【向日葵は枯れていない!】29.ギラヴァンツ北九州 マッチレビュー ~第29節 vs FC岐阜 ~
左腕の喪章に想いを乗せて…。
背番号「1040」、「トシオ」。
ギラヴァンツ北九州初代社長、横手敏夫氏が9月5日に逝去されました。
今シーズンからギラヴァンツ北九州を応援している筆者は、これまで横手氏を存じ上げていませんでしたが、サポーター諸氏の投稿から「ニューウェーブ北九州(ギラヴァンツ)の産みの父、育ての父」として、つい最近まで慕われ続けていた様子がヒシヒシと伝わってきました。
それをきっかけに筆者も横手氏の足跡を辿らせていただきましたが、同氏がいなければギラヴァンツ北九州は、現在存在していなかったかもしれないことも初めて知りました。
筆者の本拠、岡山にもクラブ草創期の経営が安定しなかった時代に、類まれなる情熱を持ってクラブ存続に東奔西走した経営者がいます。既に景気が良くなかった時代に草創期を迎えた両クラブにとって、こうした情熱に溢れた経営者に恵まれたことは幸運であったと改めて今感じています。
本城陸上競技場時代の映像もふんだんに出てきました「北九州サポーターズTV」様のXへの投稿に、GK(27)田中悠也が早いタイミングで「いいね」をしていた様子を筆者は偶然知ることになりました。
クラブの歴史を紡いできた先人の想いを、チームは3連敗を喫した「今」を乗り越える力に変えたい、変えなくてはならない。現地ミクスタでは本城時代のチャントも登場したと聞きました。おそらくサポーターも同様の想いであったのかもしれません。
振り返ります。
1.試合結果&メンバー
連敗は3でストップ、8/24奈良戦以来の約1ヶ月ぶりの勝利となりました。J2昇格を争うライバルの多くも苦しんでいて、順位は4位にアップしました。プレーオフ圏争いは相変わらずの大接戦が続いていますが、残り10試合を切りましたJ3、ここまで来たら一戦ごとに全力を尽くしていくしかありません。
メンバーです。
北九州は久しぶりに3バックを敷いてきました。3-4-2-1です。
前節大宮戦でも、試合中の状況によっては3バックに変える用意があるのかなと筆者は感じていましたが、連敗を踏まえて増本監督も思い切って「変化」を選択したのかもしれません。
3バック化のねらいについては、後ほど述べます。
メンバーでは前節出場停止のCH(6)藤原健介がスタメン復帰です。
CBの配置は右から(4)長谷川光基、(50)杉山耕二、(13)工藤孝太となりました。
注目のひとつがRWBで、この試合では普段前目のポジションに就くことが多い(17)岡野凛平が入ります。一方で最近RSBのレギュラーとして定着していた(22)山脇樺織はメンバーから外れました。(23)坂本翔も大宮戦での脳震盪の影響からメンバー外となっています。
サブにはLWB(24)前田紘基が久しぶりのベンチイン、МF(30)髙橋隆大も久々の登場となりました。
そして、対戦相手の岐阜も前節相模原戦に続き3-4-2-1を敷いてきました。
岐阜には元北九州のメンバーが多いのですが、6試合ぶりの出場となった(50)後藤大輝、サブの(41)中山開帆の2人のGK、そしてRSH(38)新垣貴之、サブのMF(40)川上竜の計4人がメンバー入りしました。更には今節より(代行から)監督に就任した天野賢一監督も2022シーズンには北九州を率いていたとあって、試合後の北九州サポーターへの挨拶は大変豪華なものとなったのでした(岐阜・上杉哲平GKコーチも)。
2.レビュー
(1)3バックのねらい
北九州の3-4-2-1導入には複数のねらいがあったように思います。
まずは守備面です。
3連敗中、北九州は今治戦の2失点目、大宮戦の2失点目のようにサイドかからのクロスにより勝負を決められてしまう失点を喫していました。
そして今節の対戦相手、岐阜もクロスからの得点が多いチームです(9得点・全体の22.5%)。
以上の理由から、守備時におけるボックス内の枚数と高さを充実させる目的があったといえます。岐阜のCFにはクロスからのワンタッチゴールを得意とする(99)イ・ヨンジェがいたことを考えても、この対策は効果的であったと思います。
そして、攻撃面においても複数の目的がありました。
そのひとつがセットプレーのターゲットを増やすことであったと思います。
その効果が早速現れたのが、待望の「J初ゴール」となりました5分、CB(13)工藤孝太の先制点でした。
高く跳躍した(13)工藤にピンポイントで落とす(6)藤原からのボールは岐阜の守備者が誰も触ることができない精度の高さが光りましたが、(6)藤原が蹴る直前、岐阜の選手たちの目線がCB(4)長谷川光基に寄せられていることも見逃せません。
このゴールの約30秒前、ショートコーナーの流れから(17)岡野が放ったクロスはニアの(4)長谷川に合わせたものであり、おそらく岐阜の選手たちにはこの残像も残っていたものと考えられます。
(6)藤原のキックに対してはCF(10)永井龍のGK前へのこぼれ球に準備する動きも(13)工藤をフリーにする上で効いていましたが、ボックス内での北九州のターゲットが多かったことが岐阜守備陣の注意を分散させる効果はあったものと考えます。
クロス、セットプレーのターゲットを増やした効果が試合序盤に早速現れたといえます。
そして、攻撃面での効果はセットプレーだけではなかったと考えます。
4-2-3-1の際の北九州のビルドアップは、両SBに高めの位置をとらせることから、(50)杉山と(13)工藤、そしてCHの(6)藤原が下りてくる3枚での開始がパターンとなっていました。
これが、この試合では3バックにしたことにより、攻撃能力が高い(6)藤原を最終ラインに下ろさなくてもビルドアップが可能になったのです。
もちろん岐阜の前線は3枚ですので、そもそもCB3枚では数的同数です。
そこで北九州は(6)藤原が下りない代わりにCH(34)高吉正真が最終ラインをサポート、4対3の数的優位をつくっていました。
(6)藤原をより前の仕事に集中させる、これもシステム変更の大きな目的であったと考えます。
前々節今治戦との(6)藤原のヒートマップの比較です(SPORTERIAより)。今治に押し込まれていた時間も長かった試合でしたが、その点を差し引きましても、今節の(6)藤原は攻撃局面でプレー出来ていたことが分かります。
更には岐阜をミラーゲームに持ち込もうとした面もあったのかもしれません。この点については次の項目で考えてみたいと思います。
(2)岐阜の出方と北九州の気迫
岐阜、天野監督のこの試合のねらいは「前からプレスを仕掛けずに、中盤で北九州のショートパスをカット、ショートカウンターをねらう」というものでした。
あくまで筆者のイメージにはなりますが、前線のプレスによりチーム全体の守備スイッチを入れるチームが多い中で、リトリートでもないこの守り方というのは結構難しいやり方なのかなと感じました。
また、前書きで述べましたような部分も含めて、北九州のこの試合に懸ける想いは強く、その気迫が序盤のゴールキックからのセカンドを悉くモノにしたことからも、岐阜は中盤での球際勝負に持ち込む前に、最終ラインに押し込まれる形になってしまったのです。
こうした北九州の気迫、そして岐阜のゲームプランが合わさった流れが、5分という早い時間での北九州の先制点に繋がり、その後の北九州優勢の展開に繋がったと考えます。
更に岐阜の誤算はやはり北九州が3-4-2-1の布陣を敷いたことにあったと思われます。
これもあくまでも想像ですが、北九州が普段どおりの4-2-3-1の布陣を敷いた場合の岐阜のボール奪取のイメージです。
北九州最終ラインから直接か、外回りかの違いはありますが、(29)高昇辰や(34)高吉ら中に当てたところを、球際の強さに定評がある岐阜CH(23)萩野滉大が奪い、展開力に優れるCH(10)庄司悦大に預けてカウンターを仕掛けるイメージであったのかもしれません。
しかし、実際のところミドルゾーンの中央では岐阜の2CHに対して北九州が3対2の数的優位の状況をつくっており、しかもキープ力がある(6)藤原が「常駐」する状況が続いていました。
ここに「戦術的理由」によりプレスを仕掛けない岐阜の第1ラインを突破した(34)高吉がいわゆる「BOXtоBOX」の動きを魅せることで、岐阜の中盤奪取のねらいを完全に封じることに北九州は成功していたといえます。
更に北九州は3バックのうち1枚が前へ出て2枚が後方をカバーする「チャレンジ&カバー」の関係性を徹底しており、このCBが前へ出る守備も中盤のサポートに繋がっていました。
8分23秒、(10)永井の惜しいミドルシュートで完結した北九州のカウンターは、岐阜(10)庄司の中央突破を北九州が数的優位により封鎖、中に絞っていたLSH(21)牛之濱拓が起点になっており、まさに上述しました両チームの中盤での構造がよく現れていたと思いました。
その(21)牛之濱自らが放った37分のシュートも含めて、現在の北九州の課題のひとつに、良い流れの時間帯に追加点を決められない点があります。
北九州優勢の流れから追加点を奪えるか、そんな状況でのまさかのアクシデントでした。
(3)田中悠也無念の負傷
37分43秒、(27)田中がゴールキック後に倒れ込みます。
スロー映像では軸足の左足が滑り、左足首または左膝に内側から体重が掛かっているように見えました。思わず目を瞑りたくなるような曲がり方でした。
前書きでも書きましたが、この試合に懸ける(27)田中の意気込みは相当なものであったと推察します。
最近は、飛距離が出るそのキックから一気にチャンスを迎える場面もあり、おそらく負傷に繋がったこのキックにも想いとエネルギーが込められていた筈です。
そのエネルギーが自らの負傷に繋がってしまうとは、しかもよりによってこんな大事な試合でとは、本人の痛みや無念さを慮ると堪らない感情が込み上げてきますが、今は少しでも症状が軽いことを願うしかありません。
生え抜き6年目の苦労人の後を任せられたのは、実にJリーグ7年ぶりの出場となったGK(1)伊藤剛でした。
(1)伊藤の前回のJリーグでの出場は湘南から福島にレンタル移籍していた2017シーズンまで遡ります。2019シーズン以降は、栃木シティ、東京ユナイテッドFC、そして北九州もよくTMを行っているヴェロックス都農と関東~九州の地域リーグを転々としていました。
ゴールキーパーは出番が限られるポジションとはいえ、ここまで「ハングリー」な経歴を経てJの舞台に戻ってくるGKも珍しいと感じています。
更に彼の経歴を調べていますと、湘南入りする前の2012~2015年はモンテネグロやボスニア・ヘルツェゴビナへと渡っています。
同じチームで研鑽を積みながらチャンスを掴んだ(27)田中とはまた異なる苦労人ぶりを感じさせる(1)伊藤のキャリアです。
その(1)伊藤の持ち味は「ビルドアップ」。
周囲の選手たちもそんな彼の持ち味を理解しており、交代出場後はしっかり(1)伊藤と頻繁にパスを交換しながら(1)伊藤のリズムをつくっていた点は非常に良かったと思います。
今シーズン、天皇杯福岡県予選決勝の福岡大戦で公式戦を経験していた点もプラスに働いたかもしれません。
後半も含めて、59分岐阜(38)新垣のシュートへの反応、クロスのキャッチ、混戦でのパンチングの判断、掻き出す方向など久しぶりのJリーグの出場とは思えない安定したプレーを披露してくれたと思います。
前半の途中からは岐阜も前線からプレスし始め、北九州最終ラインにプレッシャーをかけてきますが、そうした動きにも慌てるそぶりは見せませんでした。
そして、出場時間を通じて柔らかくコントロールされたキックが目を惹きました。力強いセービングと飛距離が出るキックが強みの(27)田中が「剛」なら、(1)伊藤は「柔」のGKといえるでしょう。
次節以降の出場はベテラン(31)大谷幸輝らとの競争になると思いますが、もし(1)伊藤を起用し続けるのでしたら、彼のビルドアップの強みを活かしたボール運びも改めて可能になると思います。
(4)岐阜の修正と北九州の幸運
しかし、後半から岐阜は(10)庄司が最終ラインに下りる形でビルドアップを開始、この配球が有効で後半全体ではやや岐阜が優勢であったと思います。北九州としては追加点が鍵となりましたが、これが非常に幸運な形で入ることになりました。
76分、この(10)庄司からのサイドチェンジを狙ったパスを(10)永井がインターセプト、左に流れながら時間をつくり中央前方にパス、流れて岐阜ボールになりますが、ここで(17)岡野が再び奪いかけたところを岐阜LWB(8)荒木大吾がファール、北九州がFKのチャンスを得ます。
(10)永井はここでお役御免、期待のFW(16)大森真吾と交代しますが、交代前にいい仕事をしてくれました。
このFKを(6)藤原が蹴りますが、壁に入っていた岐阜MF(19)松本歩夢の左腕に当たりPKとなります。
スローでみますと(19)松本の腕は脇から離れており、明らかなハンドでしたが審判がよく見ていたと思います。
追加点を奪うのに苦労していた北九州としては、非常に幸運なゴールであったといえます。
PKを蹴るプレッシャーというのは相当なものであるというのが、皮肉にも試合終了間際の(16)大森のPK失敗で際立ってしまったのですが、若干20歳の若者は既に北九州の精神的支柱になりつつあると感じました。
前々節では若さも見せた(6)藤原でしたが、しっかり挽回してくれたと思います。
一方、(10)永井に代わってワントップに入った(16)大森も安定したポストプレーと前進を見せてくれました。順調にチームにフィットしていると思います。起用法に関しては(10)永井の交代後にチームとして決め手がなかったことからも、当分は今節のように後半からワントップでの起用が良いようには思います。
移籍後、「地元」初ゴールはお預けとなってしまいましたが、「貰い物」のPKではなく、流れの中からのゴールに期待したいと思います。
3.まとめ
以上、北九州にとって負けられない一戦であった岐阜戦を振り返りました。
星勘定としても、精神的にも今シーズンのポイントになる試合になるかもしれません。選手にとってもですが、おそらく増本監督にとっても自信となる勝利になったのではないでしょうか。
一方で今シーズンここまで神懸がったセーブでチームのピンチを救ってきた(27)田中の負傷離脱は彼のゴールキックに頼れなくなることからも、チーム全体の戦術に及ぼす影響は大きく、この点からもチーム戦術の再整理が必要になるかもしれません。
今こそチーム力が改めて問われそうですが、J2昇格を目指す気運を武器に逞しく戦い続けてほしいと思います。
今回もお読みいただきありがとうございました!
※敬称略
【自己紹介】
雉球応援人(きじたまおうえんびと)
岡山のサッカー好き社会保険労務士
日常に追われる日々を送っている。
JFL時代2008シーズンからのファジアーノ岡山サポ。
得点で喜び、失点で悲しむ、単純明快なサポーターであったが、ある日「ボランチが落ちてくる」の意味が分からなかったことをきっかけに戦術に興味を持ちだす。
2018シーズン後半戦の得点力不足は自身にとっても「修行」であったが、この頃の観戦経験が現在のサッカー観に繋がっている。
レビュアー3年目に突入。今年こそ歓喜の場を描きたい。
北九州大学(現:北九州市立大学)法学部出身
北九州は第二の故郷ということもあり、今シーズンからギラヴァンツ北九州もミニレビュー作成という形で追いかける。
鉄道旅(独り乗り鉄)をこよなく愛する叙情派。