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休職期間に入ると同時に、妻は海外出張へ飛び立った

はじめてのメンタルクリニックを受診し、適応障害の診断を受け、3か月の休養が必要と医者から伝えられたその日、ぼくは震える手で上司に電話し、長期休養に入りたい旨を伝えた。

今まで有休もロクに使ったこともなかったし、新婚旅行でもPCを持参していたほどだ。
このマインドは、「ザ・浪速の中小企業の経営者」である父親からもろに影響を受けている。
父は24時間・365日仕事のことを考えているような人だった。そんな背中をみて育ったから、ぼくにとって休むことは、後ろめたく、辛いことだった。
何度も父のことが頭をよぎる。おそらく、休めなんか絶対言わないだろう。根性がないと一喝されるだけだろう…。

そんな葛藤とは裏腹に、電話の向こうの上司はやや動揺しながらも、あっさり認めてくれた。
「わかった。ただ、引継ぎだけは頼む」と。
翌日から5日間、怒涛の引き継ぎ業務を終えて、休職に入った。

そして、時を同じくして、妻は1週間におよぶ海外出張へと飛び立ってしまった。

引き継ぎを終えた解放感から、食欲も睡眠も戻った。
相変わらず、仕事の夢を見るけれど、起きると「ああ、休みなんだ」と安堵する。

子どもたちを保育園、小学校へ送り、ぼつんと一人、家に残される。

気晴らしに公園を散歩する。

スーツを着た大人が歩いている。作業着を身にまとった現場系の兄ちゃんが汗を流している。若いお母さんがベビーカーを押しながら歌ってる。年配の方が犬の散歩をしている。
みんな、普通に日常を過ごしている。

ぼくは、一体何をしているのだろう。

少し前まで、いや、つい昨日まで、あの風景に溶け込む、普通の日常を過ごす一人だったのに。

もう一度、あの風景の中に入れるのだろうか。仕事をして、家に帰って、ご飯を食べて、また朝起きて、出社して…そんな当たり前の生活を送れるようになるのだろうか。
ぼくは、普通の人に戻れるのだろうか。

子どもたちは、それぞれの場所へ行って、また帰ってくる。
妻もまた、一人のビジネスパーソンとして、彼女が求められる役割を果たしに飛び立ち、やがて帰ってくる。

ぼくは、誰からも何も求められていない。ただ、休むしかない。仮に、求められたとしても、それに応える気力もない。
こんな中年男性、世の中に必要なんだろうか。

妻は1週間後、帰国するが、ぼくのもとへ帰ってくるのだろうか。

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