まだ三分もある。
そこから、おれは何頭もの牛たちの攻撃を受け続けた。
水に溺れたり、服が燃えたり、高速回転したり、強烈な眠気に襲われ、眠気ざましに吹き飛ばされたりした。
が、その度におれは立ち上がった。ギブアップなんてしてたまるか。
もう、気力だけで立っている。
残り三十秒。
ふらつきながらおれは、ボックスの壁を一切見ることなく牛たちをよけた。
格闘ゲームで培った闘争本能。レーシングゲームで学んだ駆け引き。リズムゲームで養ったリズム感。おれは今、すべての力を余すことなく使っていた。
不思議な感覚だった。もしかしたら、これがゾーンとよばれる境地なのかもしれない。
タイムは残り三秒だ。前から牛の壁がせまってくる。おれは両手を広げた。
「おれの勝ちだ、モー太」
牛たちはおれにぶつかる直前で姿を消した。
その瞬間、おれの耳に大歓声がきこえた。
「完全制覇おめでとうだも~。名誉ある赤いマントをどうぞだも~」
服はもうボロボロだった。
おれはボックスの外へとでて、赤いマントを豪快に振り回すと、体をつつみこんだ。
ゲームセンターの出口へと続く花道は、英雄の帰還にふさわしいものだった。
(了)
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ここ最近はnoteにコツコツと、
【ASIAN KUNG-FU GENERATION(アジカン)の楽曲から想像を広げたショートショート】
アジカンショートショートを投稿している、
そるとばたあです!
こちらの作品はアジカンショートショートではなく、5月19日(日)に開催される文学フリマ東京38に向けて、制作中の新刊に収録予定のお話でした!
今回も無料の電子書籍ベリショーズ関東チームの皆さんと【ベリショーズ関東支部】として、参加させていただくことになりました(3度目の出店です)!
メンバーそれぞれ、文学フリマ東京38に向けて新刊や配布物を準備しているところですので、今回の参加者、ラインナップが決まり次第、またお知らせさせていただこうと思います!
そるとばたあは今回、新作5本と旧作リマスター5本を収録したショートショート新刊を制作中です。
今回はそんな収録作品の中から、旧作リマスターのお話『モーモーパニック』を先行公開させていただきました!
まだまだ新刊は制作途中(折り返しくらい)ですが、大切にしているコンセプトでもある『読んだ人を楽しませる物語』を届けるべく、ひとつひとつ言葉を込めて創作に励んでいこうと思います。
こちらの新刊、そして、ベリショーズ関東支部ブースをお楽しみにしていただけたら嬉しいです!
ますます熱い盛り上がりをみせる文学フリマ東京38、今からめちゃくちゃ楽しみです!
文章や物語ならではの、エンターテインメントに挑戦しています! 読んだ方をとにかくワクワクさせる言葉や、表現を探しています!