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幻獣戦争 1章 1-1 再起する夕暮れ①
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序章 1章 1-1再起する夕暮れ①
……どうしたものか。
フルベントシェイプに詰めた煙草に火をつけながら私は思案する。この地位になってからというもの、すっかり愛煙家になってしまった。それもこれも妻が昇進祝いにこのフルベントシェイプを贈ってくれたせいで、妻曰く貴方の地位くらいになるとパイプタバコが似合うわ。
だとか……職業柄煙草はあまり好ましくはないのだが。シェイプに詰まった煙草に火が灯り、軽く何度か吸い火が安定している事を確認して、私は空いた手でシェイプを口から一旦手放し大きく煙を吐く。
「しかしどうしたものか……」
そう呟き、私はシェイプを咥えなおして椅子に体を預ける。重量が加わった椅子はぎぃっと音を慣らし背もたれが沈みこむ。
執務用デスクを覆うように備え付けられている部屋外周部の強化ガラスは、要塞外の景色を映し、眼下に広がる街並みはいつもと変わらない平凡そのもの。幻獣の襲撃を受けたとは思えない光景だ。いつもなら昼間は日差しが強いためブラインドを降ろしているのだが、今日は少しばかり景色を楽しみたい気分だ。
私はここから眺める景色が好きで、この光景が瓦礫の山に変わるのはあってはならないと思っている。しかし、現実はいつそうなるか分からない。私は煙草を一度吸い、パイプ越しに煙を吐き出すと、椅子を反転させデスクに置かれた報告書と対峙する。先日合志近辺で発生した幻獣襲撃の作戦報告書だ。午前中知事に呼び出されたのもこの件の事で、被害地域の復旧を優先して欲しいと嘆願された。復旧前にやるべき事があるのだが、嘆願された以上復旧を優先せざるを得ない。彼が居なくなってから、私も随分と丸くなったものだ。
改めてシェイプを咥えなおしデスクの報告書を手に取り確認する。幻獣と戦闘しているにも拘らず、人的被害が殆どない。これには流石と言うか彼の愛弟子だっただけの事はある。こちらの被害はほぼ物的損害と弾薬の消費のみで本当に優秀のように見える。そう、上辺だけなら。実際は目を覆いたくなるほど酷い。私は煙草の煙を吐き出しながら報告書をめくり、頭を抱える。今日何度目だろうか? この報告書に目を通すのは……この損害をみるだけで私はいつも夢ではないかと自問する。街は荒地を通り越して更地へと変わり果て、要塞の弾薬庫はすっからかん。彼も弾薬の消費は多かったが、彼女はそれ以上でこのままではいつか供給が追い付かなくなる日が来る。消費量からしてまた生産工場に増産を連絡せねばなるまい。
「やはり、後任を探すべきか……」
人的被害と物的損害を天秤にかけるが、いつも同じ答えにしかならない。命は兵站より重い、重いが……私は読み終えた報告書をデスクに放り投げ、空いた片手でシェイプを口から離し大きくため息を吐いた。実はもう一つ気になっている情報が報告書には記載されている。
「まさかこんな日が来るとは……分からないものだ」
そうボヤくとタイミングよく執務室正面右側にある入口ドアが開く。
「失礼します」
声と共に見知った壮年の男性が入室して来た。壮年の男性は、執務用デスク正面に備えてある応接用ソファとテーブルの脇を通り私の前に立つ。
「若本君、彼の容体はどうかね?」
「はっ。外傷はなく、医官の話では極度の疲労状態でじきに目を覚ますだろうとの事です」
吸い終えたシェイプを片付けている私の問いに、若本と呼ばれた男性はそう報告する。私が夢じゃないかと思っているのは、彼が戦略機に乗って幻獣を撃破したという事実。そんなことあるわけが無い。彼はそんなこと出来る状態でなかった――少なくとも4年前までは。
「そうかね。彼は今どうしている?」
片づけ終えたシェイプをデスクに仕舞い私は若本君に目を向ける。脇に資料のようなものを抱えているようだが……
「今は情報部取調室に身柄を移しています……本部長。天宮陸将補の件は如何致しますか?」
若本君は私を見据え答え、続けて訊いてきた。そうだ。例え彼だとしても、彼女は民間人に軍事兵器に乗るよう扇動している。
「……やはり、処分が必要か」
「心苦しくはありますが、処罰せねば他に示しがつきません」
唸る私に若本君は続ける。若本君も内心では処分を下して欲しくないと思っていそうなものだが、表情から見るにそうでもないようだ……何か腹案でもあるのか?
「ところで、その脇に抱えている物は何かね?」
「本部長、これは私からの提案ですが……」
興味本位で問う私に若本君は脇の書類を差し出して、さらにこう続ける。
「天宮を降格、謹慎処分とし部隊を一旦解散させ、新たな戦闘師団を編制しては如何でしょうか?」
「新生第一戦闘師団……」
「はい。その新たな師団長に……」
「――いかん! ダメだ! それだけはやってはいかん!」
若本君の言葉を聞きながら私は書類をめくり――驚きのあまり思わず若本君の言葉を遮ってしまった。師団長の欄に彼の名前が書かれてある。これは了承するわけにはいかない。
「本部長。お気持ちはわかります。ですが――」
「彼はもう十分に戦っている。それで良いではないか」
説得を試みようとする若本君の言葉を遮り私は怒鳴り気味に告げる。
「ですが本部長。我々には彼が必要です」
「そうかもしれん。だが、それでも同意するわけにはいかん。彼が望んで戻ってきたならわかりもするがそうではない」
しかし、若本君はあくまで食い下がり言葉を続ける。そう、自発的ではなく偶発的な事故によりたまたま戻ってきているのだ。
次回に続く
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