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【小説】恋の成仏短歌10「未完成の花火大会」

中学・高校と女子校で過ごしてきた私にとって、共学の大学に行き、仲間と過ごした20代は別世界だった。

サークルやゼミの仲間たちとわいわい過ごす、夢のキャンパスライフ。授業が終わってそのままディズニーに行くなんて、今の私から見れば眩しすぎる経験もしたっけ。

サークル、ゼミ、バイト先……いくつかコミュニティがある中で、サークルとゼミが同じだった男友達。まあ当時はまだ「友達」で終わらない可能性も残ってたのだけど。

彼とは複数人でしか遊んだことがなかったのに、とある夏に一度だけ、2人で遊びに行ったことがあった。

「2人で花火大会に行くなんて、もうそれ確定だよ」

仲のいい女友達にそう茶化されて、「何が確定なの?笑」なんて軽くあしらいつつ。

自分でも正直、何かがあるはずという期待があった。だって飲みに行くならともかく、半日以上一緒に過ごす花火大会って。興味のない人とわざわざ行かないよね。

花火大会自体は、これまでも一緒に行ったことがあった。ある年はサークルで。次の年はゼミで。

そもそもなんであの年だけは、2人で行くことになったんだっけな……

「なんか花火とか行きたくない?夏だし。」

どっちから切り出したのかも思い出せないほど何気ない、そんなやりとりからトントン拍子に決まったのだと思う。

「他に誰誘う?」

そう切り出してもよかったけれど、お互いに切り出す選択をしないままその日を迎えた。そこに意図があったかなかったかは、今でもよくわからない。

花火大会は、準備のステップが多いイベントだと思う。浴衣を着て、買い出しに行って、場所取りをして、屋台を見に行って、時間を潰して、やっとメインの花火が始まる。

このステップの多さが、当時の私には嬉しくてたまらなかった。

みんなで行くときはある程度分担するけど、2人となればほとんど全て2人でやるわけで。

なんの言い訳もせず、同じ目的のために一緒にいられる。こんな好都合なことはなかった。

いくらテンションが上がってるとはいえ、浴衣はちょっと浮かれすぎかも。直前でそう思いとどまって、結局無難なワンピースを着て待ち合わせ場所に向かう。

みんなからは「浴衣で普段とのギャップを演出!」って指示が来たけど、さすがにね。これはデートじゃなくて、「男友達との遊び」だから。

13時に待ち合わせした後は男友達との遊びにふさわしく、ドン・キホーテで安いお酒を買い込んで。サークルやゼミ仲間の噂話をしながら会場に向かった。

ブルーシートを適当に敷いて、なんの可愛げもないスルメやら柿ピーやらのおつまみたちで乾杯。

お腹が空いたら近くの屋台を交互に見に行きつつ。彼は焼きそばを、私はたこ焼きを買って。

いちいちチョイスに女子感がないなと反省しながら、その間もずーっと中身のない話ばっかりしてた。

こうして文字にするとなんのキラキラ感もなくて笑っちゃうけど、「この時間が永遠に続けばいいのに」と思ってたのが当時の私。今でもあのときの不思議な高揚感は、よく覚えてる。

19時20分を過ぎて、気づけば空は真っ暗。
一発目の花火が打ち上がる頃には既に少しだけ、寂しかった。

楽しみにしてた今日が、もうすぐ終わっちゃう。

それでも花火が上がってる間に距離が近づいて手が触れて、いい雰囲気になるんじゃないかとか。
帰り道に告白されるかもとか。

相手には絶対に言えない妄想をして舞い上がってたのも事実で。

場所取りまでで、ほぼ満足だったけれど……

最高の1日の完成まで、あと少し。

結局、花火が打ち上がってる間も、帰り道も、くだらない会話をし続けて。

私たちの1日は完成しないまま、終わった。
「完成しない」と思ってたのは私だけだったかもしれないけれど。

告白もない。付き合うこともない。
ひと夏の思い出はきれいに、跡形もなく散って。

こんなのも花火みたいに情緒があっていいじゃんなんて、笑い飛ばせる勇気が当時はなかったけど。

未完成のあの日が、今は少しだけ愛おしく感じる。


花火の日場所取りだけで8割は
満たされているなんて言えない


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