小説・「塔とパイン」 #15
そろそろ陽が傾いてきた。「Konditorei Weise」への客足も時間が経つにつれて少なくなっていく。店内の喧騒も小さくなってきた。夜遅くまで店を開いていることはなく、ディナータイムにはもう店は閉まっている。それがこの店のスタイルだ。
だから、閉店時間も決まっているようで、決まっていない。売り切れたら早めに終わることもある。とはいえ、延長して長く店を開けるということもない。
時間で縛るんじゃなく、その時々のタイミングで終わる。
本来あるべき姿はこうなんじゃないか。
ふとそんなことを思いながら、作業する手を止めた。
工房での仕事が終わると、一気に後片付けを済ませる。掃除は自分ではしない。業者が入って、店全体の掃除をやってくれる。床のモップ掛けくらい、やってもいいと思うのだけど、それは清掃スタッフに任せることになっている。
初日、知らずに床を掃除しようとしたら、工房長ステファンに止められた。
「Hey!! お前はここに何しにきたんだ?掃除をするためにここにきたのか?」
周りの従業員も、驚いた表情を浮かべて僕を見ていた。それは哀れみというかそういうのではなく「まぁ、知らなきゃ、しょうがないよね」といった感じで。
必要最低限、作業台を少し片付けて、終わり。おそらく10分もかかっていない。仕事が終われば素早く店を出る。それが全てだ。
店をでて、タバコに火をつける。
歩きタバコはしない。この国で歩きタバコをしても咎められることはないけれど、いつか日本に戻った時に、習慣ができてしまうとまずい。だからやらない。
本当は、タバコを吸う習慣をやめたいところだ。だけどやめることはできない。
いや、ほんとうにやめたいんだろうか?自問自答するが答えは出ない。
「答えを出したくない」というのが本音だ。
陽がかなり傾いてきた。街のシンボルタワーの長く伸びた影が旧市街のメイン通りに沿うようにかかっている。
バーやレストランの軒先、早いところはもう灯を灯し始めた。昼の喧騒から、夜の喧騒へと移り変わる瞬間が、この灯をシンボルにしている。
時にはレストランや、バーに寄ることもある。だけど今日はもう、色々あって疲れた。すぐ帰ることにした。
シンボルタワーの影を踏まないように脇道を歩いて、家路についた。