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石膏デッサン
高校生の頃は、美術部のくせに朝練と称して、1時間くらい早く学校に行って、部室でデッサンすることを習慣にしていた。
学校に最後まで残った木造校舎、もう授業には使われずに、部室棟みたいになっていた建物で、たいていわたし以外に誰もいなかった。
そこにはヨーロッパの大理石彫刻から型取りした、がらんどうの石膏像が何十体も置いてあって、これを片っ端から描いた。
像はみな古くて薄汚れていたが、いかにも美術部然とした風景を形作っていて、自分もその中に埋没して、毎朝のルーティンをこなしていたように思う。
余談だが、奴らには全て正式の名前がついていて、美大を受けようなどと考えるものは、皆それを誦じていた。
アポロ、ヘルメス、アリアス、ガッタメラータ、モリエール、ブルータスetc・・・
30種以上あっただろうか、それらの像を2回3回と描いた。
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いわゆる「石膏デッサン」と呼ばれる、これら石膏像を木炭や鉛筆で描き上げる課題は、当時の美大入試の実技試験によく出題されていたものだ。
当然その対策で、全国の受験生が描きまくるものだから、長年の積み重ねで、外せない作法もあれば、流行や流派めいたものまである、不思議な一大ジャンルとして成立していたのである。
ところが、自分らの入試の頃から、急激にこの手のデッサンが流行らなくなった。
今では全く廃れてしまっていて、石膏像が入試に出されることは稀だ。
なのでわたしは石膏像を昔ながらの作法で描ける、最後の世代なのだが、こんなマニアックな話は多分誰にもわかってもらえない。
入試の時には、これを6時間で仕上げた。
いきなりは描けないので、18時間くらいからはじめて、徐々に速く仕上げられるように訓練する。
最終的に何枚描いたのか忘れてしまったが、自分にとって絵画の修練というと、この石膏デッサンを思い出す。
今では歯牙にもかけられない、時代遅れのお話である。