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『恐るべき緑』ベンハミン・ラバトゥッツ著 松本健二訳。20世紀科学数学の有名無名の天才たち、奇想天外人生・発見の劇的瞬間・何を追究したのかまで、詩的散文で門外漢にも分かった気分で面白く読ませてくれる快作。

『恐るべき緑』
ベンハミン・ ラバトゥッツ 著
松本健二 訳

Amazon内容紹介

人間と自然界の「過剰さ」への傾向に関する考察
世界33か国で刊行、オランダ生まれのチリの新鋭による、科学史に着想を得た斬新なフィクション。
「プルシアン・ブルー」 第二次世界大戦末期、ナチの高官らが所持した青酸カリと、西欧近代における青色顔料をめぐる歴史、第一次世界大戦の塹壕戦で用いられた毒ガス兵器の開発者フリッツ・ハーバーの物語。
「シュヴァルツシルトの特異点」 科学史上初めてブラックホールの存在を示唆した天文学者シュヴァルツシルトの知られざる人生。
「核心中の核心」 不世出の数学者グロタンディークの数奇な生涯と、日本人数学者、望月新一の人生の交錯を空想する。
「私たちが世界を理解しなくなったとき」 黎明期の量子力学の発展に寄与した三人の理論物理学者、ハイゼンベルク、ド・ブロイ、シュレーディンガーと、それぞれに訪れた発見/啓示の瞬間。
「エピローグ 夜の庭師」 作者と思しきチリ人の語り手が、散歩の途中に出会った元数学者の庭師との会話や思索を綴る。

科学のなかに詩を見出し、宇宙の背後にある論理や数式が、天才たちの前におのずと姿を現わすかのような比喩が随所に光る。既存のジャンルを軽々と飛び越える国際的な話題作。

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ここから僕の感想

 科学者の評伝のようだが、著者が巻末謝辞で書いた通り「事実に基づくフィクション」であり、かつまた、著者は元々、詩人としてスタートした(ド文系の人)らしいので、表現は印象的な断章、時間的な飛躍で構成されている。

 そして本書最大の美点は、難解な数学や物理学の、登場人物たちが取り組んでいる難問とそれにまつわる思考について、数学物理学の門外漢にもイメージさせる巧みで美しい比喩、表現で叙述してくれる点。

 例えばシュレーデインガーとハイゼンベルクが量子論の何をめぐって、どう対立しているのかは、僕は(ほんとは分かるわけもないのに)、理解できている気分でちゃんと読んでいけたのである。数式も何もまるで出てこないし数式を出されたところでヒトカケラも理解できないわけだが。

 それぞれの人物の数奇な運命、奇人変人っぷりもかなり誇張してあるんじゃないの、というくらい面白い。

そして、各エピソードの終わりでも、本全体の終わりでも、彼ら天才たちの仕事が、今の人類へ計り知れない影響を与え続けていることを考えさせちゃうのである。

 初めの化学者ハーバーならば、第一次大戦の毒ガス兵器を開発し、その後さらにアウシュビッツでの殺人に使われたチクロンB。そのもとの青酸カリはナチスの幹部たちヒトラー含め自殺に使われ、いったいハーバーはその発明で何百万人いや何千万人を殺したのか。そういう暗黒面の発明発見をするわけだが、その一方で空気中の窒素を固体として固定する方法を開発したことで、窒素肥料を人工的に作れるようになり、飢餓を解決し何億人の命も救っているのだな。この人、死んだあと、神様だか閻魔大王だかが。このハーバーを天国地獄どっちに行かせるか決めなきゃいけないとすると、神様閻魔様、困っただろうな。差し引きプラスなら天国、なのかな。大量殺人物質作ったから地獄なのかな。

 ブラックホールの理論的予測は、アインシュタインの手柄みたいになんとなく思っていたけれど、実はシュバルツシルトというドイツ人(でユダヤ人)の天才天文学者物理学者が、第一次大戦の塹壕の中で書いたものすごく細かい字で書いた数式と考え方のメモをアインシュタインに送って、その解読検証をアインシュタインがして世の中に出したのだな。別にアインシュタインは手柄横取りなんかはしていなくて、そのメモを送った直後に戦死したゃつたシュバルツシルトの業績として世に出したのだけど。でも門外漢の僕はこの人の名前、初めて知った。

 この本の中では、シュレディンガーとハイゼンベルクの対立(量子力学)、波動か粒子かをめぐる対立の中でも、アインシュタインはシュレディンガーの肩を持って、ハイゼンベルク、ボーア陣営に理解を示さず、最終的にあんまりかっこよくないことになるのである。

 それにしても天才たち、考え始めるともう、登場人物のほとんとが、風呂にも入らずあかまみれだっり、病に倒れてウンコまみれだったり、熱にうなされたり薬物飲んだり、自然の中を放浪して死にかけたり、もうほぼ人間を捨てたような境地のなかで、そういうすごい発見、解決が降ってくる。というあたりはフィクション比率高いのだと思うけど。そのあたりのお話は、なんか、読者の期待する「天才像」そのもので、変な言い方だ
けれど映画でもある「天才エンターテイメント」として面白いのである。「天才変人のドラマチックな瞬間」みたいなのが、うまく創作されています。

 というわけで、20世紀の天才科学者たちの詩的評伝フィクションとして、読み物としてものすごく面白かったのである。

 シュレディンガーとハイゼンベルクの対立の経緯を読むと、これまでのいろんな科学入門読み物や雑誌新聞解説なんかよりも、量子論って、何を解明しようとしている分野で、今、ひとまず、どういうことになっているみたいかについて、わかった気分になれる。だから、文学好きな人にもおすすめだけれど、「量子なんちゃら」について、なんとか分かりたいなあという人にもおすすめでありました。

この本も、読者師匠しむちょんが教えてくれたのである。師匠、ありがとうございました。


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