「もう誰も信じられない!」「どんな言葉も信じられない!」と病まないための技術
「あんないい人がこんなひどいことするなんて、もう誰も信じられない😭」、こんな思いを抱く人が少なからずいるように思われます。他者を信じては裏切られ、信じては裏切られということが繰り返されると、他人を信用できなくなってしまう。このように他者に裏切られ続けた人々は、人間嫌い(ミサントローポス)になってしまっているのです。
それでは、この人間嫌いの原因とは何なのでしょうか。
このことについて、古代ギリシアの哲学者プラトンの著作である『パイドン』で描かれるソクラテスおじさんに教えてもらいましょう😁
ソクラテスおじさんによれば、人間嫌いは技術(テクネー)を持たずに他人を盲目的に信用してしまったことに由来します。すなわち、人を信用できないのは、社交術が身についていないことや相手の心の推察ができないこと、哲学的に言えば人間とは何かの理解を欠いているせいなのです 。もし何らかの技術を持っていれば、極端に善良な人も極悪な人もごく少数しか存在せず、大多数は中間であると考えられるはずなのです。
例えば、ある一人の恋人に裏切られた人が「あんな男(女)サイテー」という思いから、「男(女)はゴミ」とするのは明らかに飛躍ですよね😤
この人間嫌いと同じような仕方で、言論嫌い(ミソロゴス)になっている人がいます。すなわち、人が言論についての技術なしにある言論を真実だと信じ、そのすぐ後にそれの言論がウソだと思われたので別な言論を信じるがまた信じられず、ということを繰り返すことによって、言論嫌いになるのです。
そのような言論嫌いの人は、自分の技術のなさを責めずに責任を言論に転嫁して、いかなる立場もとることがありません。この言論嫌いは憐れむべきだ、とソクラテスおじさんは述べます。なぜなら、言論嫌いになってしまうと、もし真実で確かな言論が本当にあり理解可能でも、その言論を嫌悪してしまうからです。
例えば、SNSやYouTubeのコメント欄でよく「論争」が行われているのをみると言葉の汚さを感じてしまいます。けれども、それは言葉の一側面に過ぎません。「言葉嫌い」にならないようにしたいですね🙂
人間嫌いや言論嫌いには、誰もが陥る可能性があります。情報が氾濫し、コミュニケーションのスピードが日々早まっていく現代においては、特に気を付けなければなりません。人間嫌いにならないために人を見る眼を養うこと、そして言論嫌いにならないために言葉を吟味する力を身に着けることが必要なのです。
つまり、「精神の筋トレ」をしようということです😆
以上、ソクラテスおじさんが教える、人間嫌い・言論嫌いにならないための方法でした~。
思考の材料
参考文献
プラトン『パイドン——魂について』納富信留訳、光文社、2019年
納富信留『プラトンとの哲学 対話篇をよむ』、岩波書店、2015年
その他
SNS
友人との会話
イラスト
SatsuKiさん
(2020年7月15日に加筆修正しました。)