国語学・民族学・文学[占領下の抵抗(注xxxvii)]
国語は多義的な言葉である。とはいえ志賀直哉がフランス語にすると言った時の国語が日本の共通語もしくは公用語としての国語である事は疑い得ないだろう。ここでフランス語に置き換えられる事を求められている日本の国語は、言文一致と標準化が進み、ある程度の成功を収めた結果として出来たものである。
時枝誠記は「国語学史」の中で国語を
と敷衍させている。
このような考えを広げていくと、日琉同祖論や日鮮同祖論に見られるようにどんどんとその領域を拡大していきそうでもあるが
時枝は
としている。
これは京城帝国大学で教鞭をとった時枝の実感から来るのかもしれない。
共通語としての国語は、こうした異なった言語を母語に持つ人々に対しても公用語とされたことを忘れてはならないだろう。
朝鮮語については、志賀直哉も「国語問題」で
と簡単にではあるが触れている。
これは拙論中でも述べ、注viiでも朝鮮や台湾についての、志賀のアイロニックな態度として極々簡単にではあるが触れた。
時枝から国語学の埒外とされたアイヌ語は、日本の民俗学・文学に絡みついている。
日本の民俗学の嚆矢、柳田國男の「遠野物語」[1910年(明治43年)]では
とアイヌ語を語源とする地名が沢山出てくるし
文中に
とあった後
との記載もある。
また北海道を舞台とした有島武郎の「カインの末裔」[1917年(大正6年)]では冒頭部で
とアイヌ語の山名が出てくる。
私はこれらを最初に読んだ時、どきりとした。
それらはアイヌについて直截に語られたものではないが、少なくとも過去に、そこでアイヌの人々が暮らしていたことを明確に現している。それではこれらが書かれた当時はどうだったのか?
それは語られぬだけに、語られた物語・小説に纏わりついているように、私には思われる。
そのように思ってから読見直すと、言文一致小説の嚆矢の一つ、国木田独歩の北海道を描いた「空知川の岸辺」[1902年(明治35年)]にアイヌを思わせるものが何も出てこないのは、何か異様な感じがして来る。
空知太というアイヌ語が語源と思われる地名も、流暢な言葉の中に埋もれて、何も感じさせない。
と平然と語る国木田の小説には、有島武郎や柳田國男が記した残酷な物語・小説とは別種の残酷さが底に横たわっているように思われる。
なお日本語を母語としない人々に対する日本の言語政策については『言語帝国主義とは何か』所収の「日本の言語帝国主義」【アイヌ、琉球から台湾まで】小熊英二と「帝国日本の言語編制」【植民地期朝鮮・「満州」・「大東亜共栄圏」】安田敏朗が包括的でかつ分かりやすい。
引用文献: ①『国語学史』 〔電子書籍版〕 2021年7月21日発行
著者:時枝誠記
発行所:株式会社 岩波書店
定本: 「国語学史」2017年10月17日 第一刷発行 岩波文庫
昭和15年(1940年)12月発行『国語学史』岩波書店、が底本の元本と思われる。
②志賀直哉, 志賀直哉全集 第七巻「国語問題」岩波書店, 1999.6.7.
[「国語問題」初出: 1946.4.1.「改造」第27巻第4号]「志賀直哉随筆集」高橋英夫編 [39](岩波書店)(1995.10.16.第1刷発行、2021.1.15.第9刷発行)にも所収
③「遠野物語」柳田國男
青空文庫 2012年12月16日作成
2022年3月9日修正
底本:「遠野物語・山の人生」岩波文庫、岩波書店 1976(昭和51)年4月16日第1刷発行 2007(平成19)年10月4日第47刷改版発行 2010(平成22)年3月5日第50刷発行
初出:「遠野物語」柳田國男
1910(明治43)年6月14日発行
④「カインの末裔」有島武郎
青空文庫
2000年3月4日公開
2005年9月24日修正作成
底本:「カインの末裔 クララの出家」岩波文庫、岩波書店
1940(昭和15)年9月10日第1刷発行 1980(昭和55)年5月16日第25刷改版発行 1990(平成2)年4月15日第35刷発行
底本の親本:「有島武郎著作集 第三輯」新潮社 1918(大正7)年2月刊
初出:「新小説」 1917(大正6)年7月号
⑤「空知川の岸辺」国木田独歩
(明治三十五年十一月─十二月)
青空文庫
2000年6月27日公開2006年3月18日修正
底本:「現代日本文學大系 11
國木田獨歩・田山花袋集」筑摩書房
1970(昭和45)年3月15日初版第1刷発行 1973(昭和48)年9月1日初版第4刷発行
参考文献: 『言語帝国主義とは何か』
2000年9月30日 初版第1刷発行
2006年11月30日 初版第4刷発行
編者: 三浦信孝 粕谷啓介
発行所: 株式会社 藤原書店
この記事は↓の論考に付した注です。本文中の(xxxvii)より、ここへ繋がるようになっています。
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