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夢の観光鉄道・・・夢のままがよかった?「高橋ユキヒロのいない冬」

最近筆がすすみません。

半紙と墨でパソコンに入力していないので

本物の筆は当然進みませんが・・・
パソコンのキーボードを打つスピードも
半分以下に落ちています。

小生の書く文章は・・・
初見だと
無推敲です。

従って誤字脱字の見本市です。

それを一度アップして
読み返しながら推敲するスタイルです。

なぜそんなミットもグローブもない
見っともない端サラシ※
・・・恥さらしを自分から展開するのか?

※サラシの端は凄くほつれます
海自を含め調理の世界でサラシは重宝されますが
それは手でも裂ける布だからでしょうか。

「推敲を考えきちんと文章を書こうとすると
もともと筆力がないうえに
生き恥をさらす無謀な特攻攻撃の勢いがそがれる」

からです。

「文章を書くのが苦手だと小学生のころから自覚していた・・・」
昔の生き恥がまざまざと甦ってくる・・・

バカな文章でも
note上で記事となっていれば

「一見まともな文には見えます」
あとは他人の書いた文章に青ペン※を入れるつもりで推敲

※海自の文書担当者が推敲する場合は
本来青ペンで推敲すると文書事務(庶務)の教務で
習いました・・・が
上職が赤ペンで訂正するのに見習って
推敲業務者まで赤ペンを入れる風習が一般化して
現在青いインキで訂正を入れる
文書処理者は極めて少数派です。

他人の書いた文章に「いちゃもんをつける」
のは得意チュウのトクイわざで
それが「文章を少しだけ書けるようになった原因
です。

人並程度のスピードで文章を
かけるようになった理由も
「時間に追われる海自業務の合間をぬって」
正しい文書へ校正しなければならないという
スタイルが原因です。

なにせ
「船の出入港のため艦橋に立直したり」
「ご飯をつくる手伝いのあいま」
などに文書校正や推敲をするため・・・

「まとまった時間がとれない」のが
艦艇の文書担当者です。

時間をやりくりするスキルとして

「舞鶴の学校で・・・ブラインドタッチ養成ギブス
と庶務・電算機教官が呼んでいた
キーボド目隠し打鍵法」で
パソコン(当時はワープロに毛が生えたような代物)
技量を強制的に習得したため・・・
タイピングスピードはそれなりに早いようです。

問題は打鍵速度ではなく
「紡ぎだされる文章」
のほうですが・・・
人間鍛えればどうにかなる。

短い時間で集中して青ペン作業を修練しているうちに
「素案だけなら高速で書くことが可能」
になりました。

※ここまでおよそ千字ですが大体15分ほどで打鍵しました。

ところがじっくりと腰を据えて
まるでチャットGPTが書いた
「理路整然としたいい加減な文章」

を紡ごうとすると
俄然速力は減退して・・・
いつの間にか「後進の行き足」となり
気が付けば「後進一杯」全力で・・・
文章は全くカケず脱線転覆・・・
復旧未定となります。

それゆえ
「とりあえず書いて」

他人のつもりで校正・推敲となるのです。

ところが
「尾瀬観光鉄道」のような
きちんと意味のある文章にしたいと願う文章は

「まったく筆が進まない」

書きたい内容は頭の中に「ぐるぐる渦巻きキャンディー」
なのに・・・・
「飴がとけて元の砂糖へ戻って固まった」
ように筆先は重く文字にならない。

前回のダイヤモンドの記事に憤慨したのと
同じ理由
「なぜそんな記事を発表するのか?」
というヤイバが
自分へ向いてくるのでしょうか?

昨年来 
高橋ユキヒロさんや坂本龍一さんを失い
「ひと世代上のかっこいいお兄さん」が
どんどこ鬼籍へ編入され
「高橋ユキヒロのオールナイトニッポン」
の番組で
小生世代を楽しませてくれた皆さんは
三宅裕司さんと小倉久寛さん以外
ほとんどの方が現役ではない・・・

次は自分の賞味期限が切れる番だと・・・

「夢の観光鉄道」はきちんとまとめて本にしようと
思いあがっているから

・・・筆が進まない
それは重々承知の介・・・

適当な・・・書き散らかすような記事なら
ポンポンかけるのに・・・

それをNOTEに書いてなんの意味があるのか?

小生のPVとスキは分析する必要もないほど偏って
現れます
「鉄道・乗り物」系は圧倒的にPVが多くスキには
余り影響しない・・・
「ヨタ記事」はスキは過分にもいただけるのに
PVはまったくのびない・・・

PVは多いほうが良いのか・・・そんなことはありません
ただし・・・PVが多い乗物記事と・・・
ヨタ記事を比較すると・・・一桁ちがう
場合によっては二桁ちがう場合も・・・
「筆が進まない」分野にはPVがあり。。。
「ヨタ記事」には

「博愛精神にあふれた慈善読者さま」

からスキが頂戴できる。
当然満足できるのはスキが多いことです・・・が

でも・・それだとなぜ書いているのか
所在が不明になります。
そして・・・
そんな小生に捜索願を出してくれる読者はいるのか?

だからこそ
宮脇俊三も高橋ユキヒロもいない
こちら側で「夢の観光鉄道」を
走らせる必要があるのかもしれません。

高橋ユキヒロさんが宮脇先生の愛読者だったと
短文を書いた。。。大久保林清先生・・・
影山民夫先生ですが・・・
その短文も発見できず・・・
ご本人へ確認しようにも
彼岸へ取材に行かなければ・・・会えない。

夢は夢のままでよかったのか?
それとも・・・・
答えはなかなか出そうにありません。

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