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『フランケンシュタイン 』(光文社古典新訳文庫) シェリー (著), 小林 章夫 (訳)を、小説『哀れなるものたち』を読むための準備体操として読んだらば、これがなかなかいろいろ奥深かった、という話。
『フランケンシュタイン』 (光文社古典新訳文庫) Kindle版
シェリー (著), 小林 章夫 (翻訳)
Amazon内容紹介
天才科学者フランケンシュタインは生命の秘密を探り当て、ついに人造人間を生み出すことに成功する。しかし誕生した生物は、その醜悪な姿のためフランケンシュタインに見捨てられる。やがて知性と感情を獲得した「怪物」は、人間の理解と愛を求めて懇願する。「おれは妻が欲しい。友も欲しい……」だが拒絶と疎外の果てに悲劇は起こる。若き女性作家が書いた最も哀切な“怪奇小説”
ここから僕の感想
読んだきっかけは。この前、映画『哀れなるものたち』の感想文を書いた。この映画の主人公、ベラ(25歳の女性)の死にかけたからだに胎児の脳を移植する天才外科医ゴッドウィン・バクスター、映画ではウィレム・デフォーが演じるのだが、顔がつぎはぎ、そう、小さいときに藤子不二雄アニメ「怪物くん」に出てきた「フランケン」そのものの外見だったのだな。おお、フランケンシュタインじゃーんと思ったのだな。
それは映画を観た時はそれだけだったのだが、noteに「うまみゃんタイムズ」さんという方が、「『哀れなるものたち』 大胆な翻案、もっと大胆な原作」という、原作小説と映画の比較を掘り下げる評論を書いておられて、
https://note.com/ttmjunk/n/n2dd2be6fb676?sub_rt=share_pw
原作を読んでいない私には、分からない部分が多かったのだか(今、小説を入手して、読もうとしている)、その中で、ええと、noteから引用しますね。
ただ、もっとも気になったのは、はじまりの舞台をわざわざグラスゴーから「いわくつきの」ロンドンに変えたことだ。原作の場合、自由を希求せど潰されて伝承までねじまげられていったヴィクトリアの存在は、今なおつづくスコットランド独立運動の暗喩としても受け止められる。彼女が夫の書物を忌み嫌った理由のひとつに「ヴィクトリア朝趣味の腐臭」がある。手紙で展開された『フランケンシュタイン』や『シャーロック・ホームズ』を剽窃することで妻の人生をゴシックパスティーシュに書き換えたとする酷評は、このような表現で終わっている。「わたしにとってこの本の臭いは、ロンドンの水晶宮まで週末の安い鉄道旅行をした貧しい哀れな女のペチコートの内側から発せられるような臭いを思わせるのです」。
原作小説は非常に複雑な構成になっているようで、このあたりはうまみゃんタイムズさんのnoteに飛んで読んでもらうのがいいと思うな、僕が下手くそでピント外れな解説をするよりも。興味ある方は上記リンクから飛んでください。
とにかく、あの映画でウィレム・デフォーが「フランケンシュタイン」みたいな容姿なのは、なんらか意味があることなんだろうということだけは、わかったわけだ。監督のフランケンシュタインへのオマージュなのか、原作の複雑な何かと関連するのか。
でも、僕は小説『フランケンシュタイン』自体を読んでいないので、もう皆目、見当がつかん。
というわけで、『哀れなるものたち』の原作小説を読む前に、『フランケンシュタイン』を読もう。と思ってAmazonで探したところ、なんと、なんでだか、9月にkindleでダウンロードしている。Amazonkindleアンリミテッドの読み放題対象だったので。あれれ、記憶にないけど。
というわけで、読み始めたのである。すると、意外なことがいくつも出てきた。
まず、作者のシェリーって名前じゃなくて苗字がシェリーで、名前はメアリー。、メアリー・シェリー、女性作家なんだわ。しかも、本人が書いた「まえがき」に、この小説が書かれた経緯があるのだけれど、シェリーの夫(詩人)と、あの有名な詩人バイロン卿はと1816年の夏、スイスの別荘でお隣さん同士で友達になり、雨がちな天気で暇だったので、もう一人の知人含め4人で、当時はやっていた「幽霊話」をそれぞれ書いて発表し合おう、ということになって、書いてみたら私、メアリ―さんに、何やら霊感が降りて来て面白くなって書いたらどんどん書けちゃった、みたいな文章「はじめに」である。
そしてこれに続いて、夫パーシー・ビッシュ・シェリーの書いた、翌年初版出版にあたっての序文というのがあって、これがなんか理屈っぽくて腹が立つ感じの文章である。
巻末の解説を観てびっくりしたのだが、この小説を書いたとき、メアリは19歳。夫のパーシーは既婚者で、メアリ17歳で駆け落ちして18歳で娘を出産するがすぐ死んじゃって、そして19歳で息子を出産して、スイスでバイロンのお隣りさんになって、「フランケンシュタイン」書くのだな。
夫の序文がやたら上から目線でむかつく感じなのは、すでに詩人として名を成していたかなり年上、大人の夫からすると、19歳の年下まだ小娘である愛人というか妻というかが、初めて書いたこんなもんですが、賢い男性たる私が解説をすればこんな意味があるのです、私の解説がなければ意味など分からないでしょう、みたいな感じがにじみ出ているからなんだと思う。
というこの小説の成り立ち自体が、何やら、映画『哀れなるものたち』のテーマと重なるようでなかなか興味深いのである。
そして読み初めてびっくり。怪物の名前がフランケンシュタインじゃあないのよ。怪物を作った学者というか青年の名前、苗字がフランケンシュタインなんだわね。スイスの生まれで、ドイツの大学で学んでいるときに、生命の秘密を解明してしまって、作っちゃうわけだ。怪物を。怪物がでっかいのは、パーツ一個一個をでっかくしたほうが作りやすかったからなんだな。別に巨人を作ろうとしたわけではないのもなんだか。
いやとにかく、怪物自身は、フランケンシュタインていう名前じゃあないの。さいごまでずっと怪物。名前はありません。藤子不二雄先生のせいで、小説読んでいない人は、あの怪物自体のこと「フランケンシュタイン」と思ってるよね。その上「怪物」って読んだら、そしたらアニメの方だと怪物くんは主人公だし。混乱するじゃんね。ここから「怪物」と書くのは、怪物くんじゃなくて、つぎはぎのフランケンシュタインのつくったやつのことだからね。
いやしかし、この怪物が、だんだん人間性に目覚めて、山の中に暮らす不遇だけれど文化的な一家の隣の小屋に潜んで、その家族の生活をのぞきながら、言葉をだんだん覚え、そのうち本を拾って本を読んで人間について学んでいく。そして、自分の醜さ、恐ろしい姿は自覚しつつも、なんとかそのお隣さんと友達になりたいと思う感じのところというのは、なんか日本の昔話「泣いた赤鬼」みたいで、えらくかわいそうなんだわね。しかも、拾って読む本が『若きウェルテルの悩み』と『プルタルコス英雄伝』とミルトンの『失楽園』の三冊なんだわね。怪物、すごいよ。ちゃんと読んで、人間の歴史、英雄だけでなく、高貴さと人間の残酷さ、から愛とそれが得られない悩みから神と人間と天使と堕天使の関係から、もうこの三冊で学んでしまうのである。
僕なんて『若きウェルテル』しか読んでいないので、仕方ないのでChatGPT先生に教えてもらうことにしてしまった。
僕がね、こう質問しただけなんだけど
怪物が読む三冊の本、その内容と怪物がそこから学び感じ取ったことをそれぞれまとめてください。
ChatGPT先生の答えがすごいぞー。びっくりした。以下ずっとChatGPT先生のお答えである。
『フランケンシュタイン』の怪物が読む三冊の本
ヴィクター・フランケンシュタインの怪物は、森の中で隠れ住みながら言葉や知識を学ぶ過程で三冊の本に出会います。これらの本を通じて怪物は人間の歴史や感情、社会の構造について学び、自分自身の存在について深く考えるようになります。
1. 『若きウェルテルの悩み』(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)
内容の概要:
18世紀のドイツ文学の代表作で、感受性豊かな青年ウェルテルの苦悩と悲恋を描いた小説。
ウェルテルは恋に苦しみ、最終的に絶望の末に自殺する。
ロマン主義の影響が強く、感情の重要性や個人の孤独がテーマとなっている。
怪物が学んだこと・感じたこと:
怪物はウェルテルの強い感情と孤独に共感し、自分自身も人間社会の中で受け入れられない悲しみを感じる。
愛と友情の重要性を学ぶが、自分はそれを持つことができないという絶望に陥る。
人間の感情の複雑さを理解し、自分も「感じる」存在であることを自覚する。
物語の結末を通じて、苦しみが絶望を生み、自殺へと至ることを学び、自身の運命に対する悲観的な考えが強まる。
2. 『プルタルコス英雄伝』(プルタルコス)
内容の概要:
古代ギリシャ・ローマの偉大な人物(アレクサンダー大王、カエサルなど)の伝記を集めた書物。
各人物の道徳的な性格やリーダーシップ、善悪の判断、歴史的な行動が詳しく描かれる。
偉人たちの功績とともに、人間の野心や権力争いも語られる。
怪物が学んだこと・感じたこと:
人間が築き上げた偉大な文明とその指導者たちの道徳観について学ぶ。
「善」と「悪」の概念を知り、道徳的な人間になりたいと願うようになる。
一方で、人間の歴史には戦争や権力争いがあり、人間という種族が決して善良なものではないと気づく。
自分自身が「文明」に属することができない悲しみと、理想の社会に憧れを持つようになる。
3. 『失楽園』(ジョン・ミルトン)
内容の概要:
旧約聖書をもとに、天使ルシファー(後のサタン)の堕落とアダムとイヴの楽園追放を描いた叙事詩。
ルシファーは神に反逆し、地獄へ堕とされるが、彼の誇りと孤独が描かれる。
アダムとイヴは楽園で幸せに暮らすが、知恵の実を食べたことで楽園から追放される。
怪物が学んだこと・感じたこと:
怪物は自分をルシファー(サタン)にもアダムにも重ね合わせる。
アダムに共感する部分: 自分も「創造された」存在であり、創造主(ヴィクター)から愛されることを望んでいた。
ルシファーに共感する部分: しかし、彼は創造主に拒絶され、世界から追放されたため、神に見捨てられたルシファーのような存在だと感じる。
人間の「善」と「悪」の概念をより深く考えるようになる。
「なぜ自分は生まれたのか?」という哲学的な問いを持つようになる。
最終的に、人間と神(創造主)に対する怒りを募らせ、復讐心を抱くようになる。
まとめ
書籍名内容の概要怪物が学んだこと・感じたこと『若きウェルテルの悩み』ウェルテルの恋と絶望孤独への共感、愛の大切さ、絶望『プルタルコス英雄伝』偉人たちの生涯と道徳善と悪の理解、文明への憧れ、人間社会の矛盾『失楽園』ルシファーの堕落と楽園追放自分をアダムやルシファーと重ねる、創造主への怒り
怪物は、これらの書籍を通じて人間の感情や歴史、善悪の概念を学びます。しかし、それによって「自分はどこにも属せない存在である」という認識を深め、最終的にはヴィクターに対する復讐心へとつながっていきます。
ChatGPT先生回答の引用おしまい。
おーい、すごいな。どうなっているんだ。大学生に使うなって言っても、これは使うよな。評価A+つけちゃうよな。
脱線した。
いやまあ、この小説の怪物も、ChatGPT並みにものすごい速度で知的にも成長するのだが、醜さゆえにひどい目に何度も会って、創造主たるフランケンシュタイン青年に復讐を企てるのだな。
最後の怪物君のセリフが、これがなんと、映画『ブレードランナー』(リドリー・スコットのほうね)での、あのルトガー・ハウアー演じる戦闘用レプリカントが死ぬ時に語る台詞そのまんまなんだわ。あれ、小説フランケンシュタインの怪物の最後のセリフへのオマージュだったんだ。知らんかった。
映画『哀れなるものたち』を観たところから始まって、小説『哀れなるものたち』を読むための準備体操に、この『フランケンシュタイン』を読んだらば、まあ、『哀れなるものたち』のテーマと、小説の中身だけじゃあなく、小説が書かれたときの作者と夫との関係もなんだか映画のテーマと関係あるし、小説自体は映画『ブレードランナー』とも深く関係しているし、映画と小説、あっちこっちに複雑に連鎖反応をし、分からないことを教えてくれるChatGPTさえも、まるでフランケンシュタイン青年の生み出した怪物のようであった。
人間がなんらか知性を作り出してしまうことのもたらす悲劇、それは人間にとっても創り出される人工生物・人工知能にとっても、という極めて現代的なテーマ。
もうひとつは、女性が社会的に歴史的に男性から「下の存在」と扱われていたことに対して、そのことに対して異議を唱えるというより、女性の知性や思索が加速度的に成長というか深まっていく、そのことを男女双方からどうとらえるか、というこれまた極めて現代的なテーマ。
そのふたつのことを小説自体と小説が書かれた状況として包含している。
ということは理解したぞ。というわけで、準備体操を終えたので、小説『哀れなるものたち』に進もうと思います。
フランケンシュタイン (光文社古典新訳文庫) Kindle版
シェリー (著), 小林 章夫 (翻訳)