シェア
「タクシーで帰ればよかった」 始発のバスで郊外に行く乗客は少ない。乗っていたのは木実だけだ。僅かな出費を惜しんだことを、木実はバスの中で後悔した。 「しまった、昨夜は雪だった。もうぜんぜんついてないわ……」 バスを降り、いつものようにアパートに帰る近道に入って木実は思った。 昨夜は日付が変わった頃から吹雪いていて、近道の原っぱには新雪が十センチをはるかに越えて積もっている。雪雲は去って朝日が新雪を照らしていたが、この照り返しは眩しすぎて、朝帰りの木実は目を細めた
美咲から誘いがあり、直人は一緒にそばを食べに行く事になった。その美咲からの電話は一年ぶりだ。 「元気? まだ生きてた」 「残念ながら、そう簡単には死なないみたいだよ。どうした? おまえから電話ってことは、あの男に逃げられたのか」 「逃げられたんじゃない、追い出した。ところでヒマ?」 「おいおい、本当に逃げられたのか。困ったヤツだ」 「だからぁ~ 追い出したんだって言ってるでしょ。それよりヒマでしょ、付き合ってあげるから、そば食べに行こう」 「金なし、男なしか?」
「どっこいしょ」 老婆はちゃぶ台に手をついて立ち上がった。数歩歩いて柱に手をつく、その柱には古い柱時計がぶら下がっている。 「あんたも年を取ったな…… ここに来て何年になるかね~」 老婆はそう柱時計に話しかけた。 この柱時計は夫の哲夫が生前、友人の骨董品店からタダ同然の値段で買ってきたものだ。すぐ壊れてしまうと思っていたのだが、二十数年間狂いもせずに動き続けている。 「あんたにゼンマイを巻くのも一苦労になったよ。やっぱり歳をとったね、私も……」 そんなこと