見出し画像

『プロジェクト・ヘイル・メアリー 』アンディ・ウィアー (著),小野田和子 (訳) サイエンスフィクションというより、サイエンステクノロジー+エンジニアリング・フィクション小説である。エンジニアリングをどう小説に盛り込むか。そこに驚愕のアイデア。エンジニアリングとは、諦めず、とにかくなんとかして実現する創意工夫のことなのである。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー 』 2021/12/16
アンディ・ウィアー (著), 鷲尾直広 (イラスト), 小野田和子 (翻訳)

謎がだんだん明らかになっていく話だから、ネタバレ禁止で、Amazon内容紹介も全部は紹介しないでおこう。一部引用。

Amazon内容紹介からネタバレ要素を極力排除・加筆修正。

「主人公は、真っ白い奇妙な部屋で、たった一人で目を覚ました。ロボットアームに看護されながらずいぶん長く寝ていたようで、自分の名前も思い出せなかったが」
「『火星の人』で火星の、『アルテミス』で月での絶望的状況でのサバイバルをリアルに描いた著者が、人類滅亡の危機に立ち向かう男を描いた極限のエンターテインメント。」

Amazon内容紹介

ここから僕の感想。

 あの、マット・ディモン主演の『オデッセイ』の原作が『火星の人』。その作者の新作。
 この『プロジェクト・ヘイル・メアリー』も、ライアン・ゴズリング主演で映画化進行中。

 ネタバレしないように、話はものすごく脱線する。最後にはこの小説の話に戻るので安心してほしいのだが。

 僕は20代の頃、電通総研からの仕事で、東洋エンジニアリングという会社の企業コミュニケーションの仕事をしたことがある。1990年代前半のこと、今から30年くらい前のことである。その仕事であの糸川英夫博士にインタビューする、という面白い体験もした。東洋エンジニアリングのすごく偉い役員の方と高級料亭で会食、みたいなこともした。20代の若造だったので、すごく緊張した。

 東洋エンジニアリングと日揮の二社が、日本のエンジニアリング企業の双璧なのは当時も今も変わらないと思うのだが、
 もう一社の日揮の方の企業広告でのタグラインとサウンドロゴが一体になった「♪サイエンス・テクノロー・エンジニアリング・ニッキ♪」というのが、一時期使用されていた。

 この、サイエンスとテクノロジーとエンジニアリングが、それぞれ連続しつつも明確に異なる概念だ、ということを、ド文系だった僕は、東洋エンジニアリングの仕事で初めて学んだのである。サイエンスは科学、テクノロジーは技術、エンジニアリングは工学、である。

 サイエンスはこの世界、宇宙、物質、生物などの成り立ちを研究し、知る営みである。
 テクノロジーはサイエンスを実現するためのモノや方法のことである。
 ではエンジニアリングと言うのは何かというと、原義的に「なんとかしてうまくやる」ということなのである。サイエンスをテクノロジーとして具体化するための、方法、プロセス自体を考え構築することが「エンジニアリング」である。エンジニアリング企業の代表的なしごとが、石油・化学コンビナート・プラントなどの工場生産設備全体の設計施工である、ということから、なんとなくわかるのではないかなあ、と思う。

 科学的知識・サイエンスを、テクノロジーとして具現化する、そのための設備装置や生産方法全体を構想し実現する。「なんとかしてやりとげる」のがエンジニアリングである。最先端科学知識やテクノロジーだけではなく、様々な制約の中で、新しいのも古典的な素材や手法も、とにかく使える最適な素材や方法を組み合わせて実現する、それがエンジニアリングなのである。

 小説『火星の人』、その映画化『オデッセイ』を読んだり見たりした人なら分かると思うが、極限の状況、火星にひとりぼっちで取り残された主人公が、自分の科学知識と、火星の手元に残された機械や素材やなんやかやを総動員して、なんとかして生き残るために工夫しまくる、というのがあの小説、映画の面白い所である。

 科学知識と完成した最新テクノロジーだけでは、人間は危機を乗り越えられないのであり、そのためには「とにかくなんとしても実現する、うまくやる」エンジニアリングの力が絶対的に必要なのである。

 というわけでこの作者の小説、サイエンス・フィクションというのはちょっと不完全で、「サイエンス・テクノロジー・エンジニアリング・フィクション」なのである。科学技術だけでなく、「エンジニアリング」部分でのアイデアと具体性と細かな描写に、ものすごく力点があるのである。

 もちろん、サイエンスレベルでの奇抜で大胆なアイデアが全体設定、危機の創造にはあるのだが、それに立ち向かう主人公には「サイエンス・テクノロジー・エンジニアリング」全体能力が必要なのである。

 「サイエンス・テクノロジー+エンジニアリング」ということを、どういう形で小説に持ち込むかについて、『火星の人』よりさらに大胆なアイデアをたくさん盛り込んで、最後、素晴らしいカタルシスにまでもっていく、その手腕、素晴らしい。

 SFで泣くか、泣いたこと無いぞ、と思うのだが、最後、ちょっとほんとに泣いてしまいました。エンジニアリングとは、創意工夫と諦めない心なのである。そういう小説でした。ふだん僕が薦める本や小説はむずかしくて重くて分かりにくいからちょっと、と思っている方にもおすすめ。なんといってもハリウッド・超大作娯楽SF映画の原作ですから。圧倒的面白さのエンターテイメントですよ。

 


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集