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くるくる

前輪駆動(前の車輪を回して動く)の車って楽

後ろの車輪は基本的に前にくっついてくるだけなので、雪道とか少し滑ったぐらいじゃなんてことないし、アクセルの踏み具合で車の向きを変えるのがやりやすい。一面のすすきの原をぬける細い一本道が行き止まりだったときにも、くるっとその場で反転できた。右手でハンドル、左手でサイドブレーキ、左足でクラッチ、右足でブレーキとアクセル。それぞれを適切なタイミングで操作すれば、昔の車は簡単にくるっと半回転する。

そのときの感覚は、多分、アーチェリーで矢を放つときの感覚と似ている。「物」に自分の意識が乗り移って拡張された状態。うまく乗り移ることのできた矢は的に命中するし、車は意志どおりに回転する。足が生えていなくても。まあ、体育の授業でしかやったことないんだけど。アーチェリー。


3月になって始まった全身の痛みについていろいろ調べてみると、原因としては2つ考えられるようだ。

1つは身体に器質的な問題がある場合。もう1つは、脳の信号処理のエラー。特に、脳の信号処理は電気だけではなくて物質移動でもやってるでしょう?

その辺が怪しい。

とはいえ、器質的に問題があると嫌なので、まずは、脳のスキャン(脳神経外科)と血液検査(リウマチ・膠原病内科)をした。どちらも異常なしでOK。ちなみに、血液検査の医者は、初診はいろいろと丁寧に細かく診てくれたのだが(触診で痛いところを特定する作業は結構大変そう)、検査結果を聞きに行った2回目の診察では結果の説明こそ詳細だったけど、もう私にはすっかり興味をなくしたみたいだった。痛みがあること自体には興味がないのか…。私にはそこが重要なのだが。(症状ではなく)「病気」についての検体とか実験動物みたいな扱いですよねえ、それ。そのあたりを指摘しても良かったが、不毛そうなのでやめた。

さて、となると信号処理のエラーくさい。


以下は、ザリガニの後で読んでる本。2つめの本は名著だと思う。とても参考になる。涙なしには読めないが。


これらの本によれば、どうやら、子どものときの酷い経験が脳の信号処理のエラー(異常パターン)の原因となって身体の痛みを発生させることは普通にみられるらしい(異常パターンの発生はfMRIにより確認できる)。器質的に問題ないのであれば、これが怪しい。そして、まだ、2つめの本の途中だが、身体との一体化を試みることで痛みをはじめとするいろいろな問題を緩和できるようだ。もしかして、車を意志どおりに運転したときに、体も心も精神もとても軽くなったように感じていたのはそういうことか?(性能的に意志どおりに運転できない某メーカーの車では一向にそう感じられなかったのも)

一体化のためには、別に車の運転だけではなく、ダンス、ヨガ、楽器演奏などのいろいろ手段があるらしい(おそらくは個々人によって向き不向きはある)。

このあたりをやっていく所存であるよ、今年は。

しかし、例えば、身体の一部を機械(生体材料製を含む)に置き換えたとしても、もともと身体から精神が離れてふわふわしている分、すごくうまく操作できる気がするな、私は。機械への置き換えが一番の回復になるのではないかともちょっと思っている。