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秋ピリカグランプリ応募作品

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2024年・秋ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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#眠れない夜に

紙一重〜左手にはペーパーナイフ〜【掌編小説】

幾度となく見返した。 3冊のスクラップブック。 波打つ紙の端。 2年分の思い出がぎっしり詰まっている。 1冊目の最初のページは銀杏並木を見上げる君の写真。 肩の上で揃えた柔らかな髪が風になびいている。 タイトルは『告白』。 僕たちが恋人同士になった日。 君専用のスクラップブックを作ろうと決めた日でもある。 次のページはクリスマス。 ツリーの飾り付けをする君の後ろ姿を写したもの。 タイトルは『誓約書』。 ツリーは私有地である裏山のモミの木で作った。 その裏山は今、紅葉のシ

創作小説(22) カップそうめん #秋ピリカ応募

瀬戸と小倉は悩んでいた。 小規模なそうめん会社に就職したものの、業績は夏以外の時期は売上げが伸びない。乾燥そうめん以外は生産していないという夏特化型の経営方針が原因である。 そこで会社は「カップそうめん」なるものを開発、その販促を任されていた。 販促のストーリーはヒーロー物で瀬戸が悪役となり最初に登場し子どもたちを怖がらせ、正義のヒーロー役の小倉が登場して解決という流れだった。 この点、学生時代、2人ともにレスリング部だったこともあり、ヒーローショーをやることに問題はない

魔女の誕生日 ~紙のみぞ知る~【#秋ピリカ応募】

 このブレーキ音は郵便ではない。最近ご常連になったあの人だ。  彼女はピンクの自転車でやって来る。扉のパイプチャイムを綺麗に奏でて窓辺の席へ。暫く海を眺めたあと、メニューをこれでもかと顔から離し、目を細める。   「いらっしゃいませ、ご注文は」 「苺ソーダください」  ここは、海を臨むカフェ・ロッキ。  窓越しの光に赤いソーダをかざす彼女。目の前をカモメが横切る。フフッと笑う声に炭酸が弾ける。  すると、紙ナプキンを一枚取り、ペンで何か書き出した。  彼女のいたテーブ

紙の神のまにまに

江戸の長屋に住む男が一人、病床に伏していた。古い畳のカビ臭さが白檀のような良い香りに変わり、目を閉じているのに視界が白くなってきた男は「とうとうお迎えか」とぼんやり思っていた。 しばらくすると遠くから人影が近づいてきた。目が覚めるような美しい女であった。一目で上等なものと分かる白い着物と羽衣をまとい、背中に折り鶴の羽のようなものを生やしている。 男が見惚れている間に女は目の前に来ていた。女と目線の高さが同じであることに気付いた男は首をかしげた。もはや寝たきりの自分が何の苦

『折り紙のゾウ』 # 秋ピリカ応募

封を開けると、短い手紙と折り紙のゾウがふたつ。 グレーの紙で折られていたが、かなり色褪せている。 足を広げて、立たせてみた。 大きい方が母親、小さい方が子供だ。 勝手にそう思った。 「悩みましたが、この象の折り紙をやはりあなたにお届けしたいと思います」 小学校の6年生だった。 2学期の席替えで、私は拓人と隣り合わせになった。 授業中、彼が机の下でゴソゴソしているので覗くと、折り紙を折っている。 顔は黒板に向けたまま、親指と人差し指、中指が別の生き物のように紙を折っていく。