それからの読書 ❀ 水車小屋のネネ ❀
僕のイチ推しだった作家、ポール・オースターが、4月30日、肺がん闘病の末に亡くなった。
享年77歳…
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しばらく国内の文芸からは遠ざかっていたが、「ポール・オースター」ロスもあって、普段はあまり手に取ることのない「本屋大賞」系の理屈っぽくなくてホッコリする物語を読みたい心境になった。
いずれも新聞の書評などで取り上げられた話題作だが、とりわけ心に響いたのは津村記久子、原田ひ香、ファン・ボルムの3人の女性作家の作品。
世間の物指しや時代の流れに囚われることなく、自分なりの生きる道を探る秀逸な《生き直し》の文学だ。
たとえば、この作品。
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18歳の理佐と8歳の律の姉妹は、母親のネグレクト(育児放棄)や義父のDVから逃れるために家を捨て、二人で生きる場所を求めて山間の小さな町に辿り着く。
そして、この町のお蕎麦屋さんに働き場所を得た理佐は、戸惑いつつも妹の律を育てながら何とか自分たちの新しい生活を築き始める。
この町で健気に生きる姉妹の40年間の人生の軌跡を描く、500頁近い長編である。
一種のBildungsroman(自己形成小説)のスタイルをとっているが、一つの章ごとにその年代の最初の1年間の出来事が描かれ、次の章に移った時にはそれから10年後の最初の1年間の出来事が語られる、という構成になっている。
したがって、10年ごとの姉妹の成長と人生の変遷、時の流れがくっきりと際立つように描かれる。
(なるほど、こういう人生の描き方もあるのだ…)
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この姉妹を見守る蕎麦屋の心優しい夫婦を始めとして、彼女たちを取り巻く登場人物たちは基本的に「善人」ばかりなのだが、全員が人生に何らかの欠損と傷を抱える哀しい存在でもある。
血の繋がりのない孤独な他人同士が、小さな町のお蕎麦屋さんを拠り所として心を寄せ合い、いつしか《心の共同体》ともいうべき繋がりを形成し、新たな安住の地を見出していく。
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一見、夢想的なメルヘンのようだが、このテーマはかつて取り上げたポール・オースターの『ブルックリン・フォリーズ』やファン・ボルムの『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』などの作品に共通するものがある。
おそらく、時代はこのような《解体》と《生き直し》の物語を切実に求めているように思われる。
この心温まる物語を読み終えたあなたは、しばらくするともう一度この姉妹の暮らす素朴な佇まいのお蕎麦屋さんと、ネネのいる水車小屋を訪ねたくなって、再びこの山間の小さな町の駅に降り立つに違いない。