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古いiMacが井筒先生の肉声を聴かせてくれない

 最近読み始めたのが、井筒俊彦全集 第九巻 コスモスとアンチコスモス である。冒頭の「事事無礙・理理無礙」にはじまって、とにかく「実体」を解除すること、「実体として」知覚せざるを得ない癖を知覚主体自らが解きほぐす道について、超高密度に言葉が凝縮されている。「実体から関係へ」あるいは「存在から生成へ」。そういうことをここまで単刀直入、明晰に言葉にしてみせる運びは偉大である。

 ちなみにこの全集第九巻は「CDつき」である。井筒先生の公演の肉声が収められているとのことで、非常に楽しみにしていた。

 入手した当日、さっそく聞いてみよう、というところで気付いた。

CDを再生する機材がない??

 迂闊であった。インターネット全盛の今日、音楽でもなんでもすっかりダウンロード、特にAmazon Echoで賄っていたことが意識の前景から消え去っていた。

 とはいえ本ばかり読んでいるが実は工業高専の電気工学科出身なのでCD-ROMドライブさえあれば、適当にハードとソフトをつなぎ合わせて音声データを取り出せる自信がある。

 なにか使える機材はないか。ふと見渡すと、しばらく使っていない古いiMacがあるではないか。このCD-ROMドライブを使おう。というか、iMacならそのままiTunesでCDを再生できるだろう。

ソフトウエア的存在の可能態はハードウエアに宿る

 久しぶりに件のiMacの電源を投入し、井筒先生の肉声CDを投入してみる。

 と、ここまではよかった。

 いや、良くなかった。OSが起動し終わる前に、先走ってディスクをドライブに放り込んでしまったのである。

 と、次の瞬間、あろうことか驚くべきことに、iMacは途中で起動をやめてしまったのである。

 古いiMacは井筒先生のCDを飲み込んだまま、エラー画面のまま止まってしまった。肉声を拝聴するどころではない。

 エラーメッセージによれば、キーボードとマウスの接続に問題が生じているらしい。とりあえず再起動してみるが結果は同じ。
 キーボードとマウスを交換すればおそらく治るはずである。ただ新しく買うのも勿体無い、仕事先から一時的に借りてこようなどと考えているうちに、数日が経ってしまった。

 井筒先生の肉声CDは一度も再生されないまま、まだ古いiMacの中である

複製技術時代のハードウエアエラー

 とはいえ、せっかくなので、しばらくこのままでも良いかなと思っている

 CDを飲み込んだまま、止まってしまったマシン。それが情報という存在の可能態を、ひとつの存在者として現象させるメディア技術=複製技術の生産力というか創造力を可視化してくれた。

 ちょうど井筒先生がこの本で論じているのは、実体として錯視されがちな存在が、実は一瞬一瞬、新しく創造される、という話である。

 特に複製技術は、原初のオリジナルなるものを実体化する。あるいは複製技術があればこそ、原初のオリジナルということがはじめて考えられるようになる。それは批判不可能な、拒絶不可能な、圧倒的な存在感で迫ってくる。文字が発明されて以降、人類史に何が起こったか。

 読むこと聞くことは実は、CD-ROMを再生することではないし、原初のオリジナルを忠実にコピーすることではない
 読むこと聞くことこそ、つどの創造、意味の新たな生成なのである。意味は所与ではないし、完成品として到来しない。いまここでつど新しく現れる。

 この録音が、コピーが、新しいキーボードとマウスで起動するようになったiMacで再生されたとして、果たしてそこで「なにが再生される」のか??

 デジタルデータは、繰り返し再生されるコピーの同一性を「より同一」に反復できるようにする。それが例え唯一原初のオリジナルにより似ているとしても。再生はいくら原初のオリジナルの方へと意識を放り投げてしまおうとも、あくまでもその時その場での新しい生産でしかなく、それは聞く耳において行われる。

 最初から最後まで生産的であらざるを得ないはずの耳が、原初のオリジナルを忠実に再生していると信じることで、生産的であることを拒絶しようとする。

 そんなとき、沈黙する音声再生装置が、その沈黙、無音、無言こそが、耳を、その正体である「未聞を聞かざるを得ない」ところへ押し止め、そこで宙吊りのまま明晰であり続けることを強いるのである。

 沈黙する音声再生装置。何も再生しない再生装置。自ら止まることで複製を中断する複製技術。それは表層意識を切り裂き、深層への往還の入り口を開くのである。

 さすがスティーブ・ジョブズ氏。大変なデバイスをデザインされたものである。

おわり

 

  


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