解放されたくて向かった無人島から、帰る時に感じるこの解放感。予定とも予想とも解放ともかけ離れていた1泊4日だった。
早めの夏休みをとり、家族で無人島へ。
夏休み前の平日ということもあり、予約は私たちのみ。夢の無人島貸切だ。
行きか帰りかに岡山にいる友人を訪ねよう。
広島でお好み焼きを食べ、島根で出雲大社に参拝し、福岡でラーメンを食べよう。
そんなざっくりとした計画を立て、車に思いつく限りの荷物と浮かれグッズを詰め込み、無人島がある長崎へ向かう。
島に到着して最初に渡されたのは「冒険の書」。そこには、島の地図、島に住む危険生物、そして「自分の身は自分で守れ」といった内容が書かれていた。
これまでにテントを設置したことはない。
自分で火を起こしたこともない。
虫はアリでさえも苦手だ。
貸切という言葉に浮かれたものの、どうやら当初予定していた
「思考を停止してゆっくり海を堪能」
なんてことはできそうにないと早々に察する。
「プランBに変更しよう」
夫が口を開く。
プランAさえないのだから、もちろんBなんてものは存在しない。
夫もなかなかに浮かれていることを確信したところで、島に送ってくれたお兄さんから注意事項を聞く。
日が出ているうちに太さの違う枯木を集めてメタルマッチで火をつければいいんだな。
そんで、ドラム缶で風呂も沸かすんだな。
そんで、料理もするんだな。
そんで、テントも設置するんだな。
自信はないが諸々了解した。
まずは枯木を集める。
長距離移動で疲れている我々だ。枯木を集めるのにも相当な時間を要すだろう。
そう覚悟していたが、各々がスタートダッシュを決め、難なく集まった枯木たち。出だしは好調だ。
しかし次はこうもいかないだろう。
火起こしはなかなかの難関と聞いている。
火なんてものは素人に起こせるものではないだろうと半ば諦め、持ってきた1房のバナナで家族四人食い繋ぐことも覚悟していたが、メタルマッチという優れものによって着火も難なく完了した。
すごいぞ自分。
順調だ。
けどなんか違う…!
もっとこう、
連日の雨で枯木がない!とか、
火がつかない!とかあってくれてもかまわない。
調子に乗ってそんなことを思ったからか、大雨が降ってきて火が消えた。
これですよ、これこれ。
気を取り直してもう一度火を起こす。大雨で湿ってしまった木だ。きっと2度目の火起こしは難しいだろう。
着火した。
まぁ、よかった。
次はドラム缶風呂に火をかける。もう日が暮れかけている。太い薪に火をつけるのは至難の業だ。
と、そこに、夫がおもむろに取り出した一筋の光。
ガスバーナーだ。
無事風呂にも入れた。
そうこうしていると、ずっとグズついていた空に光が射してきた。夕飯なんか作っている場合ではない。お兄さんの注意事項が頭にチラつくが、今は遊ばなくては。
遊びすぎた。
ご飯を待たずに日が暮れてしまった。
あんなに日が出ているうちに夕飯を作るよう言われていたのに…!
日が暮れてからのBBQは、懐中電灯やランタンで照らしても焼けているのか焼けていないのかわからない状態だったが、これが闇鍋ならぬ闇焼肉か、などと思いながら翌日腹痛を起こさないことを祈りながら食した。
続くは花火。遊ぶことに余念がない。
からの大雨と強風。
テントに穴が空きそうなほどの大雨と強風により、ペグは全てふっとんだ。
ペグの上に急遽乗せた石の重りも、ゴロンゴロンに転がっていく始末。
あー、寝て起きたら海の上かも。
今夜は怖くて眠れないな。
そう思ったあたりからの記憶がないので5秒後くらいには熟睡していたのだろう。
起きたらちゃんと陸の上だった。
よかった。
夜中頭が痛くて一度起きたが、塩を舐めたら治った。熱中症予防の塩飴は伊達じゃないし、塩を舐めて治すなんて、自分もやわじゃないじゃん、と思った。
朝。
キャンプの朝は早いよ、と聞いていたが、いつも通りの時間に目を覚ます。
優雅に珈琲でも飲みたかったけど、せっかくの晴れ間にそんなことをしている暇はない。
(正確には挑戦したのだが、ヒョロヒョロの火で水はなかなか温まらないし、珈琲粉の入ったフィルターはカップの中にひっくり返すし、それでも中途半端に温まった湯でつくったぬるい珈琲の上澄をすすってみたりして、口の中を珈琲粉でジャリジャリにするくらいには時間をかけた)
とりあえず、朝食後の面倒な片付けと不味い珈琲を全て放り出して海に向かう。
夜中にかいた汗でベッタベタの体も、海に入ったらスッキリするだろうと思いきや、海水と砂でさらにザラベタに。
そらそうか。
一通りはしゃいだら、島の散策へ。
秘密基地のようなツリーハウスに歓声をあげたり、木々の間から射す光や、それにこたえるようにキラキラ揺れる葉先の雫に息を呑んだり、タランチュラみたいな蜘蛛や、素早く動くまん丸の蟹、デカいムカデを発見しては逃げたり。
子どもと一緒に冒険の本に飛び込んだような気持ちになった。昔読んだ本の中のあの男の子もきっと「怖い」だけじゃなかったんだろう。
散策後はイカダに挑戦だ。
体力の限界はとっくに超えている。
風速5メートル。一向に進まない。
なんで挑戦したんだっけ、と思うほどキツイ。
一向に進まないイカダの上で
「〇〇がちゃんと漕いでいないからだよ」
「口じゃなく手を動かせ」
などのケンカ勃発。
ケンカの最中息子がオールを落とし、流されるオールを取り戻すために一時休戦。
団結力を発揮してオールを追う。
漕いでもいない息子の「もっと右!」などの指示と「直ちゃんが泳いで取りに行ってみる?」という夫の提案が鼻についたが、なんとかオールをゲットする。
漕ぐ元気はないのにケンカする元気はあるんだなと思ったら笑えてきた。
なんだかんだ無人島の洗礼を浴びながら、足の指の感覚がなくなるほどに堪能している。
堪能すればするほどに、帰る時間はすぐにやってくる。
本土から迎えの船が来た時は、ホッとしたような寂しいような気持ちになった。
ただ、このザラベタがリセットできると思うと心は弾んだ。
でもでも、やっぱり2日では足りない。
本土に向かう船に乗りながら、無人島に行ったのはきっと、同時にいくつかのことを考えなきゃいけない日常から離れ、目の前で起きていることで頭をいっぱいにしたかったからなんだろうなと思った。
解放されたくて向かった無人島から、
帰る時に感じるこの解放感。
解放とは何だ。
解放されたいのは何からか。
危ない。
またごちゃごちゃ考え始めそうだったので、本土に着いたらとりあえずかき氷を食べて、温泉にいくことにした。
今まさに目の前で起きている甘いものへの飢えと、体のザラベタからまずは解放されよう。
海でバリバリになった髪の毛は温泉のリンスインシャンプーでキッシキシになったけど、温泉をここまで最高だなと感じたのは初めてかもしれない。
岡山も寄れなかったし、広島でお好み焼きも食べれなかったけど、鳥取に寄り道してまたザラベタに逆戻りしたりして、多めに持ってきた着替えも全てなくなったところでやっと帰ることにする。
(着替えがなくなったので最終的には子どもたちは下着で帰ることになった)
予定とも、予想とも、解放ともかけ離れてた1泊4日。
私たちの夏の始まりだ。