さっき、味噌汁を作るまで 

 昨日は休み。
昼間ダラダラしながらインスタを見ていると、近所のいつもの魚屋のストーリーが目に付く。

ミナミマグロの切り身 六百円
真鯛の切り身 由比産 七百円
長崎のカツオ 六百円
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 いかにも新鮮そうな艶感のある魚の切り身が画面を流れる。
 午前中の線状降水帯が東へ移り、小雨になりかけた隙をついて傘を片手に街へ繰り出す。もうこの暮らしも長くないから。
 雨上がり。夏本番を前にした特有の空気の重みが、さっきまでいた部屋の乾いた冷気をどこかに連れ去った。
 どうせ濡れると諦めた足は、ビーチサンダル。ザッザと音を鳴らしながら、徒歩5分の商店街に位置する魚屋へ向かう。
 魚屋はこんな日も元気だった。少なくとも親子3代は続いてるこの魚屋は、近隣の飲食店にも卸をしたり、同時に僕らへ日々変わらずに小売もしてくれたりする。こんな日もいつものように、発泡スチロールの箱の中には鮮度の良い魚や貝が並び、結露をまとった冷ケースの中には先ほどインスタでみた切り身が並ぶ。
 どれも厚切りでうまそうだ。寿司通には怒られそうだが、赤身のカツオとマグロの骨とかの間からこそいだ部分を買って、自宅で贅沢丼を食らった。

 その時一緒に買ったのが、愛知県産のあさり。
昔住んでいた愛知だが、蒲郡などを中心に貝が有名だ。愛知の大アサリは激ウマだ。七輪でバター醤油で焼こうものなら、貝柱と濃厚な貝の身がたまらない。その日見たアサリもスーパーのとは違い、やけに分厚い。それでいて、百グラムで二百五十円。
安くはないのだろうが、別に買えなくはない。だから思い切って買ってみた。この魚屋で初めて貝を買って帰った。
 そして、今日。危うく忘れるところだった。やや半開きになってしまった貝を心配しつつ、水で洗うとちゃんと口を閉じた。貝の生死は、口を何かあったときに閉じるかどうかでわかる。
 生存を確認できた貝をとりあえず鍋に入れ、良さげなレシピ探す。愛用のふる里の味、八丁味噌メーカーのレシピを見つけ、カクキューの出汁入り八丁味噌と粉のカツオ出汁粉と、アサリと賞味の迫った豆腐を混ぜる。 
 静かに煮た。レシピには丁寧にアクをとれというからアクもとった。静かに。
 時計の針は11時半を回っていたが、忙しかった1日とは裏腹に、ただ静かに貝を煮る時が心地よい。
間もなくして貝の口が開き出したのがわかったら赤味噌を入れる。大さじ3ほどの赤だしを載せたお玉を鍋の縁に寄せて、静かに煮たアサリのだし汁と混ぜる。味噌が対流するさまから、味噌汁を感じる。
 おまけに冷凍小口ネギを最後に混ぜ入れて、せっかくならと炊きはじめたご飯の炊きあがりを待たずに味噌汁を無印の漆椀に移す。
 良い見た目。肉厚のアサリが丁度よく口を開け、白い木綿豆腐と赤味噌のコントラストが美しい。
 
 汁を吸う。

 しじみにはない濃厚さ。アサリ特有の旨味を口全体で味わいながら、狩猟採集時代の先祖と興奮を共有する。
アサリの身はけして残さない。汁と身と豆腐とを繰り返し口に運び、またお玉と今しがた空にした椀を手に取ることを2度繰り返した。
 ごちそうさま。久しぶりに美味い味噌汁に出会えました。次の街でもこんな味噌汁とアサリが食べられるだろうか。

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