見出し画像

幻獣戦争――序章(ひとまとめ版)

縦書き版はこちら

※著作権等は放棄しておりませんので、転載等はやめてください。
Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited.
(当サイトのテキスト・画像の無断転載・複製を固く禁じます。)

序章 絶望が希望に勝利した日

 ――時間は全てを風化させてくれるわけではない。心に焼きついた傷は時が経つと、血が止まり、炎症が治まるとかさぶたとなってやがて再生していく。しかし、傷跡は決してなくなることはない。

 現在(いま)が過去となっても、あの光景が甦り痛みを与えてくる。あの日、俺は護りたかった者、その殆どを失い、帰り着いた俺に怪我を負っていた親友は、かける言葉を持ちえなかった。

 俺は守りたい人を護るために戦っていた。人類のため、などという安っぽいヒロイズムに酔って戦っていたわけではない。上官のため、仲間のため、皆が望み俺が望む結果(今)を得るため、その一心で戦った。

 しかし、結果はこの有様。皆俺を護り死んた。俺はこんな結末を求めてなどいない。だが、わかっていた。いつかこうなると、その可能性が常に残り続けていたことに。なのに……なのに……なぜ……
 

  《――なぜ俺は戦うことをやめなかったのだろうか……》

  絶望が吹き荒び骸と化した機体を抜けていく。乾坤一擲の一撃は確かに大型幻獣を瀕死に追いやった。その証拠に佐渡島沿岸部から中型幻獣が大幅に減衰。俺達は無傷で上陸を果たし、戦闘は掃討戦に移行……したはずだった。

 なのに、この状況はなんだ? 気づけば、仲間の殆どは撃破され、モニターには仲間だった残骸が映っている。わけがわからない。一体何が起きた……いや、本当はわかっている。理解したくないのだ。

 俺が理解を拒否しているだけ。そう、大型幻獣は弱っていたわけではない。俺達を誘い出すために、わざとこの状況に持ち込んだのだ。致命的なミス。その現実を俺は受け入れられず、ただ立ち尽くすのみ。

 眼前には亀の形状をした大型幻獣が、ゆっくりと死を運んでいる。オープン回線から砂嵐交じりの怒号が響く。
 

『――各機! 生き残っている者は速やかに撤退しろ! 次の集中砲火が来たら俺達は全滅だ! ――聞こえているか比良坂! ぼさっとしてないでさっさと逃げろぉ!』

 目まぐるしく変わる状況に俺は何もできずにいた。

 『――お願い動いて舞人! 貴方がここで死んだら……死んでしまったら、貴方を庇った皆の死が無駄になる! お願い、逃げて! 逃げるのよ舞人!』 

 悲しみにも似た女性の叫び声が聞こえてもなお、俺の腕は動かず……体が動こうとしない。視界に端に辛うじて映る戦域図から少しずつ……少しずつ、仲間のマーカーが消えていく。

 コックピットモニター正面には亀の形をした大型幻獣のシルエットがゆっくりと、徐々に、緩やかに、大きく迫ってきている。じきに俺も仲間と同じ結末を迎える………それで良い。

 俺は仲間を護るため、仲間の願いを叶えるため、その一心で戦っていた。失ってしまえば、生きている意味も、存在している価値もない。だから、このまま……このままで良い。

 警告音(アラート)が響く中、コックピットモニターに映る大型幻獣の砲火を受け死んだ――

『……ろぉ! ひらさかぁぁぁ!』

 コックピット内に衝撃が走り視界が暗転する。これが死か……死とは意識を失うのとかわら――いや、違う。怯んで瞼を閉じただけだ。

「……生きている?」
 我に返り俺は目を開け状況を確認する。コックピット内は緊急(エマー)警告(ジェンシー)で赤く点滅しているが、端末を操作して機体状況をコックピットモニターに表示する。

 直立不動だった俺の機体は、どういうわけか真横に転倒している。その影響なのか、右腕に深刻なダメージを受けている。無くなっていないだけマシな状態。俺は生きている理由を探すべく機体を起こし情報を探す――が、すぐに見つかった。

 コックピットモニターの左側に損壊した獅子の記章がマーキングされた左腕が映っている。草薙さんの機体の物だ。草薙さんが俺を庇っ――草薙さん!

「何故ですか……どうしてあなたが私を守るんですか、隊長……」
 俺の呟きを裏づけるかのように、コックピットモニターの右側に左上半身が抉れ、コックピットが消失した10式戦略機が膝を屈している。

 自分自身の選択でかけがえのない上司を、英雄(ヒーロー)を失ってしまった。俺が不甲斐ないばかりに、馬鹿な作戦計画を実行してしまったばかりに、こんな無様な結末を迎えようとしている……俺は……俺は……

「……クソォ……クッソォォォォォ!」
 どうしようもない自分自身への怒りに自然と言葉が漏れ、スロットルレバーを握る腕に力籠る……このままやられるくらいなら――どうせ死ぬならぁ!

 《――お前を道連れにしてやる!》

  怒りで力が戻り、俺は状況を確認する。使える武器は兵装(ウエポン)棚(ラック)に格納されている74式近接大太刀と頭部バルカンポットのみ。敵大型幻獣との距離は既に数百メートル程度まで縮っており、全貌をコックピットモニター越しでも確認できる。

 やつの甲羅のような背と脚と頭部から生えてきた火砲の集中砲火によりこちらは全滅――いや、戦域図にまだ味方のマーカー一つ残っている……誰だ!? 戦域図では左前方に表示されているな…‥俺は頭部メインカメラを戦域図の指し示す方向へ拡大。

 計器類の故障でなどではなく、確かに砲火によって抉れた地表を、低空で大型幻獣に突撃する10式戦略機の背姿をコックピットモニター越しに視認できた。 

『やらせはしないわ! 皆の希望を! 未来を! 奪わせはしない! ……舞人、生きて……生きるのよ! 舞人! 貴方が生きてさえいれば! きっと――生きて!』

 戦域図の更新を待つまでもなく、俺はオープン回線で咄嗟に声を掛けようとするが、無線越しに女性の声が響く――間違いない。彼女だ。
『――ダメだ! だめだ黄泉! やめろぉぉぉぉぉ!』
 無線越しに響かせた渾身の声に答えることなく、黄泉機は大型幻獣の集中砲火にハチの巣にされ、爆発。戦域図から最後の友軍機が消えた。

「ははっ、ははははハははハは――結局、何も守れずに終わるのか……」
 突きつけられた現実に戻った力が抜けていく感覚に囚われる。やはり、このまま何もせずに死んでしまった方が、結末としてはふさわしいのかもしれない。しかし、旅立った仲間は俺を笑顔で受け入れてくれるだろうか? せめて一矢報いるような真似をしておかないと、怒り散らして俺に八つ当たりをしてくるかもしれない。

「……あっけなくやられているくせに、人のことを言えるような死にかたしていないくせに、あいつら自分のことは棚に上げて責めてくるんだろうなぁ……責任を果たせって……責任か。軍人なら――与えられた責務を果たせ……ですよね。草薙隊長」
 仲間達を死なせてしまった以上、勝てなくても可能なかぎり努力しなければならない。そんな軍人としての最低限の責任が俺に力を取り戻させてくれた。

「こちらの手札は近接のみ。敵は亀の姿をしているが、亀と同じ生態かはわからない。加えて、サイズは戦艦の数倍に匹敵する。コアの位置は――確か甲羅の中央部だったか」
 上陸前の映像で確認した時まではそのはず……今もそうなっているかは不明だが、賭けてみるか。俺はペダルを踏みスラスターを点火。スロットルレバーを傾け突撃を開始する。

 奴が亀なら左右は視界良好で的になるだけ。幸か不幸か、奴は俺の正面に位置している。ならばこのまま真っすぐ飛行して眼前で垂直に飛んでやれば目くらましくらいにはなるだろう。たどり着くまで生きていればの話だが……倒す事を前提に行動している自分に軽く苦笑する。まだ、敵との相対距離は数百メートル程度ある。奇蹟でも起きないかぎり索敵されて撃破される結末しかない。お笑い草だ。

 勝てなくてもせめてこのくらいの事はしておかないと、後の続く者は解決策を導けないだろう。まっ、これから死ぬ奴には関係ないか。俺は続けてもう一度苦笑するとペダルを強く踏み込み機体をさらに加速させた。


「……ね……れ……か」
 薄れゆく意識の中で私はもはや満足に喋ることすら叶わない。あの幻獣の砲火が機体をハチの巣にし私は炎と衝撃に飲まれた。既に全身の感覚はなく、体が五体満足かすらわからない。この薄れゆく意識が今だ生きている証であり、それも間もなく潰えようとしている。

 滲んでぼやけて見える景色が少しずつ、少しずつ暗闇に落ちていく……だが、まだ死ぬわけにはいかない。助けなければ、彼を、人類の未来を、私の愛する人を……身勝手に死んでいった皆の分まで、助けないと……今この場で、生きている私が……支えなければ、人類の未来も、彼の未来も終わってしまう……

《――だから、助けないと!》 

「……ね……しに……ら……か……らを!」
 私の祈りは虚しく生が終ろうとしている。ここまでなのだろうか? 人類は……彼の歩んできた道は――終わりにしたくない! 終わってほしくない! だって彼は――彼はまだ、戦っているのだから!

「……えっ?」
 唐突に力が湧きおこり滲んでいた視界が明瞭になる。何が起きているのだろうか? 
 私は思わず右手を目の前に晒し握りこぶしを作って戻す。確かに自分の体だ。しかも、前身の感覚が戻っている。

『――時間がありません。手短に伝えます』

「――この声は……もしかして、一樹君?」
 上から降ってきた声に私は思わず見上げると、敵の攻撃で破壊された右上部のコックピットモニターの隙間に手のひらサイズの球体が、緑色の輝きを放って宙に浮かんでいた。どういう状況なのだろうか?

『問答も無用です。時間がありません。貴方を私の使徒にしました。この情勢下ではこの方法しかありませんでしたので、私に代わり彼を助けてください。力の使い方はわかるはずです』
 球体は一方的にそれだけ伝えると緑色の輝きを放ち霧散。崩壊したコックピットを緑色の輝きで満たす。わけがわからないが、一つだけ確かなことがある。私はまだ彼を支えられる!

「……」
 私は手を組み祈る仕草で目を閉じ念じる。すると、脳内に彼が駆る90式戦略機の姿が流れ込んできた。彼はあの大型幻獣を前に真っすぐ突撃している。
 彼はまだ諦めずに戦って―― 

『俺が止めればこんな現実(こと)にはならなかった……俺が止めようと、皆に伝えるべきだった……全部、全部俺のせい……』
 

 同時に流れ込んできた彼の絶望と嘆き。それは私達が敗北したという現実を受け入れるには十分な材料だった。彼は……舞人は、残った軍人としての責任。それだけで立ち向かっている。

 《――このまま楽にさせてあげたほうが、彼のためになるのでは?》
 

 このまま彼を助け帰してあげても、本当に彼のためになるだろうか? 彼の気持ちを知り私の中に迷いが生じる……舞人は立ち直れるだろうか? このまま死なせてしまったほうが彼のためなのかも――いや、それを決めるの私じゃない。彼の運命だ。私が助けても彼も死ぬかもしれない――私が手を下すべきじゃない!

 私は組んだ手に力を込め、祈る。

 《……どうか、どうか彼に力を……奇蹟を起こす力を!》

 機体の残骸と砲撃による窪地の山を抜け、亀の形状をした大型幻獣の顔正面に最接近する。相手の視線は俺の機体を正確に捉えて離さない。にもかかわらず大型幻獣は攻撃する気配がない。本当ならもう撃墜されているはずだ。

 俺は端末を操作して大型幻獣の表面をコックピットモニターの一部に拡大表示する。砲塔と呼ぶべきか砲身と呼ぶべきか迷うが、砲弾を射出する突起物が網の目状に展開され俺を確実に捕捉している。

「……弾切れ――なわけないよな……」
 そんな馬鹿なことがあるわけがない。が、現状では理解できない現象が起きているのかもしれない。
「生き残れるかもし――いや、こんな結末で生き残りたくないな」
 脳裏のよぎった僅かな希望を軽く否定し、俺はスロットルレバーを引き予定通り大型幻獣の至近で真上に機体を上昇させる。ほんの数秒で機体は大型幻獣の甲羅頭頂部を見渡せる位置に到達。機体を滞空させ大型幻獣のコアを検索する。

「――あれだ」
 拡大表示するまでもなく、甲羅中央部に戦略機程度の大きさの鮮やかな朱色を放つコアらしき球体が見える。バルカンと大太刀だけで破壊できるだろうか?

「別に破壊できなくても良いか」
 自虐気味に呟き、俺は兵装(ウエポン)棚(ラック)から動く左腕で大太刀を抜きスロットルレバーを倒しコアに突撃を開始する。この間も大型幻獣からの攻撃はない――まさか既に死んでいるというオチはないよな? 疑心暗鬼が募る中、勢いに任せて俺はコアに上段から一撃を見舞った!

「――折れた……か」
 振り下ろされた太刀は刃の4分1を残し折れ飛んだ。機体をコアの傍に着地させ折れた太刀を投げ捨て、最後の大太刀を兵装棚から抜き放とうとした

――その瞬間!

「――何だ?」
 コックピットモニター内に警告音(アラート)が鳴り状況を確認するまでもなく、コックピットモニターの左側機体のすぐ傍に砲台のような突起物が出現していた――攻撃される!

「……っ!」
 咄嗟に俺は機体を逸らしバックステップでコアとの距離をとる。僅かな差で幻獣の砲撃は動かなくなった右腕を道連れに外れ、反射的に俺はバルカンで応射。砲台を潰すと同時にそのままコアを射撃する。弾が炸裂し爆発がコアを舞う。しかし、傷つく気配がない。

「だめか……」
 俺は射撃したまま兵装棚から最後の大太刀を抜き、刺し貫くべく真っすぐ構えスロットルレバーを押し込み突撃する。推進力を攻撃力に変え大太刀はコアに直撃するが、刃の先が潰れバルカンが尽きる。構わず俺は折れた太刀をコアに押し込むべく、スロットルレバーに力を込める。

「……どうせ最後だ。機体ごと持っていけ!」
 やけくそ気味に呟き、俺はペダルを限界まで踏み全ての推進力を攻撃力に回す。大太刀の刃は潰れながらめり込み――コアに亀裂が走る。

「仇ぐらいは取ってやるさ!」
 俺はそう叫びスロットルレバーを思いっきり押し込む。めり込み潰れる刃にさらに力が加わりコアが圧壊。光が溢れコックピットモニターを白く染める。

 俺は眩しさと死ぬことを直感し目を塞ぐ――が、何も起きなかった。爆発するかと思いきや、そんな事なくコアを破壊された大型幻獣は光を放ち霧状に霧散。空中に投げ出され機体は自動(オート)制御(パイロット)で地面に着地。目を開けると荒れ果てた現実が俺を待っていた。結末はとても呆気なく、コックピットモニターの一部に表示されている酷使した左腕のダメージが事実を物語る。

「ハハハハハハ、ははははははははははははは!」
 急速に力が抜け、コックピットシートに体が沈み俺は笑い続ける。機体は両腕を失い結局生き残ってしまった。

何が仲間を守るために戦っていただ! 守るどころか守られていただけじゃないか! 止めるべきだった! 辞めるべきだった。こうなる前に! 草薙さんを! 信介を! 秀吉を! 信康を! 黄泉を! 説得するべきだったんだ……こうなる前に、こうなる前に!

「何で俺は戦い続けたんだ? あの人に託されたからか? 世界を救えると思ったからか? 違う! 仲間の未来を守りたかったんだ! その結果がこのザマか!」
 コックピットに俺の言葉が虚しく響き体が反応するように項垂れる。
 幻獣を駆逐することが仲間の未来を守ることだと……できるわけがないのに、できると……仲間が望む姿をいつの間にか演じきってしまっていた。

「はははははははは! あはははははははははははははは!」
 自分の滑稽さが堪らなく俺は笑い続ける。ひとしきり笑い終えると、涙が頬をつたっていることに気づく……俺は泣いているのか……ああああああああああああああ! そこから先の事はよく覚えていない。気づいたら目の前に母艦があった。推進剤も殆ど残っておらず、歩いて母艦に戻ってきたのだろう。識別信号も喪失している状態でよく残っていてくれたものだ。

 本来ならKIA 扱いで撤収されていてもおかしくはない。俺はペダルを踏み、母艦の戦略機発艦口である後部甲板に残りの推進剤を使い飛び乗る。わざわざ空けてくれている後部甲板に着地。機体の膝を折り降りやすい態勢に整えると、整備士達が我先にとホースを持って現れ機体に水を放水し始める。

 その仕草がコックピットモニターからも見てわかり、本当に帰還したことを理解する。コックピットモニターに表示されている機体ステータスの殆どの部位が真っ赤に染まっている。機体のボロボロ具合がこちらからでも一目でわかり、外はもっと酷く見えているのかもしれない。俺は主機の火を落とし端末を操作してドアブロックを解除する。

 プシュぅという音と共にドアブロックが開き、簡易階段が自動で作られ甲板に接地。俺は機体から降りながら海風を感じ、共に運ばれてくる焼け焦げたような臭いに生きていることを実感する。 

 甲板に降り立った俺は佐渡島に振り向く。夕陽が島に沈んでいく姿がどうしようもなく美しく、夢ではない現実に打ちのめされる……この結末はあまりに残酷だ。

「……おかえりなさい」
「……」
 呆然としている俺に後ろから声を掛けられ、振り向くと右腕を吊っている一樹が立っていた。

「俺はこんな結末を迎えたくて戦っていたわけじゃない」
「……ええ」
 抑揚のない俺の言葉に一樹は表情を歪ませ頷く。俺は今どんな顔をしているのだろうか? 散々喚いたせいか何も感じない。

「……何がいけなかったんだろうな」
「……」
 懺悔にも似た吐露に一樹は沈黙を返す。適当な言葉を紡いだところで、何も解決しないことを理解しているのだろう。

「――もう、ここまでにしないか? 俺はお前や教え子達まで失いたくはない」
「……」
「……艦長に報告してくる」
 俺の問いに一樹は答えようとしなかった。軽く息を吐き、俺は艦橋へ向かうべく一樹の脇を通り過ぎる……俺達の戦いはここで終わったのだ。

 彼の問いに僕は答えられなかった。どう取繕ったところで今の彼には何もとどかない。あの涙の痕が、呆然とした顔が彼の心を表している。僕達は幻獣に今日完全に敗北したのだ。もう立ち上がることはできないかもしれない……この忌々しい怪我さえなければ、僕が傍に居れば、この結末は回避できたかもしれない。しかし、この結果が今の僕にできる精一杯だった。希望は潰え、絶望がより一層深まる。この先僕達に逆転の機会が訪れるだろうか? 彼はもう一度立ち上がれるだろうか? それは僕にもわからない。
「……貴方の未来は貴方が決めてください」
 僕は小さく呟き、夕日が沈む佐渡島に目を向けた。まだ居るであろう彼女の選択に期待して。
 

 全てが終わり、私は塊と化した10式戦略機のコックピットから這い出て、残骸の山に立ち外気を感じる。眼下に広がる戦略機の残骸と砲撃による窪地は、この場で戦闘があった事を裏づけ、吹き荒ぶ風と共に運ばれてくる焼け焦げたような臭いが、これが現実だと実感させる。私の祈りはあの大型幻獣の動きの殆どを封じ、彼に力を与え、結果彼を救うことが出来た。

 しかし、彼の心はそうではない。私達は戦闘に勝利して戦争に敗北したのだ。
「……これからどうするべきかしら?」
 先ほどまで乗っていた自機の残骸に目を落とし私は自問する。このままひょっこり彼の下に戻れば、彼はまた無理をする。彼のためを思うなら戻るべきじゃない。この与えられた力で私は何を成せば良いのだろうか?

「――当てがないなら私達に協力しない?」
「――誰!?」
 下の方から唐突に声を掛けられ、咄嗟に身構え相手を探す。声の主は真反対の残骸の山から、ひょっこり顔を覗かせ私を見上げていた。

 こんな所に人? ありえない……まさか幻獣? 私は腰のホルダーから銃を抜こうと手をかけた――
「まった! 私は敵じゃないから落ち着て頂戴!」
「敵じゃないなら何なのよ!」
 ホルダーに手をかけようとしたところで、声の主は慌てて手を挙げ瓦礫の山から自分の姿を露にする。白衣を着た女性のようだが会った事がない。

「こんな所に民間人がいるわけがない――何者よ!」
「簡単に言うなら……貴方と似た存在ってとこかしら。敵じゃないから警戒を解いてくれない?」
 ホルダーに手をかけたままの問う私に女性は手を挙げたままそう答える。

「私と同じ存在なら銃なんて無意味よね……要件を伺おうかしら?」
「助かるわ。私は、あの人と言うか、あの御方と言った方が良いのかしら? まあ、貴方を蘇生して使徒化した人とは、力は劣るけど同種の存在よ。この国に古くから協力を続けているわ」
 私がホルダーから手を放し警戒を解き問うと、彼女も両手を降ろし仰々しく自己紹介する。この国に古くから協力している存在……つまり彼女は精霊の一人と言いたいのかしら?

「その存在が敗軍の兵に何の御用なのかしら?」
「敗軍……ね。確かに貴方の言いたいことはわかる。けど、まだ終わってはいないわ。彼は生きているもの」
「私達のことを何も知らない貴方が何を期待しているか知らないけど、彼はもう立ち上がれない。私達も彼が居なければ戦うことはできない。今日ここで人類の希望は潰えたのよ!」
 彼女の無遠慮な希望に私は思わずそう言い放つ。私は彼女に苛立っているのだろうか? それとも自分にだろうか?

「私達も今日この結果を見るまで貴方達と一緒だったわ……私達はもっと早くに手を貸すべきだった……癪だけど、あいつの、若本の言う通りだったわ」
「この状態で手を貸すことを決めるって、貴方達何を見ているの?」
 彼女の言葉に私は訳が分からず問い返す。今更手を貸してももう手遅れよ。それよりも、若本って情報部で噂されている彼のことかしら?

「言いたいことはわかるわ。私達もついさっきまでそうだったから、でも今は違う。貴方の力でもあるけど、彼は自分の力で死の運命、いや事象を上書きして自分の死を回避した。これは人類を超える可能性がある人間にしか恐らく出来ない。前例からすれば間違いなく、彼は今回の世界的災害の終端点。解決できる存在よ」
「ごめんなさい。貴方が言っていることがまるで理解できないわ。だけど、仮に彼が救世主のような存在だったとしてそれが何よ? 見殺しにした貴方が勝手に期待して良い問題じゃないわよ!」
 彼女の言い草に私はますます苛立ち語気を強め反論する。彼が救世主ならどうしてもっと早くに手を貸さなかったのよ! 彼を絶望のどん底に叩き落して何がしたいのよ! ふざけんじゃないわよ!

「彼が今無理なのも、貴方の怒りも、私達が身勝手なのも全部理解しているわ。だから、準備するのよ。これから先の未来に備えて」
「……未来に備える?」
「そう。可能性は潰えていない。いつか彼が再起する日が来るかもしれない。その時のために今から準備するのよ。それに協力してくれないかしら?」

「――無駄になるかもしれないわよ?」
 彼女の申し出に私は真意を量るように問う。彼が再起する前にこの国が亡ぶ可能性すらあるのに、本当にやるつもりなのかしら?
「それでもやるわ。彼が未来を切り開いてきたように私達も彼と世界の未来ためにもう一度奮起するのよ」
「……わかった。どうせ行く当てもないし貴方達の傍で見定めさせてもらうわ」

「おっけー。それじゃあ、迎えを呼ぶわ」
 私が皮肉ぎみに同意すると彼女は意を介さず頷き、何もない空間に通信端末を作り出し手に取った。えっ?
「えっ? ああ、このくらいの芸当は朝飯前よ」

「……」
「――もしもし若本……うん。交渉は成立よ。迎えを寄こして頂戴。えっ? 疲れるから嫌に決まってるじゃん。それじゃよろしく!」
 私もあんなこと出来るのかしら? そんな事を考え絶句していると彼女は早々に交渉を終えた。

「えっ、ええ。よろしく」
「それじゃ海岸までちょっとお散歩しましょうか。道すがら色々教えてあげるわよ」
 私が気後れ気味に頷くと、彼女はそう言って通信端末をポケットにしまい海岸へ向かって歩き始める。私も残骸の山を下り彼女の下へ駆け寄より後に続いた。

 こうして私達の戦いは終わりを迎えた。これから先の事はわからないが、時間が彼の傷を少しでも和らげてくれる……そんな淡い希望を胸に秘めて、逝ってしまった皆の分までもう少し頑張ってみよう。それが生かされた私の役割なのかもしれない。

次回に続くから1章に進みます


いいなと思ったら応援しよう!

伊佐田和仁
よろしければサポートお願いします。頂いた費用は創作活動などに使わせて頂きます。

この記事が参加している募集