差し出された手を握る
私は、昔から、人に頼ることが苦手だ。
なぜなら、
信じられるのは自分だけ、
最終的には、自分がしなければいけない、
という考えが、どこかにあるからだ。
それは、以前にも少し触れたが、
ある出来事で人間不信になったこと、
私の根っからの負けず嫌いからくる、どうでもいいプライド、
そして、他人に迷惑をかけないようにと思う気持ちが、
この考えを生み出した要因だと思う。
いずれにしても、私は、他人を頼ることが得意ではない。
だから、助けを求めることも、あまりしないし、
差し出された手を握らないことも、人よりは多い。
今日、自身の研究報告をした際、
ある教員から、他大学の教員とのコンタクトを強く勧められた。
以前から、その話はあったのだが、
他大学の教員ということもあり、
さらに、私自身の納得の問題もあったので、
その手を握らないままだった。
今日は、かなり強く、言われた。
その教員は、かなり頑固なので、
今後もずっと言い続けるだろう、
という私の経験則から、これ以上の追求を逃れるために、
「一度、その手を握ってみるか」
という気持ちも正直ある。
だけど、今日は、
「何の意地を張ってるのか?もっと素直になれ」
と言われているような気がした。
だいぶ、疲れていたのもあるのかもしれないが、
彼らなりに、私へずっと手を差し伸べてくれていたのか、
と、素直に感じた。
差し出された手を握って、
どのような結果が待っているかは分からないが、
たまには、人が差し出しているうちに、
その手を握るのも必要だと思った。
私のためにも、全体のためにも。
この行動が今後どうなっていくか、
なぜだか、不思議にも、不安よりも、
今から楽しみな気持ちでいっぱいだ。
素直な心とは、何物にもとらわれることなく物事の真実を見る心。
だから素直な心になれば、物事の実相に従って、
何が正しいか、何をなすべきかということを、
正しく把握できるようになる。
つまり素直な心は、人を強く正しく聡明にしてくれるのである。
(松下 幸之助)
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