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物語『ボクと魔法のランプの物語』

 自分の願い事が三つ、必ずかなえられるとしたら、何を願ったらいい? 人間の「欲望」と「幸福」についての物語。
 『アラジンと魔法のランプの物語』に出て来るような「魔法のランプ」をボクは手に入れた。ランプをこすると、魔神ジーニーが本当に出現して、ボクに言った、「あなたの願いを三つまでかなえてあげる」と。しかし、ボクは悩んでしまう、「ボクは一体、何を願えばいいのだろう?」と・・・
 「本当に幸せになるためには、何を願えばいいのか?」を問う物語。


第一章 魔法のランプを手に入れた

 「あなたの願いを必ずかなえてあげます。ただし、願いは三つまでです。願いは何にしますか?」
 そう言われたら、あなたは何を願う?
 え? そんなこと、あるはずない?
 いいえ! ボクの目の前に魔神のジーニーが本当に現れて、こう言ったんです。
「あなたの願いを必ずかなえてさしあげます。 願いは三つまでです」
 ボクは悩んだ、「願い事は何にしたらいいのだろうか」と・・・
 ボクが願い事を最終的に何に決めたのか、そして、なぜそれに決めたのか・・・そのことについて、今から書いていきたい。

 ボクの名前は高比良タカオ。十六歳、高校二年生。
 六月の第二日曜日、ボクは白の半袖カッターシャツを着て、学生ズボンをはいて、アパートを出た。ボクは振り返って、アパートを見た。ボロボロの木造アパートの二階三号室、それがボクと母が借りている部屋だ。ボクはフーッと息を吐き出した。
それからボクは高校に向かって歩き始めた。本当は自転車を買ってもらいたかったのだけど、母さんの稼ぎではそれは無理だ。
日曜日だけど、ボクが学校に行くのは、部活動に参加するためだ。ボクは将棋部に所属している。しかし、クラスメートはボクの体型を見て言うんだ。        
「高比良君。柔道部に入ったら、いいんじゃないの?」
 クラスメートがそう言うのも無理ない。なぜって、ボクは体重が八十五キロもあるから。
 ボクの体を見て、学校の先生も言った。
「高比良君。相撲部に入らないか?」
 しかし、ボクは断った。なぜって、ボクは目が悪くてメガネをかけているし、運動神経ゼロだから。それに、運動部はお金がかかるし。
 ボクはメガネをかけているし、髪は坊主頭に刈り上げているから、ガリ勉に見られることもある。それで、時折、人はボクに向かって、こう言う、「勉強ばかりしていたから、目が悪くなったんじゃないの?」と。しかし、そんなことはない。目が悪くなったのは、テレビの見過ぎのせい。それに、ボクはガリ勉どころか、勉強が大嫌いで、学校の成績も良くない。「できたら国立大学に進学したい」と思っているけど、たぶん無理だ。
その日、ボクは部活動に参加して、友達と将棋を指す予定だった。しかし、学校に近づくにつれてボクはなんとなく部活に行きたくなくなった。ボクは学校に行くのをやめて、近くの公園に行くことにした。ボクは思った、「公園に行って、菖蒲の花を見よう」と。ボクは菖蒲の紫色が好きだから。
 ボクは福岡県・北九州市の戸畑区に住んでいる。そして、ボクが通っている高校の近くには「夜宮公園」がある。この公園には菖蒲が植えられていて、毎年六月の第二日曜には菖蒲祭りが開催されている。
 ボクは夜宮公園に向かって歩いて行った。そして、公園のはずれにある池に行って、菖蒲を見た。うす紫色の花が風に揺れていた。ボクは空を見上げた。梅雨のシーズンだけど、青空が広がっていて、白い雲がポッカリを浮かんでいた。ボクは思った、「いい天気だな」と。
それからボクは池をあとにして、広場へ向かった。そこではフリーマーケットが開かれていた。出店者たちはレジャーシートの上にハンガーラックやテーブルを置いて、それに子供服や大人の服・おもちゃ・絵本・雑貨を並べていた。ボクはテクテクと歩いて、フリーマーケットの店を見て歩いた。
しばらくして、僕はトイレに行った。トイレに目をやった時、頭の中の血が沸騰して、カーッと熱くなった。トイレの前に男の人が倒れている! 心臓がバクバクと音を立てて鳴り始めた。ボクはその場に立ち尽くして、ハアハアと呼吸しながら、考えた、「こんな時、どうすればいいんだ?」と。
その時、ボクは思った、「そうだ。こんな時こそ、学校で習った心臓マッサージと人工呼吸をやるんだ!」と。
ボクの足は勝手に走り始めた。そして、倒れている人の横に膝をついた。倒れていたのは、老人だった。齢は九十くらい。髪の毛は白くて、長い。映画に出て来る魔法使いのようだった。身長は160センチくらいで、痩せている。服装は白いカッターシャツを着て、グレーのズボンをはいていた。
ボクは右手で老人の肩を叩きながら、叫んだ。
「もしもし! 大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
 しかし、反応はない。こめかみの血管がドクドクと波打っているのが自分でもわかった。
ボクは思った、「誰かに助けを呼んでもらおう」と。ボクは辺りを見回した。しかし、誰もいない。トイレはフリーマーケットの会場から遠く離れていたから。
ボクの右足が勝手に貧乏ゆすりを始めていた。ボクは老人の胸と腹に目をやり、普段通りの呼吸があるかどうかを観察した。胸も腹も動いていない。僕は思った、「呼吸が停止している。心臓マッサージをするんだ!」と。 
喉がカラカラで、頭は錯乱していた。その時、体の中で声が聞こえた。
「やるんだ!」
 ボクは老人の横に膝立ちになり、自分の両手の指を組み合わせ、老人の胸の上に乗せた。そして、重ねた両手で老人の胸にある骨を強く圧迫し始めた。ボクは大きな声を出しながら、胸の圧迫を続けた。
「イチ、ニイ、サン、シイ、ゴ。イチ、ニイ、サン、シイ、ゴ・・・・・」
 すると、なんと老人はゴホンゴホンと咳をし始めた。そして、呼吸を始めた。
 ボクは大声を上げた。
「大丈夫ですか!」
 老人は目をうっすらとあけて、ボクを見た。
 ボクは老人の肩を軽く叩いた。
「大丈夫ですか?」
 老人は軽くうなずいた。
「ああ、なんとか・・・」
 しわがれた声で老人がつぶやいた。ボクは老人の目を見ながら、言った。
「待っていてください。今、救急車を呼びます」
 そして、ボクはリュックから携帯を取りだした。それを見て、老人は言った。
「救急車は呼ばなくても大丈夫だ。しばらく横になっていれば、回復するよ」
「いいえ。救急車を呼んだ方がいいです。あなたは倒れていたんですよ!」
 老人は目を細めた。
「ありがとう。しばらく横にさせてくれ」
 老人は地面に横たわり、目を閉じて、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。そして、目を開いて、ボクを見た。
「君はワシを助けてくれたんだね。ありがとう」
 それから、老人は口角を上げて、言った。
「ワシはフリーマーケットの店を開いているんだ。店までワシを連れて行ってくれ」
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
 老人が立ち上がったので、ボクは老人の手を引いた。そして、二人でフリーマーケットの会場へ向かった。そして、老人の店に辿り着いた。
 老人は椅子に座ってから、カバンの中から何かを取り出して、ボクに差し出した。ボクは老人の持っている物を見た。それは、ランプだった。ディズニーの映画『アラジン』に出て来るような、水差し型のランプ。金色に塗られているけれど、表面の塗料ははげて、ボロボロになっていた。
 老人はランプをボクに差し出した。
「これをもらってくれ」
 ボクは頭をかしげて、言った。
「何ですか、これは?」
 老人はうなずいた。
「これは、魔法のランプじゃ」
「魔法のランプ?」
「これは君の願い事を必ずかなえてくれる。『アラジンの魔法のランプの物語』を知らないのか?」
「ディズニーの映画『アラジン』なら、知っていますけど」
 老人はうなずいた。
「物語も映画も、同じようなものだ。どちらにも魔法のランプが出て来る。そして、魔法のランプをこすると、ランプの中から魔人のジーニーが出て来る。ジーニーはランプをこすった人を主人だとして、その願いを何でもかなえてくれるんだ」
 ボクはうなずいた。
「はい、ボクも知っています。『魔法のランプ』の中には魔人がいて、こすると出て来るんですよね」
「そうだ。このランプの中にも魔人のジーニーが入っている」
「ハハハハハ・・・」
 ボクは思わず笑ってしまった。しかし、老人は笑わずに、ボクの顔を見つめていた。
「何がおかしい?」
「いえ、別におかしくはないんですけれど、『なぜ、このランプが日本にあるのかな』と、不思議に思って・・・。 『アラジンと魔法のランプ』の舞台はペルシャというか、イランの辺りだと思うんですけど・・・」
 老人はランプを見ながら言った。
「なぜこれが今、日本にあるのか、それはワシにもわからない。しかし、これは正真正銘、本物の魔法のランプなんだ」
 ボクは内心、思った、「もしかしたらこの老人は認知症かもしれないな」と。それで、ボクは言った。
「大切なものをボクがいただいていいんですか? これって、売り物ではなかったのですか?」
「いいや。これは売り物じゃない。ワシはこれをぜひ君にもらってほしいんじゃ。助けてくれたお礼の気持ちだ」
 老人は空を見上げて、しばらく考えてから、ボクに視線を戻した。
「正直に言うと、ワシはこのランプをもらってくれる人を探していたんじゃ。ワシは老い先長くない。もしかしたら今晩、死んでしまうかもしれない。だから、今日、ぜひ君に受け取ってほしい」
「はあ・・・」
「こすると、魔神が出て来る。しかし、忘れないでくれよ。君が願うことができるのは三つだけだ。ランプをこする前に、よく考えるんだ、願い事を何にするかを・・・」
 ボクは思った「魔神なんか、出て来るわけない。でも、そんなことを老人に言っても仕方ない」と。それで、ボクは頭を下げて言った。
「ありがとうございます。大切にします」
 老人はランプをボクの胸の前に差し出した。ボクは両手でランプを受け取った。それはずっしりと重かった。
 老人は両手の手の平を合わせて、ピシャリと音を出した。
「そうだ。忘れておった。指輪も渡さないと」
「指輪・・・ですか?」
 老人はカバンの中から黒いケースを取りだして、蓋を開いた。中には指輪が入っていた。緑の石が付いている、ちゃちな指輪だった。 
 僕は思った、「これは多分、おもちゃの指輪だ」と。
老人は腕を伸ばし、指輪をボクの胸の前に差し出した。
「この緑の石はグリーンクリスタルじゃ」
「グリーンクリスタル?」
「日本語で言うと、『緑石英』だ。しかし、この指輪は単なる指輪じゃない」
「どういうことですか?」
 老人は右眼でウィンクした。
「言っただろ? これは魔法の指輪だ。石の部分をこすると、指輪の精、ヤクシーが出て来てくれる」
「ヤクシー?」
「ヤクシーは美しい女性の魔神だ」
「それで、ヤクシーはやっぱり願い事をかなえてくれるんですか?」
 老人は頭を左右に振った。
「いいや。ヤクシーは願い事をかなえてくれない。しかし、指輪をこすった人の質問に答えて、すばらしいアドバイスをくれるんだ。何か困ったことがあったら、ヤクシーに尋ねたらいい。しかし、ヤクシーが質問に答えてくれるのは、三回までだ」
「三回だけですか・・・」
 老人はうなずいた。
「そうだ。だから、指輪をこする前によく考えた方がいい、『何を質問しようか』と」
「はい。わかりました」
「受け取ってくれ」
 老人はケースの蓋をパタンと閉じて、ボクに差し出した。ボクはランプを左手に持ちかえ、右手で指輪を受け取った。
 老人はボクの目を見て、ニッコリと笑った。
「何か、質問はないかい?」
 ボクはしばらく考えてから言った。
「今日は大切なものをくださって、ありがとうございます。あなたのお名前を伺っていいですか?」
「ワシの名前は亀田鶴吉じゃ。ついでに、歳は九十八歳」
「亀田鶴吉さん・・・ですね」
「君の名前は何と言うんだい?」
「ボクは高比良タカオといいます。十六歳です」
「高比良タカオ君か・・・。ワシから最後に一言、言っときたいことがある。それは『願い事には気をつけろ』ということだ」
「どういうことですか?」
「正確には続きがある。続きを足すと、こうなる。『願い事には気をつけろ。かなってしまうかもしれないから』」
「願い事には気をつけろ。かなってしまうかもしれないから?」
「そうだ。だが、君の場合は、『かなってしまうかもしれないから』ではない。君の場合は、こう言った方がいい。『願い事には気をつけろ。かなってしまうから』と・・・」
 ボクは一度うなずいて、尋ねた。
「質問です。自分の願いが実現することの、どこがいけないんですか?」
 亀田さんは急に目を閉じ、そして、深呼吸を繰り返した。そして、しばらくして、目を開き、ボクの目を見た。
「それは自分で考えることだ。とにかく、願い事には気をつけるんじゃ。ワシが言えることはそれだけだ。じゃあ、これでお別れだ」
「お別れ? また会えないんですか?」
 亀田さんは遠くを見つめてから、ボクに向き直った。
「運が良ければ、また会えるかもしれない。ワシは毎月第二日曜にはここでフリーマーケットの店を開いておる。もしワシが生きていれば、第二日曜ごとに会えるだろう。しかし、老い先は短い。来月の第二日曜まで生きていられるかどうか、わからない。それに・・」
 ボクは亀田さんを見た。
「それに? そのあとは、何ですか?」
老人は息を大きく吸い込んだ。
「それに、ワシではなく、もしかしたら君が来月の第二日曜まで・・・」
 亀田さんはそう言いかけて、途中で口をつぐんだ。ボクは叫んだ。
「もしかしたらボクが来月の第二日曜まで? そのあとは、何ですか? 亀田さん! あなたは何と言おうとしたんですか? 教えて下さい!」
 亀田さんは下唇をグッとかんだ。
「ワシも君もいつ死ぬか、わからないってことさ。死はいつやって来るか、わからない。そいつはいつか必ずやって来て君をつかまえるが、いつやって来るかは、わからない」
 そう言うと、老人はクルリと後ろを向き、ボクに背を向けた。そして、言った。
「さあ、これまでだ。さようなら」
 ボクは頭を下げた。
「さようなら」
 老人はボクに背中を見せたまま、右手を上げて、左右に振った。
 ボクは反転し、歩き始めた。しばらく歩いてから、ボクは立ち止まり、振り返って亀田さんを見た。しかし、亀田さんは相変わらずボクに背を向けたまま、突っ立っていた。
 ボクは持っていたランプと指輪ケースを背中に担いでいたリュックに入れてから、再び歩き始めた。


 それから、ボクは学校には行かずに、アパートに帰った。
 アパートに着いて、ボクはすぐに自分の部屋に向かった。母さんは日曜日、仕事のため家にはいない。ボクはリュックからランプと指輪ケースを取り出した。そして、指輪ケースを置いてから、ランプを手に取った。そして、蓋を開けて、中を覗いてみた。何も入っていない。ボクはつぶやいた。
「こんなもの、持っていてもしょうがない。さっさと捨てよう」
 だけど、その時、ふと思った、「一度だけ、こすってみよう」と。そして、ボクは左手でランプの柄の部分を持ち、右手の人差し指の腹でランプをこすってみた。すると、ランプの注ぎ口の部分から黒い煙がモクモクと出始めた。そして、その煙はボクの部屋中に広がった。僕はたまげて、叫んだ。
「ギャーツ」
 そして、次の瞬間、黒い煙の中から巨人が現れた。
「グゥエー」
 ボクの口から野獣の叫び声が飛び出した。
巨人は部屋の天井に頭をくっつけて、お尻を床に付け、足を延ばして座っていた。その顔は黒くて、髭だらけだった。
 ボクは巨人に向かって頭を下げて、土下座した。
「助けてくれ!」
 巨人が口を開いた。
「ご安心ください。ご主人様。私はあなたのしもべです。何のご用でしょうか? おっしゃって下さい」
 ボクは右手で両目をこすって魔神を見た。ボクは必死で考えた、「こんな時、どうすればいいんだ?」と。そして、深呼吸をしてから、震える声で言った。
「君は、本当にランプの中から現れたのか?」
 魔神はうなずいた。
「はい、そうです。私があなたのしもべ、ジーニーです」
「ジーニー?」
「はい。あなたは私の主人ですから、あなたがおっしゃった願いは何でも実現させて差し上げます。ただし、願い事は三つまでです」
 ボクの口からハアハアと吐息が漏れてくる。ボクは唾をグッと飲み込んだ。
「君は本当にランプの魔神で、そして、ボクが君の主人なのか?」
 魔神はボクに向かってうやうやしく頭を下げてから、言った。
「間違いございません。あなた様はランプをこすられたので、私のご主人様です。早く願い事をお申し付け下さい」
 ボクはその時、亀田さんの言葉を思い出した。亀田さんはボクに言った、「願い事には気をつけろ! 願いがかなうから」と。その言葉を思い出して、ボクは言った。
「待ってくれ、ジーニー。ボクは願い事を何にするか、まだ決めていないんだ。今から考えるから、ランプの中に戻って、待っていてくれ。願い事が決まったら、また呼び出すよ」
 ジーニーは頭を下げた。
「わかりました。それでは、今日はランプの中に戻ります」
 そう言うと、黒い煙が現れて、ジーニーはその煙の中に包まれた。そして、煙はランプの注ぎ口の中に吸い込まれていった。ボクはその場に座り込んで、ずっと動けなかった。
 長い時間がかかって、ボクはようやく落ち着いた。そして、ふと思いついた、「ランプが本物なんだから、指輪も本物にちがいない。指輪をこすれば、指輪の精、ヤクシーが現れるんだ」と・・・
 しかし、ボクはすぐに指輪をこすることはできなかった。ジーニーの出現だけで、ボクはパニックになってしまっていたから。
 ボクは考えた、「ボクはいつかまた、ジーニーを呼び出していいんだろうか? ジーニーは本当にボクのしもべなんだろうか? ジーニーはボクに危害を与えたりしないのか? とにかく、しばらく落ち着いてゆっくり考えよう、これからどうしたらいいのか・・・」と。
 そうしてボクはいつしか眠り込んでしまった。

第二章 指輪の精を呼び出してみる

 先週の日曜日にランプと指輪を手に入れてから、ボクは毎日、考え続けた、「ボクはこれから一体、どうしたらいいんだろう? 魔人ジーニーを呼び出しても安全なのか? 願い事をしてもいいのか? 何の願い事をしたらいいのか?」と・・・
 しかし、どうしたらいいのか、答えは出ない。ボクは悩んだ、「誰に相談したらいいんだろう?」と。その時、ボクはフッと思いついた、「そうだ! 指輪の精ヤクシーに尋ねたらいいんだ!」と。


 今日は六月の第三日曜日。母さんは仕事に出ていて、アパートにはボク一人だけしかいない。ボクは自分の部屋で魔法の指輪をケースから取り出した。ボクは考えた、「指輪の精ヤクシーって安全なのだろうか? ボクを襲ったりしないのか?」と。
 しばらく考えた。そして、思った、「このまま考え続けても、何も変わらない。とにかくやってみなくっちゃ。行動しないと、何もわからない」と。
ボクは大きく息を吸ってから、吐き出した。そして、指輪をこすった。すると、緑の石から赤い煙がモクモクと出て来た。ボクはたまげて、あとずさりした。そして、その場に尻餅をついて座り込んだ。震えながら煙を見ていると、その中から女の人が現れた。その姿を見て、僕は息を飲んだ。若くて、ものすごく美しかったから。顔立ちはくっきりとして、整っていた。オリエンタルで、エキゾチックな雰囲気が漂っている。二重まぶたで、目がクリッと大きく、眉毛は濃い。髪は黒くて長い。服装を見ると、ガウンタイプの長い民族衣装を着ていた。いかにも「ペルシャの女性」という印象だった。
ボクが凍りついたまま座り込んでいると、ヤクシーは頭をたれて、言った。
「ご主人様。ここにあなた様のしもべがひかえています。何のご用でございますか? 何なりとお申し付け下さい」
 ボクはゴクリと唾を飲み込んだ。
「君はヤクシー?」
 女性はニコリをほほえんだ。
「はい。私は指輪の精ヤクシーでございます。指輪をこすったあなた様が私のご主人さまです。私はご主人様の質問にお答えします」
「ボクは聞いたんだ、『君がボクの困っている事に良いアドバイスをくれる』と。それは本当なの?」
「本当でございます。ただし、質問は三つまででございます」
 ドクドクと波打つ心臓を手で押さえながら、ボクは言った。
「それじゃあ、ヤクシー。一つ目の質問をさせてもらうよ。実はボクは魔法のランプを譲ってもらったんだ。こすると、中から魔神のジーニーが出て来る魔法のランプだ。ヤクシー。ボクはランプをこすって、ジーニーを呼び出していいんだろうか? つまり、ジーニーはボクに危害を与えたりしないだろうか? ジーニーを呼び出しても安全なの? 困った状況になったりしない? ボクは心配しているんだ、『もしかしたらジーニーは極悪非道の魔神で、ボクや周りの人を傷つけたりしないだろうか』と・・・」
 ヤクシーは口角を上げた。
「ご安心ください、ご主人様。ジーニーはご主人様やその他の人々を傷つけるようなことは、決して致しません。全くご心配されなくて、けっこうです」
「それを聞いて、安心したよ」
 ヤクシーは頭をたれて、言った。
「その他にご用はございませんか?」
「今のところはないよ」
「わかりました。またご用がありましたら、指輪をこすって、私をお呼び下さい」
 そう言うと、ヤクシーの体は赤い煙に包まれた。そして、煙は指輪の石に吸い込まれていった。
 ボクは大きく息を吸い込んだ。そして、ボクは独り言を言った。
「よし。ヤクシーがあんなふうに言うからには、ジーニーは心配ないようだ。それじゃあ今からランプをこすって、ジーニーを呼び出そう」
ボクはランプを手に取った。しかし、ランプをこする前にボクは考えた、「ジーニーに何をお願いするかを決めておかなくてはいけない」と。それから、ボクはランプを部屋の押し入れの奥深くに隠した。そして、椅子に座って考え始めた、「お願い事は三つまでしかできない。何を願えばいいんだろう?」と。
ボクはノートを引っ張り出して、思いつくまま、願い事を書き始めた。

第三章 願い事を何にするか、考える。

 六月の第四日曜日。
 ボクは部活をさぼり、アパートにいた。そして、ノートを引っ張り出した。それには、先週の日曜日から考え続けてきた願い事が書き込まれていた。
 ボクは多くの願い事をまとめて、次のような『願い事の一覧表』を作りあげた。

★願い事の一覧表
①大金持ちになって、豊かな生活がしたい。  
 (家・スポーツカー・おしゃれな服・ゲーム・携帯など、自分のほしいも   のを買って、毎日、美味しいものを腹いっぱい食べたい。海外旅行にも行きたい)
②学校の成績が良くなり、東大に現役で合格したい。そして、みんなから「すごい」と言われたい。
③大学卒業後は一流企業に入社して、高収入を得て、出世したい。
④有名になって、権力を手に入れたい。
(芸能人か、総理大臣になって、他の人からチヤホヤされたり、尊敬されたりしたい)
⑤もっとやせて、顔も体型もかっこよくなり、運動神経がよくなり、多くの女の子にもてたい。
⑥可愛い彼女ができて、できたら性欲を毎日、満たしたい。
⑦美人の女性と結婚して、マイホームを購入し、可愛い子どもが生まれて、幸せな家庭を持ちたい。
⑧健康な心と体を持ちたい。病気やケガをしないで、年老いても、顔と肉体が若くて、かっこよくありたい。
⑨長生きしたい。
⑩友達・職場の人・地域の人など、人間関係に恵まれたい。



 ボクはノートの『願い事の一覧表』を見ながら、思った、「願い事は三つだけだから、これらの願い事をさらに集約すると、どうなるんだろう?」と。
 そして、ボクは考えて、『願い事の一覧表』を、次の三つにまとめた。これが『願い事リスト』で、この三つをジーニーにお願いしようと決めた。


★願い事リスト
①今、そして、今後ずっと、ボクはたくさん『金』がほしい。金があれば、自分が欲しいものが何でも買えるし、食欲も睡眠欲も性欲も満たせる。
②今、そして、今後ずっと、ボクは『社会的地位』がほしい。例えば、大学合格、一流企業への就職、昇進、結婚などを達成し、他者から良い評判・名声を手にしたい。
③今、そして、今後ずっと、ボクは『若さとかっこよさ』がほしい。高齢になっても、若くてかっこよく、元気で健康で、長生きしたい。

 

 ボクは改めてノートを見た。「ジーニーに何をお願いするか」を決めることができ、すっきりした気分だった。
しかし、「自分はこのリストのお願いをして、あとで後悔しないのか」を確認したいと思い、とりあえず一週間、『願い事リスト』について考え続けようと決めた。そして、「お願いはこの三つでいいんだと納得がいったら、ジーニーを呼び出そう」と、ボクは思った。


 それから、一週間考え続けて、七月の第一日曜日になった。母さんは仕事に出かけていて、アパートにはボク一人だけ。ボクはランプをこすって、ジーニーを呼び出そうと考えた。
 押し入れからボクはランプを取りだそうとした時、ランプの横に置いていた指輪ケースにボクは気づいた。その瞬間、ボクはひらめいた、「そうだ。ジーニーにお願いする前に、ヤクシーに尋ねた方がいい」と・・・
 それで、押入れから指輪を取りだした。そして、緑の石の部分を指先でこすって、言った。
「指輪の精ヤクシーよ。出て来て下さい」
 すると、緑の石の部分から赤い煙が出て来た。そして、やがて煙は薄れ、その中からヤクシーが現れた。
 ヤクシーはボクに向かって頭を下げた。
「ご主人様。お呼びでしょうか? ご用は何でしょうか? 何なりとお申し付け下さい」
 ボクは大きく息を吐いてから言った。
「ヤクシー。出て来てくれて、ありがとう。実は、ジーニーにお願いすることの内容について、君に尋ねたいんだ」
「はい?」
「このリストを見てくれる?」
 そう言って、ボクは『願い事リスト』の紙をヤクシーに手渡した。ヤクシーはそれを見て、「フムフム」とうなずいた。
 ヤクシーが顔を上げて、ボクを見た。ヤクシーの顔は能面のように無表情だった。
 ボクはヤクシーに尋ねた。
「そのリストに書いてある三つの願い事をジーニーにかなえてもらおうと思っているんだけど、どう思う?」
 ヤクシーはまばたきしてから、言った。
「どう思うって、私は何とも思いません。ご主人様がお願いしようと思うことをお願いするのが一番いいと思います」 
 ボクはフーッとため息をついた。
「ヤクシー。願い事ができるのは、三つだけなんだ。あとで変えることはできない。あとで『願い事をもっと別のものにしておけばよかった』なんて後悔しても遅いんだ。あとで後悔しないようなお願いをしたいんだ。どうすればいいか、教えてくれないか?」
 ヤクシーは目を閉じ、考え始めた。そして、しばらくして目を開いた。
「ご主人様。私にできることは、未来を見せることです」
「未来を見せる? それ、どういうこと?」
「ご主人様のお願いがかなったあとの未来がどのようになっていくかを、ご主人様にお見せすることができます。それを見てから、お願いすることを決めてはいかがですか?」
 ボクは口をとがらせて、言った。
「ヤクシー。人の願いがかなって現実のものとなった未来は、幸福になるに決まってるじゃないか! それなのに、願いがかなったあとの未来の様子など見る必要はないだろう?」
 ヤクシーはニコッと笑った。
「とりあえず、一つ目の願いが実現した未来へご主人様をお連れします。どうか、畳の上に横になってください」
「畳の上に横になる?」
「はい。そして、目を閉じて下さい」
「そんなことして未来に行けるのかい?」
 ヤクシーは黙ったまま、うなずいた。ボクは仕方なく畳の上に横になった。ヤクシーがボクの近くに座り、静かに言った。
「まず、一つ目の願いがかなったあとの未来をご覧下さい。一つ目の願いは『大金持ちになりたい』ということでしたね。それでは、目を閉じて、体全体から力を抜いて下さい。そして、ゆっくりと深呼吸を繰り返して下さい」
 ボクは言われるままのことを行った。
 ヤクシーが歌うように唱えた。
「アブラカタブラ~。アブラカラブラ~。言葉のごとく、私は物事がなせる~」
 ボクは目を開けて、ヤクシーを見た。ヤクシーは目を閉じたまま、握り合わせた両手を
左右に振っていた。ボクは再び目を閉じた。
ヤクシーの声が聞こえてきた。
「ご主人様の願い事がかなったあとの未来をお見せ下さい。ご主人さまは大金持ちになりました。その後、どうなるのでしょうか? お見せ下さい」


 閉じたまぶたの裏側に、ぼんやりと映像が浮かんで来た。それは、二十歳になったボクだった。ボクは広大な敷地の豪邸に住んでいる。そして、ダイニングルームで贅沢な食事を取っている。家政婦が食事の世話をしてくれる。母さんは綺麗に化粧して、おしゃれな服を着て、ワインを飲んでいる。家の内側と外を見ると、おしゃれな衣類、豪華なベッド、外国産の家電製品、高級車が並んでいる。そして、ボクは母さんと談笑している、「今度の旅行はどこの国に行こうか」と。
 しかし、しばらくして、母さんが言った。
「タカオ。私は最近、いつも不安に襲われてしまうわ。今、持っているお金を失ってしまうんじゃないかって、ビクビクしてしまうの。今持っているお金を絶対に失いたくない!」
 母さんは金持ちになって、心配ばかりしている。一方、ボクの方は大金持ちになってから、友達が減った。かつての友人達はボクのことを「大金持ちの高比良様」と呼んで、よそよそしい付き合いしかしてくれなくなった。そして、付き合いのなかった同級生や親類縁者が金を目当てにボクに親しくすり寄ってくるようになった。


 その時、ヤクシーの声が聞こえてきた。
「ご主人様。目をおあけ下さい」
 ボクは畳から飛び起きて、辺りを見渡す。いつも見慣れた、狭くて汚いボクの部屋だった。 
 ボクはヤクシーを見た。ヤクシーは頭をかしげて、言った。「ご主人様。一つ目の願いがかなったあとの未来はどうでしたか?」
 ボクはちょっとの間、考えた。
「大金持ちになるっていうことは、いいこともあるけれど、悪いこともあるみたいだ。ボクは思っていた、『大金持ちになったら、良いことしかないんだ』って。しかし、そうじゃないんだ・・・」
 ヤクシーは言った。
「そうですか、ご主人様? それでは続いて、二つ目の願いがかなったあとの未来をお見せします。二つ目の願い事は、『社会的地位』だったですね」
 ボクはうなずいた。
「そうだ。ボクは一流大学に合格したいし、一流企業に就職したいし、昇進したい。できたら、社長になりたい。美人の女性と結婚して、豪華なマイホームを持ち、可愛い子どもに恵まれて、他者から良い評判・名声を手にして、みんなからチヤホヤされたい」
「わかりました。それでは、ご主人様、それでは、目を閉じて、体全体をリラックスさせて下さい。そして、ゆっくりと大きく呼吸して下さい」
 ボクは畳に横になり、目を閉じて、ゆったりと呼吸を繰り返した。
 ヤクシーが歌うように唱えた。
「アブラカタブラ~。アブラカラブラ~。言葉のごとく、私は物事がなせる~」
 ボクは目を閉じたまま、呼吸を続けた。ヤクシーの声が聞こえてきた。
「ご主人様の願い事がかなった後の未来を見せ下さい。ご主人さまは社会的に高い地位を得て、他の人から高い評価を獲得なさいました。その後、どうなるのでしょうか? お見せ下さい」


 まぶたの裏側に、ぼんやりと映像が浮かんで来た。それは、三十五歳位になったボクだった。ボクはオシャレなスーツを着て、都会の高層オフィスビルで仕事をしている。昇進して、部長の肩書きを持ち、多くの部下に偉そうに命令している。しばらくすると、場面は家庭に変わった。ボクは郊外のマイホームに帰宅して、夕食を取っている。豪華なダイニングルームでボクは美人の奥さんと可愛い子どもたちに囲まれて、笑顔で談笑している。ボクはニコニコと笑っている。
 しばらくして、場面は会社に戻った。会社の社長がボクに言った。
「高比良君。君は最近、業績が悪いようだ。どうも会社の欲求に答えてられていない。どうしたんだ? もっと売り上げを上げるんだ」    
我が家に帰ると、奥さんが言った。
「ねえ、あなた。もっと家事を手伝って、子どもの面倒を見て、理想の主人を演じてよ」
ボクは会社で懸命に働き、業績を上げて来た。忙しくて、家事や育児は奥さんにお願いするしかなかった。その結果、心にポッカリと穴が開いている感じがして、冷たい風が吹き抜けていく。さらに、ボクは他人の目が気になってしょうがなくなっている。何をするにしても「失敗したらどうしよう」と考えてしまうし、自分と他人をいつも比較してしまう。そのうちにボクは自分に自信を持てなくなり、「ボクの本当にやりたいことは何なんだろう?」と考えるようになった。
しばらくして、月日が経ち、ボクが高齢者になっている情景が浮かんで来た。ボクは退職し、会社の肩書きは失っている。そして、妻に先立たれ、ボクは一人で生活している。子どもたちは近くには住んでいない。子どもたちとは疎遠になり、ボクの家を訪れることはなくなっている。ボクは朝から晩まで一人、テレビを見ながら暮らしている。


 その時、ヤクシーの声が聞こえてきた。
「ご主人様。目をおあけ下さい」
 ボクは目を開いて、体を起こして、ヤクシーを見た。ヤクシーはボクを見て、言った。「ご主人様。二つ目の願いがかなったあとの未来はどうでしたか?」
 ボクはちょっとの間、舌で上唇を舐めてから、言った。
「他人から良い評価をもらいたいと願って、社会的な地位を得ることができて、ボクは虚栄心を満たされて、気分が良かった。しかし、同時に、頑張っても他者からの期待に応えることができないこともあるようだ。それに、頑張ってもボクを評価してくれない人もいるみたいだし。それから、ボクは思った、『手に入れたものはいつか失ってしまう』と。ボクは他人の目が気になり、他人から良く思われれば幸せになれると思っていたけど、それは間違っているかもしれない。『ボクが本当にやりたいことは何か?』と悩んでしまう」
 ヤクシーは言った。
「そうなんですか、ご主人様? それでは最後に、三つ目の願いがかなったあとの未来をお見せします。二つ目の願い事は、『永遠の若さ・かっこよさ』だったですね」
 ボクは答えた。
「その通り。ボクはいつまでも若さ・かっこよさを保持したいんだ。齢を取っても、いつまで若々しく、病気やケガをせず、健康で元気で長生きできたらと望んでいる」
「わかりました。ご主人様、畳の上に横になって、目を閉じて下さい。そして、ゆったりと呼吸して下さい。そして、体全体から脱力して下さい」
 ボクは横になり、目を閉じて、深い呼吸を繰り返した。
 ヤクシーが歌うように唱えた。
「アブラカタブラ~。アブラカラブラ~。言葉のごとく、私は物事がなせる~」
 ボクは目を閉じたまま、ヤクシーの声を聞いた。
「ご主人様の願い事がかなった後の未来を見せ下さい。ご主人さまは永遠の若さとかっこよさを得て、健康で長生きされます。その後、どうなるのでしょうか? お見せ下さい」


 まぶたの裏側に、うっすらと映像が浮かんで来た。それは、八十五歳位になったボクだった。ボクは自宅から送迎ワゴン車に乗ってデイケアセンターに向かう。そこでは、大勢の高齢者がいて、ボクはそこで昼ごはんを食べたり、リハビリをしたり、風呂に入れてもらったりしている。周りの高齢者はみな年相応に腰・背中・膝が曲がっている。頭の髪は薄くなり、皮膚はシワ・しみ・たるみだらけになっている。ボクは周りの人に言われる、「あなた、いつまでも若いですね。肌がきれいだし、髪に艶とコシがある。無駄な贅肉もないし、服装もおしゃれだし、アクティブに活動するし、いつも笑顔で会話して・・・」と。ボクは思った、「若く見られることは、いいな。人から良い印象を持ってもらえるし、なんとなく自分に自信を持てる」って。
しかし、それから月日が経ち、ボクは九十五歳くらいになっている。八十五歳までは若さを保ったとはいえ、いつまでも若いままでいられるはずがない。頭の髪は白くなり、薄くなっている。腰は曲がり、杖をついて歩くようになっていた。それから十年後、ボクは病院に入院している。一日のほとんどをベッドの上に横になってすごしている。長生きした結果、妻に先立たれ、子どもたちからは疎んじられている。ボクは考えている、『早く死んでしまいたい』と・・・」


 その時、ヤクシーの声が聞こえてきた。
「ご主人様。目をおあけ下さい」
 ボクは目を開いて、体を起こし、自分の手足を見た。ボクの手足にはシミもなく、皺もなかった。ボクは「フーッ」とため息をついて、ボクは思った、「ボクが腰の曲がった爺さんになっていたのは、ヤクシーが見せた幻だったんだ」と。ボクは視線を上げて、ヤクシーを見た。
「ヤクシー。ヨボヨボの老人になったボクは、単なる幻影だったんだね。ボクは今、十六歳で、若くて、元気なんだ」
ヤクシーはうなずいた。
「そうです、ご主人様。さっきのは単なる幻です。三つ目の願いがかなったあとの未来はどうでしたか?」
 ボクはしばらく考えてから言った。
「ボクはかなり高齢になっても、健康や若さやかっこよさを維持できていて、うれしかった。しかし、老いていくことを遅らせることはできても、永遠に若さを維持することはできないんだ。また、死を追いやって永遠に生き続けることなんか、決してできない」
 ヤクシーはボクの目をのぞきこんで言った。
「ご主人様のお尋ねにすべてお答えしました。ご主人様が魔神ジーニーにお願いすることがもし実現したら、その結果、未来はどうなるのか・・・という未来予想をお見せしました。私はもう指輪の中に戻ります」
 ボクは手の平をヤクシーに向かって差し出して、言った。
「ちょっと、待って、ヤクシー」
「ご主人様。私への質問は残り一つとなっています。今から最後の質問をなさいますか?」
 ボクは頭を左右に振った。
「いやいや、質問じゃない。ヤクシー。君の感想を聞きたいんだ。ボクが魔神のジーニーに対して言おうとしている三つの願いは、このままでいいんだろうか?」
 ヤクシーはボクに対してうやうやしく頭を下げた。
「ご主人様。それはやはり『質問』になってしまいます。もし私がその質問に答えてしまいますと、私への質問はすべて終了してしまいますが、よろしいですか?」
 ボクは両手を前に着き出し、左右に振った。
「ヤクシー。これには答えなくていいよ。これは『質問』ではなく、ボクの『独り言』だ。
君は未来の姿を見せてくれた。その未来予想図を見て、ボクは気づいたんだ、『今のボクが抱いている願い事では良くない』と。つまり、『ボクの願い事をジーニーにお願いしてかなえてもらっても、ボクは幸福にはなれない』と、わかった。ボクが幸福になるためには、願い事をもっと別のものにした方がいいんだ! そんなふうに考えて、独り言をいったんだ」
「わかりました。ご主人様」
 その時、ボクは思いついた、「そうだ! ジーニーにお願いすればいいんだ、『ボクが幸福になるためには、願い事を何にすればいいか、教えてくれ』と・・・
 ボクはヤクシーに言った。
「ヤクシー。今日はどうもありがとう。君の助言のおかげで助かったよ。もう、指輪の中に戻って、休んでいいよ」
 ヤクシーはゆっくりと頭を下げた。しばらくして、赤い煙が現れ、ヤクシーを包んだ。そして、赤い煙は指輪の石の中へ吸い込まれていった。
 ボクは両腕を胸の前で組んで、考え始めた、「願い事を何にすればいいのか? ボクが本当に幸福になるためには、何を望めばいいんだろう?」と・・・
 ボクは考えた、「『本当の幸せ』って、一体、何なんだろう? そして、幸せになるためにはどうすればいいんだろうか?」と。
 ボクはしばらく考えたけど、すぐには答えは出て来ない。
 ボクは考えた、「今すぐジーニーを呼び出して答えを教えてもらうのではなく、一週間の間、自分なりに考えてみよう」って。

第四章 一つ目のお願いを魔神に依頼する

 先週の日曜日、ヤクシーを呼び出してから、ボクは本当に幸福になるためには、願い事を何にしたらいいのか、考えてみた。しかし、明確な答えは出て来ない。
 一週間が過ぎ、七月の第二日曜日になった。ボクは押し入れからランプを取り出した。だが、右足が勝手に震え始め、心臓がドクドクと音を立て始めた。ボクは大きく息を吸って止めてから、ランプを右手でこすった。
「魔神ジーニーよ。出て来い」
 すると、ランプの注ぎ口から黒い煙が出て来た。やがて煙の中から巨大なジーニーが現れた。ジーニーはボクに向かってうやうやしく頭を下げ、言った。
「ご主人様。ご用は何でしょうか? 私はご主人様の願いを何でもかなえて差し上げます。ご用をお申し付け下さい」
 ボクは左の手の平で口をおおって、ゆっくりと息を吐き出してから言った。
「ジーニー。一つ目のお願いをしたいんだ。いいかい?」
「どうぞ」
「ありがとう。君はボクに言ったね、『願い事は三つまで』だって。ボクは考えたんだ、『願い事を何にしたらいいんだろうか?』って・・・。
 ジーニーが片目だけ大きく開いて、ボクの顔を注視した。
「ご主人様。願い事を何にするか、それを決めるのは、私ではなく、ご主人様でございます」
「うん。それはわかっているんだけど、自分でも決められないんだ。つまり、自分で自分が何をお願いしたいのか、わからないんだ」
 ジーニーは人差し指の先を自分の下あごに当てた。
「そうですか。それは困ったことですねえ」
「ねえ。ジーニー。多分、君は今まで多くの人の願い事をかなえて来たと思うんだけど、どんな願い事をすれば、人は後悔しないんだろう? どんな願い事をすれば、人は本当に幸福になれるんだろう? 最初、ボクは願おうと思っていたんだ、『大金持ちになれますように』って。しかし、考えてみると、大金持ちになって、メリットもあるけど、デメリットもあると思うんだ。つまり、『大金持ちになったからといって、必ずしも幸福になれるわけじゃない』と思うんだ。本当に幸福になるためには、何をお願いして、何が実現すればいいんだろう? 『人間の幸福』って、一体、何なんだろう?」
 ジーニーは右の眉毛をギュッと上げた。
「ご主人様。私は思います、『人間の幸福とは何か・・・それを一般的に言うことはできない』と。つまり、『すべての人に当てはまる幸福なんてない』と。例えば、『お金さえあれば幸せ』と言う人もいるでしょうし、『家族や友人とつながりが大切』と言う人もいますし、『情熱をもって取り組める仕事があることが幸福』と言う人もいます。つまり、幸福が何かというのは人さまざま、十人十色です」
 ボクはうなずいた。
「それはそうなんだろうけれど、もしかしたら『万人が納得できる幸福』というものがあるような気がするんだけど・・・。もし、それがあるなら、それを願い事にしたいんだけど・・・」
 ジーニーは人差し指の先をこめかみに当てて、目を閉じた。しばらくして、目を開いた。
「残念ながら、ご主人様。すべての人間が願い、すべての人間が幸福になれる『願い事』、あるいは、『幸福』というものはないと思います。つまり、『何が幸福か?』ということは、やはり人によって異なりますし、だから、人によって願い事も異なってくるのです。やはり、ご主人様個人が『自分にとって幸福とは何か』と問う必要があると思うのです。ええっと、つまるところ、『問い』を間違ってはいけないと思うのです。『問うべきこと』は、『すべての人間が幸福だと感じることは何か』ではなく、『私個人は何がほしいのだろう? 私個人は何がしたいのだろう?』ということだと思うんです」
「ジーニー。つまり、ボクという一人の人間が何を幸福だと感じるかということをはっきりさせた方がいい・・・と、君は言いたいんだね?」
 ジーニーがひざまづいて、頭を下げた。
「そうでございます」
 ボクは舌で上唇をペロッと舐めてから言った。
「しかし、それもむずかしいんだ。自分で自分という個人が何を願っているのか、何を幸福だと感じるのかが、はっきりしないんだ」
 ジーニーは顔を上げて言った。
「ご主人様。私はこうお勧めします、つまり、何をする時でも、自分の心と体に注意を送り、『自分の心と体は今、気持ち良さを感じているかな』と問い、いまの状況に自分の心身が『自然』を感じることができているかどうかをチェックするんです」
「自分の心身の『自然』を感じる? 何? それ、どういうこと?」
 ジーニーはうなずいた。
「はい、ご主人様。今、私は『自然』という言葉を使いましたが、それは別の言葉で表現するなら、『心地良さ』と言ってもいいですし、『ピッタリする感じ』って言ってもいいですし、『満足感』と言っていいです。あるいは、『気持ち良さ』とか、『安らぎ』とか、『調和』とか、『楽しさ』とか、『喜び』とか言い換えてもオッケーです。とにかく、『今の状況は、自分という一人の人間の持っている個性・資質をバランスよく生かせているのか』をチェックするんです。とにかく、『今の状況は、自分に向いているのか、そして、自分らしく生きていけてるのか』を問うんです」
「それって、『自己実現』っていうこと?」
「はい。『自己実現』と言っていいです。ですが、よりわかりやく表現するなら、『一致』と表現した方がいいです。『こうありたいなと思う自分』と『ありのままの自分』が一致している・・・っていう感じです。自分が今、体験していること、体験していることをどう感じているかということ、体験していることにどう反応するかということに、ズレがない状態です。自然な、バランスの良い状態です」
「ジーニー。わかりにくいんだけど、それって、『自分を受け入れ、自分を受け入れる』っていう感じかな?」
 ジーニーはしばらく下唇を噛んでいた。考えているようだった。そして、口を開いた。
「すみません。その質問に私はうまく答えることはできません。ただ、このことだけは申し上げたいと思います。今、ご主人様の心と体が『バランスの良い自然』を感じることができる時はどんな状況なのかに気づき、『どうしたらもっと気持ち良くなれるのか』という瞬間や状況を探していけば、ご主人様個人にとっての『満足』や『幸福』が見えて来るのではないでしょうか・・・と・・・」
 ボクはジーニーが言ったことを繰り返した。
「ボクの心身が『バランスの良い自然』を感じる瞬間や状況を探していく・・・」
 ジーニーはうなずいた。
「はい。そのようにすることで、自分の欲求や欲望をつかむんです。自分の欲望を明らかにするんです。『自分という人間がどういう人間なのか』ということを理解するんです。『自分にはどんな生き方が向いているのか』がわかるようになるんです」
 ボクは言った。
「自分が本当に『バランスの良い自然』を感じることができる状況を求めていく・・・それを人生の目標にしていけばいいんだ」
「はい。『ご主人様が気持ちいいと感じることができる状態を求めていけばいい』と思います」
「ちょっとわからないことがあるんだけど、尋ねていいかい? 『自分が気持ちいいと感じることができる、バランスの良い自然』って、具体的にどういうものなんだろう?」
 ジーニーがニヤッと笑った。
「『自然』は言葉や形で表せるものじゃないかもしれません。『それ』は実際の生活の中でご主人様が心と体で実際に探し求め、実感するしかないでしょうか? 事前に正解があるわけではなく、試行錯誤し、探して、感じて見い出していかなければなりません」
「でも、『自然』って一体、何なんだろう?」
「『自然』を実感するっていうことは、『自分自身にとって何がピッタリくるのか、何が最適か、わかっている』っていうことです。『自分自身にとって、どんな状況がバランスが取れている状態なのか、わかっている』っていうことです」
 ボクは胸の中のつかえが取れて、スッキリした感じがした。
「ジーニー。君はボクの一つ目の願いをかなえてくれたよ。ボクの願い事の一つ目をはっきりさせることができたよ。それは、ボクが人生に望むことだ。ボクの人生全体の第一の目標は、『自分の心身が〞バランスの良い自然〟を感じることを探し、求めていく』というものなんだ・・・と、わかったよ。今、そう思える。長い人生のその時その時で自分が何を『バランスが取れていて自然だ』と感じることは異なってくる。齢を取っても、その時その時に自分の体の内部に問いかけ、心と体に起こってくる感じを味わい、自分が気持ちいいと感じることができるものを探して、もとめていけばいいんだ」
 ジーニーは口角を上げた。
「ご主人様。一つだけ、言ってよろしいですか? ご主人様はおっしゃいました、『自分の心身が〞バランスの良い自然〟を感じることを探し、求めていく』と・・・。ご主人様のお言葉の一部をより良いものに換えていくことをおススメします。つまり、『自分の』の部分を、『自他の』に訂正していった方がいいのではないかと思いますが、いかがでしょうか? つまり、『自分の心身が自然を感じることができることを探し、求めていく』ではなく・・・、『自他の心身が自然を感じることができることをさがし、求めていく』に訂正していくことをおススメ致します」
 ボクは頭をかしげた。
「ジーニー。そんなに大きな違いがあるのかい? 『自分の心身が』と『自他の心身が』の間に・・・?」
 ジーニーはニッコリと笑った。
「私はそう思います。自分の幸福だけでなく、他者の幸福も求めていくという姿勢は、とても大切だと思います。なぜなら、『自分以外の誰かを応援し、奉仕することは自分の幸せ』ではないかと私は思いますから」
「そうかもしれないな。ありがとう、ジーニー」
 そう言ってから、ボクは考えた、「ジーにはランプの中に戻ってもらおう。なぜって、ジーニーはボクが生きていく上で何を『人生全体の大きな目標』にすればいいのかを教えてくれたから。その目標の具体的なものは、これから先、ボク自身が生きていく途上で感じて見つけていかなくてはいけないんだろう。とにかく、ジーニーは一つ目の願いをかなえてくれたんだから、ランプの中に戻ってもらおう」と。
 ボクはジーニーに言った。
「ジーニー。ありがとう。ボクの願い事の一つ目を君はかなえてくれたよ。ランプにもどっていいよ」
 ジーニーは頭を深く下げた。
「それではご主人様。二つ目の願い事がある時は、お呼び出し下さい。それでは、失礼したします」
 黒い煙がモクモクと現れ、ジーニーを包んだ。そして、煙はランプに巣込まれていった。
 ボクはランプに向かって言った。
「ありがとう、ジーニー」
 ボクはランプを押し入れに大事にしまった。

第五章 二つ目のお願いを魔神に依頼する

 今日は、七月の第三日曜日。先週の日曜から一週間ずっと、ボクは「目標を実現するための戦略」について、考え続けてきた。
 先週の日曜日、ボクはジーニーに一つ目のお願いをした。その際、ジーニーと会話をして、ボクは「自分の大きな人生目標」を決めることができた。それは、「自他の心身が自然を感じることを探し、求めていく」というものだった。その具体的なものは、これから生きていくその時々で、自分の体や気持ちに注意を向け、ボク自身が探していくつもりだ。多分、二十歳になった時には二十歳の自他にピッタリ一致する目標・幸福を見つけ、六十歳になった時には六十歳の自他にピッタリ一致する目標・幸福を見つけられると思っている。と、言うか、見つけていかなければいけないと思う。自分の中でそうしていけば、自分という人間にピッタリ合った生き方ができ、満足して生きていける気がしている。今は思わない、「多くの金があれば幸せになれる」とか、「社会的地位を得て、他の人から評価を得られれば幸福でいられる」とか。さらに、思っていない、「高齢になっても健康と若さとかっこよさを維持できればハッピーでいられる」なんて。そんなものは、自分にはコントロールできないことであり、永遠に持ち続けることは不可能なことだから。
 しかし、ボクは考えた、「人生の大きな目標がはっきりしたとしても、その目標を実現するための戦略がなければ、目標を実現することはできない。ボクの『大きな人生目標』を達成するための戦略は何なんだろうか?」と・・・
 それで、ボクはこの一週間、ずっと考えて続けてきた、「ボクと他の人が心も体も自然を感じられるようになるためには、何をすればいいんだろうか?」と。
まず、ボクは考えた、「『目標』だけではダメだ、『目標を実現させる戦略』がなければいけない」と・・・。目標地点をはっきりさせることができても、実際にそこに到達するための手段・方法・戦略がなければ、目標地点に到達することはできないから。ボクが心身ともに自然を感じられるようになりたいなら、『自分の心身が自然を感じるようになれる戦略』をはっきりさせなければいけない」って・・・。
それでは、自分の心身が自然を感じるようになるためには、具体的にどうすればいいんだろう? 
まず第一に、ボクは考えた、「バランスの良い自然を感じたいのに、自然を感じられないのは、なぜか?」と。つまり、「バランスの悪い、不自然」の状況にならないためにはどうすればいいかをはっきりさせないといけないと思った。
自分の心身が『バランスの悪い、不自然を感じる』のはなぜかと言うと、状況が自分の思い通りにならなくて怒りを感じるからだと思う。人は物事が自分の思い通りに展開していかなければ、イライラする。では、自分の欲望通りにならない状況が起きた時、どうしたら苦しまないで済むのか? ボクは考えてみるけど、わからない。
 次に第二に、ボクは考えた、「自分ではなく、自分以外の他者が心も体も自然を感じれるようになる戦略は何だろうか?」と。これについても、自分の場合と同じように考えた、『他人の心身が不自然を感じないようになる戦略』を明確にしたほうがいい」と。しかし、これについても、わからない。状況がその人の願いどおりに展開していかなければ、その人は頭に来て、心地良い自然を感じることはできない。他者が心身ともに自然を感じられるようになるには、ボクはどうしたらいいのか? これについても考えてみるが、答えは出て来ない。


以上のような二つのことについて、ボクはこの一週間、考え続けた。しかし、納得できる答えは見つからない。
そして、今日、七月の第三日曜日を迎えた。ボクはジーニーを呼び出して、二つ目のお願いをしようと決めた。お願いの内容は、「自分の大きな人生目標を実現するための戦略を教えてほしい」ということだ。
ボクは押し入れの戸を開け、隠していた魔法のランプを引っ張り出した。そして、一度、深呼吸をしてから、つぶやいた。
「魔法のランプの鬼神ジーニーよ。さあ、出ておいで。そして、ボクの二つ目の願いをかなえておくれ」
 ボクは右手の手の平で優しくランプをなでた。そうすると、予想通りに黒い煙がモクモクと注ぎ口から出て来て、部屋中に広がった。やがて煙は薄れて、巨人のジーニーに現れた。
 ジーニーは目を閉じ、ボクに向かって頭を下げた。
「これは、これは、ご主人様。私はランプのしもべのジーニーでございます。ランプをこすられたご主人様の願いは何でもかなえてさしあげます。何なりとお申し付け下さいませ」 
 ボクは右手を口に当てて、コホンと咳をした。
「やあ、ジーニー。出て来てくれて、ありがとう。さっそくお願いがあるんだけど、いいかい?」
「どうぞ」
「一週間前、ボクは君を呼び出して、最初のお願いをしたよね。そして、君はボクに教えてくれた、『何を人生の大きな目標にすればよいか』を。ボクが今日お願いしたい事は、『人生の大きな目標を実現するための戦略』を教えてほしい」ということだ」
 ジーニーはうなずいた。
「確認したいです。ご主人様の人生の大きな目標は、『自他の心身がバランスの取れた自然な状態を探し、求めていく』ということだったですよね。その目標を実現していく戦略を教えてほしい・・・ということが、二つ目の願いなんですね」
 ボクはうなずいた。
「そうだよ」
 ジーニーは閉じ、両腕を胸の前で組んで、息をフーッと吐き出して、考え始めた。そして、長い時間が過ぎてから、目を開いた。
「ご主人様。ご主人様の目標を実現させる戦略は三つあります。それを申し上げます」
「三つ? 三つの戦略があるのかい? ボクは具体的に何をどうすればいいんだ? どうすれば自分も他人も『バランスの取れた自然状態を手に入れる』ことができるのか、教えてくれ」
 ジーニーは右手の人差し指を突き立てて、天井を指差した。
「一つ目の戦略は、『自分をしなやかにする』です」
「ヒエッ!」
 ボクは素っ頓狂な声を思わず出してしまった。
「ジーニー。何だよ、それは? 『自分をしなやかにする』? それって、一体どういうこと?」
 ジーニーは右の口角だけを少し上げて、ニヤッと笑った。
「『自分で自分をしなやかにするという戦略』は、すなはち、『自分を自分でコントロールして、忍耐強いものにする』ということです」
「はあ?」
「ご主人様。自分が『バランスの良い自然』を感じて満足できるようになるためには、自分の力で自分自身を制御できなければなりません。他人からコントロールされなければ、何もできないようでは、バランスの良い自然状況を維持する事はできません」
「それから?」
「今、目の前の出来事に自ら意欲的に取り組めるようにならなければなりません。そして、自分らしい生き方を追求していく力を持っていなければなりません。さらに、たとえ困難なことがあっても、それに耐えていく力を持っていなければなりません。そうした、セルフ・コントロールの力をつけなければなりません。その中でも特に重要なのは、『耐性』です。言葉を換えて言えば、『レジリエンス』
『しなやかさ』『弾力性』です。自分の思い通りいかない状況があって、自分の心身の自然を危うくするようなことに対する『しなやかさ』を持つ・・・これが、一つ目の戦略です」
 ボクは右手で自分の額をごしごしとこすった。
「セルフ・コントロールして、耐える・・・ということ?」
 ジーニーが頭を下げて、言った。
「ご主人様。その通りです。簡単に言うと、『自立』です。『自分で考え、自分で行動する』ということです。良くないのは、他人に支配されていては、満足感・心地良さ・気持ちの良いバランス状態は手に入りません。もっときちんと言えば、自分を救ってくれるのは自分だけです。他人は自分を救ってくれません」
 僕は尋ねた。
「何でも周囲のせいにするのではなく、主体性を発揮して自分で考えて行動すれば、他者も環境も変わっていく・・・というわけ?」
「その通りです、ご主人様。しかし、自分で自分を変えたからと言って、物事がすべて思い通りなることはありません。ストレスフルな状況にあって逃げたり無力感にひたったり失敗を恐れたりしては、状況はさらに悪化することを認識すべきです。ストレス状況にある時こそ、状況にコミットし続け、コントロールしようと努め、成長できるチャンスにしていくのです。ピンチこそ、チャンスです。と言うか、ピンチがなければ、チャンスもありません」
「そんなこと、ボクにできるかな?」
 ジーニーはうやうやしく、ゆっくりと頭を下げた。
「もちろん、ご主人様にはできます。しなやかさを持つ人の真似をするんです。第一の戦略の大切さを知り、そして、それを実行している人の真似をするんです。必ずできます」
 ボクはうなずいた。
「わかったよ。それじゃあ、ジーニー。二つ目の戦略は、何だい? 教えてくれ」
 ジーニーは右手を口に当てて、コホンと咳をしてから、言った。
「ご主人様。これで一つ目の戦略の説明は終了して、今から二つ目の戦略について申し上げたいと思います。よろしいですか?」
 ボクはコクンとうなずいた。
「結局、一つ目の戦略というのは、『自分で自分をしなやかにする』ということで、それはつまり、『自分』と『もう一人の自分』との間に正しい関係性を結ぶ・・・ということなんだね」
 ジーニーはニコリと笑って、うなずいた。
「その通りです。すばらしいです、ご主人様。バランスの良い自然は、『自分』と『もう一人の自分』の間にあるんです。自分が自分をコントロールする・・・ということです」
「そうなんだ」
「それでは、二つ目の戦略について申し上げます。二つ目の戦略は、『他者を応援する』です」
「他者を応援する? それって、どういうこと? それに、他者を応援することで、自他の心身の心地良い自然を感じることができるの?」
 ジーニーはうなずいた。
「はい、ご主人様。まず、『他者を応援する』とはどういうことか、詳しく説明させて下さい」
「うん」
「『他者を応援する』とは、簡単に言うと『他者を思いやる』ということです。それは、自分の自然を求めると同時に、他人が自然を求めていくことを助けるということです」
「自分も大切にしながら、同時に他者も大事にするっていうこと? それって、具体的には、どういうことをするの?」
「自分が自分の自然を求めるように、他の人もその人独自の気持ち良さを求めます。そういうことを理解して、他者が気持ちの良いバランスを求める生き方を認め、手助けするんです」
「ジーニー。それでは、わからないよ」
 ジーニーは少しの間、考えてから、言った。
「こう言ったら、理解していただけますでしょうか? 他者と適切な関係を築けなければ、ご主人様は気持ち良さや自然を感じることができない、と・・・。例えば、他者のことを憎んだり恐れたりする場合、心が安らぐことはないでしょう? 違いますか? 『自分』と『もう一人の自分』との間に正しい関係を築いていくように、『自分』と『他者』の間にも正しい関係を築いた方がいいのです」
 僕は「うん、うん」とつぶやき、うなずいた。
「確かに、他人とケンカすると、イライラして苦しい」
「だからと言って、他人と触れ合うことなく、部屋に一日中閉じこもって生活することもできません。人間は社会的動物で、一人で生きることはできませんし、それに、他者との交流を通して喜びや生きがいを感じることができるんです」
「そうだね。家族との温かい絆や、友達やパートナーとの信頼関係があれば、ボクは心地良さを感じることができる」
 ジーニーは軽くうなずいた。
「『自分が社会の一員であることを理解して社会全体の利益を考えて行動すること』が必要なんです、自分も他者もお互いに気持ち良くなるためには・・・」
「それって、『公共心』?」
 ジーニーがほほえんだ。
「そうですね。それに、『相互啓発力』も必要です。それはつまり、『他者を尊重し、切磋琢磨しながら互いを高め合うということ』です」
「自分も相手も大切にして応援していくことが重要なのか・・・。でも、他者と言っても大勢の人が居て、様々だろう? 素晴らしくて、『仲良くしていきたい』と思う人も居れば、考えや行動が異常で、『関わりたくない』と思う人も居るだろう?」
「そうですね。まず、他者をよく観察してコミュニケーションを取って、『その人がどんな人かを知ること』が大切ではないかと思います。深く知ることもなく、一方的な思い込みで人を決めつけてはいけないでしょう。お互いに知り合うというプロセスが必要です。次に、その人とどう付き合ったら気持ちの良い自然状態を作っていけるかを探していくのです。つまり、こうしたプロセスは自分自身との関係と同じです。試行錯誤して、自分の心と体に尋ねてみるのです、『今、自分の心身はバランスの良い自然状況か? 相手の心身はどうなってる?』って・・・。そして、『自分の心身も相手の心身もよりバランスの取れた自然状態になっていくためにはどうしたらいいんだろう?』と、探していくんです」
「それって、相手が個人の場合だろう? 相手が集団の場合は?」
「ご主人様。それって、『リーダーシップ』を発揮する場合ですね?」
「そうだね」
「集団を相手にする場合も、基本的には同じです。その集団全体の実態や目的・目標をできるだけ知り、集団全体が気持ち良い自然状態になれる状況を探していき、そして、バランスの良い自然状態を達成していくんです。偏り過ぎはダメです。多すぎてもダメ。少なすぎてもダメ。微妙なさじ加減が腕の見せ所です。大切なのは、『バランス』・『調和』です」
 ボクは黙って、うなずいた。
「だけど、人って様々だろう? 常識から逸脱している人だって存在するだろう?」
「そんな人をその特性ゆえに憎んだり責めたりすれば、自分の心にバランスの取れた自然を保つことはできません。自分とそうした人との間にどういう関係を築けばいいのか、考えるんです。自分とそうした人の間により気持ちの良い自然状況を作っていくためには、どうしたらいいのか、試行錯誤していくんです。答えはあらかじめ与えられているものではなく、探してクリエイトしていくものなんです。ある意味で、人間関係は芸術活動です」
「人間関係って、クリエイティブなものなのか・・・」
「はい。私は思います、『自分の存在が他者にとって必要不可欠な存在だと実感できた時に、人は幸福や生きがいを実感することができる』と・・・。そして、『他者のために汗を流すことで、人は本当の幸福の意味を知ることができ、地域や社会における支え合いは、じぶんの幸せなのだ』と・・・」
 ジーニーはかるく頭を下げて、続けて言った。
「二つ目の戦略については以上です。つまり、
『自分と他者との間に正しい関係を築く』ということです。そして、重要なことは、一つ目の戦略と二つ目の戦略を同時に行っていくということです。つまり、『自分で自分をしなやかにして、自分ともう一人の自分の間に正しい関係を築くと並行して同時に、『他者を応援し、自分と他者との間にも正しい関係を築く』必要があると思います」
「ありがとう。ジーニー」
 ジーニーはフーッと長い息を吐き出した。「それでは、ご主人様。三つ目の戦略について説明を始めてよろしいですか?」
「うん。よろしくお願いします」
「はい。三つ目の戦略は、『頭を空っぽにする』です」
「それは、どういうこと?」
「わかりやすく言えば、『思考活動を停止する』ということです。もっとわかりやすく言えば、『余計なことは考えないようにする』ということです。あるいは、『自分の欲望を抑制する』、『足るを知る』ということです」
「その説明でもあまりよくわからないけれど、もしかしたらそれはつまり、『必要なことは考えるけど、不必要なことは考えないようにする』っていうこと? だけど、何が必要な思考で、何が不必要な思考なんだい?」
 ジーニーは左手で頭をゴシゴシとこすった。
「何が必要で、何が不必要なのかは、ご主人様自身が判断することです。でも、判断基準は『自分のエゴイスティックな欲望を手放す』
がいいのではないかと私は思います。だから、『頭を空っぽにする』ということは、言い換えると、『足るを知る』、あるいは、『今、与えられているもので満足する』・『すべてを諦める』いうことです」
 ボクはジーニーの目をじっと見つめた。
「もしボクが自己中心的な欲望を捨てて、すべてを諦めれば、ボクは自然状況を保てるというのかい? それがバランスの良い自然さを維持する戦略なの?」
「はい。変えられないものはそのまま受け入れるしかないので、思い通りにならないものは諦めて受け入れた方がいいと思います。もっと詳しく言うと・・・世の中の物事は二種類に分かれると思うんです。すなはち、自分でコントロールできるものと自分ではコントロールできないものです。自分で変えられるものは変える努力をすればいいですが、自分で変えられないものについては、諦めて受け入れるしかないです」
「自分でコントロールできないもの、あるいは、自分で変えられないもの・・・って、何なんだい?」
「それは、過去や他人です。今この瞬間の現状も変えられないと思います。逆に変えられるのは、今の自分の感じ方や考え方や行動です。今の自分を変えることで、将来の自分の状況を変えていけるのです。自分の未来以外のことについては言うと・・・、他人を変えることはできる場合もあれば、できない場合もあると思います」
「ジーニー。つまり、君の言いたいことは、自分で変えられないもの・コントロールできないものについては、諦めて冷静に受け入れることが大切・・・ということかい?」
 ジーニーはひざまずいて、頭を下げた。
「そうでございます。ご主人様。多くの人が変えられないことを変えたいと欲してしまいます。『自分が変えたいと願っても変えられないのだ』ということを悟って、諦めた方がいいのです。そして・・・」
「そして? その続きは何だい?」
「はい。そして・・・最終的には、『すべてを諦めることができるようになる』というのが、三つ目の戦略の最終目標です」
「すべてを諦める? 変えれれないものだけではなく、すべてをあきらめなければいけないのか? なぜそういうことになるんだい?」
「ご主人様。この世で手に入れたものは、いつか手放さなければならなくなるからです。死神は少しずつ少しずつ近づいて来て、いつか必ず人の肩をポンポンと叩くんです。死が訪れた時、人はお金も地位も名誉もパートナーも我が子もすべて手放さなければならないのです」
「人生で手に入れたものは、最後にはすべて手放さなければいけなくなる。だから、手に入れたものに執着しないようにする必要がある?」
 ジーニーは頭を下げてから、言った。
「さようでございます、ご主人様。全ての人が人生の最後に訪れる死を受け入れなければなりません。人生で手に入れたものは、必ず手放さなければならないのです。お金も地位も名誉も、パートナーも子どもも、全ていつか別れていかなければなりません。ですから、『自分の欲望を抑制する』ことが、ご主人様の気持ち良い状況を維持するために必要です。少しのもので満足しない人間を満足させられるものは、何一つありません」
「ジーニー。『頭を空っぽにする』ということは『足るを知る』ということだ・・・と言ったのは、そういうわけだったんだね?」
「はい。さようでございます。『足るを知る』者は、富みます。『足るを知らない』ということより大いなる災いは、ございません」
「自分にたまたま与えられたもので満足することが幸福・・・ということか?」
 ボクはフッと息を吐き出してから、続けて言った。
「中国の故事にもあるもんなあ、『人間万事塞翁が馬』って。人生の幸・不幸は変化が多くて予測できないもんな。何が良くて、何が良いか、わからない。天からの配慮はすべて受け入れて、一喜一憂しない方がいいかもしれないね」
 ジーニーが「ははっ」とうなずいてから、眼をカッと開いて、大きな声でゆっくりと言った。
「それは大切だと、私も思います。すなはち、『一喜一憂しない』とか、『起こったことの善悪を判断しない』とか、『評価や比較をしない』とかいったことは、大切です。それこそ、『頭を空っぽにすること』であり、『思考作用を停止すること』であり、『小さな自分・エゴを忘れること』でしょう。つまり、行動の結果について思考しないことが何より大切です。行為の結果を期待することなく、ひたすら無償の行為を行うべきなのです。行動している時は、行為から生ずる結果を捨てるのです。結果のことなど思考してはいけません。結果の成功・不成功を同一・平等なものと見るのです。今、自分の目の前にある為すべきことに全力を尽くしてやるのです! あなた自身が生きている中で与えられた義務を果たすのです! こころの働きを死滅させて!」
 ボクはその場にくぎづけになった。ジーニーの視線と口調があまりに激しかったから。
 しばらくして、ジーニーは口元をゆるめ、目を細めて、ゆっくりとつぶやいた。
「ご主人様。以上で、私はご主人様の二つ目のお願いを果たしました。よろしいでしょうか?」
 ボクの体はビクッと痙攣した。心臓がバクバクと音を立てて、震えた。ボクは何度も深呼吸をしてから、落ち着こうとした。
「ジーニー。ありがとう。君のおかげで、ボクの大きな人生の目標を実現するために戦略三つがよくわかったよ。本当にありがとう」
 ジーニーが右手を左の腰に当てながら、頭を深く下げた。
「それでは、ただ今よりランプの中に戻ってよろしいでしょうか?」
「もちろん。長い間、ありがとう。お疲れ様。ゆっくり休んで下さい」
 ボクは頭を下げた。
 ジーニーがニヤッと笑った。黒い煙がどこからから現れ、ジーニーの全身を包んだ。ジーニーの姿は煙の中に見えなくなり、やがて煙は魔法のランプの中へ吸い込まれていった。
 ボクはランプを大切に抱え、押し入れの中へ納めた。

第六章 最後のお願いを何にするか、考える

今日は、七月の第四日曜日。
最初、ボクは考えていた、「今から、ランプをこすってジーニーを呼び出して、最後のお願いをしようかな」と・・・。そして、ジーニーにこう言おうと思っていた、「ジーニーが教えてくれた三つの戦略を実現してほしい」と・・・。つまり、ボクの人生の大きな目標を達成するための三つの戦略を実際に行ってもらうということだ。そうすれば、ボクは本当にバランスの良い自然を手に入れ、幸福になれる。
それで、ボクはランプをこすろうと構えた。
しかし、その時、ボクの頭の中で考えが浮かんだ、「ちょっと、待てよ。ジーニーを呼び出す前に、ヤクシーを呼び出して尋ねてみたらいいんじゃないか」と。
ボクはランプを机の上に置いて、押し入れから魔法の指輪を取りだした。そして、緑の石の部分をこすった。すると、赤い煙がモクモクと上り、その煙の中からヤクシーが現れてきた。ヤクシーはボクを見て、うやうやしく頭を下げた。
「ご無沙汰しています、ご主人様。私をお呼びになりましたか? どうぞ、何なりとお申し付け下さいませ」
 ボクも頭をチョコンと下げた。
「ヤクシー。出て来てくれて、ありがとう。今日は君に最後の質問がしたいんだ。聞いてくれるかい」
「もちろんでございます。ご主人様」
 ボクはスーッと大きく息を吸い込んでから言った。
「尋ねたいのは、ボクがジーニーに対して行う最後のお願いについてなんだ」
「はい」
「君も知っていると思うけど、ボクはジーニーに対してすでに二つのお願いをしてしまった。そして、二つ目のお願いの中身は、『人生の大きな目標を実現するための戦略を教えてくれ』というものだった。ジーニーはボクの願いに答えて、三つの戦略を教えてくれたんだ。そこで、ボクは最後のお願いを、『三つの戦略を実際に実現させてほしい』にしようと考えているんだ。そうすれば、ボクは人生の大きな目標を達成させることができ、この上ない幸せを手に入れることができるからだ。でも、それで本当にいいのか、少し不安なんだ。ヤクシー。教えてくれ。ボクがジーニーに対する願い事は、それでいいのか?」
 ヤクシーはボクを見つめた。
「確認させていただきますと、ご主人様は、ジーニーに対して『自分の人生目標を達成させる三つの戦略を実行してくれと願いたい』ということですね」
 ボクはうなずいた。
「その通りだ。どう思う、ヤクシー?」
 ヤクシーは人差し指の先で鼻をしばらくこすってから、答えた。
「ご主人様。ジーニーに対して行う最後の願いは、別のものにした方がいいのではないでしょうか?」
「なぜ、そう思うんだい? ジーニーが三つも戦略を実行してくれたら、ボクは心身ともに自然を感じることができ、幸せになれるんだよ。それなのに、なぜ三つの戦略を実行してもらうのがいけない?」
「なぜいけないのか、その質問に対する理由を明確に答えることは私にはできないんですけど、なんとなくそう思うんです」
「なんとなくそう思う?」
「はい。『その願いはやめたほうがいいな』って、直感的に思ったんです」
「ふーん。それじゃあ、ヤクシー。ジーニーにお願いする最後の内容は何にしたらいいと思う?」
「それは、私がお答えする質問ではないと思います」
「ヤクシー。それって、どういう意味?」
「最後のお願いの内容をどのようなものにするか・・・、それは、ご主人様が考えることで、私が決めるものではありません」
「教えてくれないんだね」
「はい。それはお答えできません。それでも、私に対する、ご主人様の三つ目の質問はこれで終了となります」
 ボクは口をポカンと開いてから、言った。
「それじゃあ、これでボクはもう君に質問できないっていうわけ?」
「はい」
そう言うと、ヤクシーはボクに向かって頭を下げた。すると、ヤクシーの周りに赤い煙が出て来て、ヤクシーを包み込んだ。やがて赤い煙は移動し始め、一本の線となり、指輪の中に吸い込まれていった。
「ヤクシー!」
 ボクは叫んだけど、ヤクシーから返事はなかった。
 ボクはフーッと息を吐いて、考えた、「ヤクシーはボクに言った、『最後のお願いを何にするか、それを決めるのはボク自身なのだ』と・・・。今すぐにジーニーを呼び出すのではなく、しばらくの間、ゆっくりとかんがえてみよう」って・・・
 ボクは魔法のランプと指輪を持ち、押し入れの中へしまった。

第七章 最後の願いの内容を決める

 八月の第一日曜日。
 ボクはこの一週間ずっと考え続けてきた、ジーニーへの最後のお願いを何にするかを。
 長い間、考えているうちにボクは亀田鶴吉さんのアドバイスをフッと思い出した。亀田さんはボクに言ったっけ、「願い事には気をつけろ。かなってしまうかもしれないから。というか、お前さんの場合、必ずかなってしまうから」と・・・
 ボクは考えた、「もしボクがジーニーに三つの戦略を実現してくれと頼んだら、どうなるだろうか」と。
ボクが三つ目のお願いをすれば、ジーニーは魔法の力でボクの願いを必ず実現してくれるだろう。そうなれば、ボクの人生の大きな目標が達成されるだろう。たとえ、ボクが何もしないでいても・・・。でも、そのようにしてボクの幸福が実現したら、それでボクは本当に幸せになれるのか? つまり、幸せになる努力をすることもないまま、他人のジーニーの力によって良い結果を迎えることができたとしても、ボクはそれで本当に「幸せ」や「心地良い自然」を感じることができるんだろうか?
 その時、ボクは思いついた、「自分の人生を幸福なものにできるのは、自分だけではないのか? 他者の力じゃなくて・・・」と。
ボクは今までジーニーやヤクシーに頼ってきたけれど、頼りになるのは最終的には自分だけではないのか? 本来、自分以外の人に自分を幸せにしてもらうというのは間違っているのではないか?
そうだ! ジーニーがいくら魔法の力を持つとはいえ、ボクが何もしないでいて、ボクが幸せを感じることなんてできないんだ。自分こそ自分の救済者なんだ。自分の救済者は自分しかいないのだ! 
ボクは覚悟を決めた、「ボクはボクの力でボク自身を救うんだ。三つ目のお願いはしない!」と。
その瞬間、ボクの体と心が深く静かに安らいでいった・・・

第八章 ランプと指輪を亀田鶴吉さんに返す

 八月の第二日曜日。
 今日は夜宮公園でフリーマーケットが行われる。ボクは魔法のランプと指輪をリュックの中に入れた。そして、リュックを背負って、夜宮公園に向かった。
 夜宮公園に行くと、二ヶ月前と同じようにたくさんの店が開かれていた。お天気が良く、多くの人たちがフリーマーケットを訪れていた。ボクは亀田鶴吉さんの姿を探して歩いた。
 しばらく歩いて、ボクは二ヶ月前と同じ場所で店を開いている亀田さんを見つけた。ボクは頭を下げて、言った。
「こんにちは。高比良です」
 亀田さんはボクを見て、ニコッと笑った。
「やあ! 久しぶり! 元気にしてた?」
「はい。元気にしていました。亀田さんはお元気ですか?」
 亀田さんは黙ったまま、空を見上げた。そして、ボクに視線を戻した。
「そうだな。ぼちぼちやってるよ。高比良君。今日はよく来てくれたね。ここに座ってよ」
 ボクがブルーシートに座ると、亀田さんはボクの目をのぞき込んだ。
「高比良君。あれから、魔法のランプと魔法の指輪はどうした?」
 ボクは語り始めた。ヤクシーを三度呼び出して、すでに三度の質問を終えたこと。それから、ジーニーを二度呼び出して、二度のお願いを終えたこと。そして、一つ目のお願いの内容と、二つ目のお願いの内容も・・・
 亀田さんは頭を上下に振って、何度も「うん、うん」とうなずいた。
 そして、ボクに向かって言った。
「高比良君。『ジーニーに対して三つ目のお願いをしていない』と言ったけど、それはなぜなんだい? 願いを絶対にかなえてもらえるチャンスだというのに、その権利を行使しないというのは、一体なぜなんだい?」
 ボクはちょっとの間、考えてから、言った。
「そうですね。一つは、自分の道は自分で切り開いていかなければ、『本当にボクが生きた』ということにならないと思ったんです。自他の心身にとってピッタリの状態を自らの手で探していかなければ、『ボクが生きた』という実感や達成感は得られないと、そう思ったんです。・・・そしてもう一つの理由は、『多くを望みすぎてはいけない』ということです。それはつまり『自分の欲望をコントロールする』ということですし、『足るを知る』ということですし、もっときちんと言えば、『思考作用を停止し、頭の中を空っぽにする』ということです。とにかく、ボク自身が行為しなければいけないし、ボクは多くを望みすぎてはいけないと決めたんです」
 亀田さんは目を閉じて、深呼吸を繰り返した。しばらくして、目を開き、ボクの目をジッと見つめた。
「そうか。わかったよ。自分が行動しなければ、自分の人生を変えることはできないと、思っているんだな」
「はい」
「それじゃあ、ランプはどうするつもりだい?」
「そうですね。考えてみましたが、ボクが持っていてもしょうがないので、亀田さんにお返ししようと思います」
 そう言ってから、ボクはリュックから魔法のランプと指輪を取りだした。そして、それらを亀田さんの前に差し出した。
 しかし、亀田さんは受け取らない。ボクは亀田さんの目を見た。亀田さんは眉間に皺を寄せて、何かを考えていた。ボクは息を飲んで待った。
 亀田さんが大きく息を吸い込んだ。
「高比良君。お願いがあるんだ。言ってもいいかい?」
「はい」
「もし君が本当に三つ目のお願いをしないというのなら、ワシの願いをジーニーにお願いしてほしいんだ」
 ボクはゴクンと唾を飲み込んだ。
「それは・・・一体、何ですか?」
 亀田さんは目を大きく開いた。
「ジーニーとヤクシーを自由にしてほしいんだ。どうか、願ってくれないか、『ジーニーをランプの中から解き放ち、そして、ヤクシーを指輪の中から自由にしてほしい』と」
 ボクは口をポカンと開いたまま、亀田さんを見つめた。亀田さんは叫んだ。
「ワシがランプと指輪を手に入れた時、三つの願いも三つの質問も、すべて自分の利益のことしか考えずに使ってしまった。そのことを、ワシは長い間ずっと後悔してきた。どうか、君の最後のお願いを『ジーニーとヤクシーを自由にしてほしい』にしてくれないだろうか。ワシは死ぬ前に、ジーニーとヤクシーを自由にしてあげたいんじゃ」
 ボクはゆっくりと息を吐き出した。そして、亀田さんに向かって言った。
「しばらく考える時間を下さい」
 そして、ボクは目を閉じ、深呼吸を繰り返した。その時、ボクは思った、「ジーニーとヤクシーのためになりたい。応援したい。ボクにできることは、させてもらいたい」と。
 僕は目を開けて、告げた。
「はい。喜んで」
「ありがとう」
 亀田さんが涙を流しながら、両手でボクの手を握りしめた。
 ボクはランプと指輪を持ったまま、言った。
「亀田さん。ここでジーニーを呼び出すことはできませんから、ボクは今から家に帰ってジーニーを呼び出して、最後のお願いをします」
「わかったよ。お願いするよ」
「ジーニーとヤクシーを自由にしたら、ボクはまたここに戻ってきます。そして、ランプと指輪を亀田さんにお返ししたいと思います」
 亀田さんは頭を左右に振った。
「いや。ワシはもうすぐ死ぬ。ワシがこれを持っていてもしょうがない。お前さんが持っておいてくれ」
「はい。でも、もうすぐジーニーとヤクシーを自由な世界の戻してあげますから、このランプと指輪の中には誰もいないんです。それでも、ボクはこれを保管しておいた方がいいのでしょうか?」
 亀田さんは右手の手の平でこめかみをゴシゴシとこすった。
「確かにジーニーとヤクシーが中に入っていないランプと指輪を持っていてもしょうがないかもしれない。でも、とにかく持っておいてほしい。そして、君が年老いて、『もうすぐお迎えが来るな』と思った時、ワシと同じようにしてもいいかもしれん」
「亀田さんと同じように?」
「うん。フリーマーケットでランプと指輪を並べて、誰かに譲るんだ」
「どうしてそう思われるんですか?」
「いや。特に理由はないけれど、なんとなくそう思うんだ。必ずフリーマーケットで売らないといけないということはない。とにかく、君と縁があった人に、ランプと指輪を渡していくのがいいという気がするんだ」
「そうですか。わかりました。それでは、ランプと指輪はボクがしばらく持っておくことにします」
「ありがとう」
 亀田さんは頭を下げ、右手をボクの胸の前に差し出した。ボクは顔を上げて、亀田さんの目を見た。亀田さんは頭をゆっくりと下げた。
「握手じゃ」
 ボクは右手を差し出し、亀田さんの右手を握った。暖かい手だった。
 亀田さんが言った。
「お別れだ。たぶん、もう二度と会うことはないだろう。ありがとう。君に会えて、良かったよ」
 涙が次から次に出て来た。全身がブルブルと震え始め、止めることができなかった。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「行動の結果など考えずに、今、行動するんだ。今この瞬間、自分がやるべきことをやるんだ。頭の中を空っぽにして・・・」
「はい」
「それじゃあ、ワシは先に行ってるから」
 亀田さんはそう言うと、右手を上げて、左右に振った。
 ボクはその場から立ち去った。そして、ボクはランプと指輪を持って、アパートへ向かって歩き始めた。
 ボクはアパートに帰って、自分の部屋に入った。そして、リュックからランプと指輪を取りだした。そして、ゆっくりとランプをこすった。すると、黒い煙がランプの注ぎ口から現れた。やがて、煙は薄れていき、ジーニーが現れた。ジーニーはニコニコと微笑みながら言った。
「ご主人様。お久さ誌ぶりでございます。ご機嫌、いかがでしょうか?」
 ボクも笑って、答えた。
「ああ、元気にしているよ」
「今日、ご主人様が私を呼びだされたのは、
一体どのようなご用件のためでしょうか? 最後のお願いをどうぞ何なりとお申し付けください」
 ボクはコホンと咳をしてから、言った。
「最後のお願いはね・・・」
「最後のお願いは・・・?」
 ジーニーが唾をゴクンと飲み込む音が聞こえた。ボクは口を開いた。
「最後のお願いは、『ジーニーとヤクシーを自由にしてもらいたい』ということだよ」
 ジーニーは目玉が飛び出してしまいそうになるくらい大きく目を開いた。その目から涙が流れ出してきた。口を開いて、上下にパクパクと動かしているが、声が出て来ないでいた。
 ボクはゆっくりと言った。
「わかったかい? ジーニー。君はランプの中に長い間、閉じ込められていたけれど、これからは自由だ。ランプから解放されて、どこへでも自分の好きなところへ行けるんだ。それから、ヤクシーも自由にしてあげてほしいんだ。ヤクシーも長い間、指輪の中に閉じ込められていたけれど、彼女を指輪の中から解き放ってほしいんだ」
「本当ですか、ご主人様?」
「ああ、本当だよ」
「ご主人様。ありがとうございます! うれしいです。本当に本当にありがとうございます」
 ジーニーは「ヤッホー!」と大声を上げながら、部屋の中を飛び回って、喜びを爆発させた。
 ジーニーはひとしきり飛び回ったあと、畳に座り込んだ。そして、ボクを見て、頭を下げた。
「それでは、ご主人様の三つ目の願いを実現させていただきます。では、行きます。チチン・プイ・プイー! ジーニーよ。お前は魔法のランプの中から自由になれ! チチン・プイ・プイー! ヤクシーよ。お前は魔法の指輪の中から自由になれ!」
 ジーニーが大声でそう告げると、指輪の中から赤い煙が現れ、やがてヤクシーが姿を見せた。
 ヤクシーはボクを見るなり、頭を下げた。ボクはヤクシーに向かって告げた。
「ヤクシー。指輪の中で聞こえたかい? 君は今日から自由の身だ。もう、指輪の中に閉じ込められなくていいんだ」
「ヤッホー!」
ヤクシーは大声で叫びながら、部屋の中を踊りまわった。それを見たジーニーはヤクシーの手を取って、二人で部屋の中をグルグルと回り始めた。そして、叫び始めた。
「やったー。私達、自由の身なのよ!」
「そうだ。これから僕達、永遠に自由だ!」
しばらくしてから、二人は踊るのをやめて、立ち止まって、ボクを見た。ジーニーが頭を下げて、言った。
「それでは、僕達、これから自由に活動させていただきます」
 ヤクシーもニコニコしながら、頭を下げた。
「ご主人様。この度は、私どもを自由にしていただき、ありがとうございました。それでは今から私は指輪の外で自由に生きていきます。」
 ジーニーとヤクシーは並んで、ボクに向かて頭を深く下げた。そして、二人はボクの部屋から出て、アパートの玄関に向かった。
 二人は玄関口に立ち、ボクの方へ向き直った。ジーニーがニコニコしながら言った。
「ご主人様、ありがとうございした。ご主人様の御恩は一生、忘れません。では、これから自由に暮らしてまいります。お元気で!」
 ヤクシーも笑顔満面で言った。
「ご主人様。私たちを自由にしていただいて、本当にありがとうございました。それでは、私達、旅立ちます。お元気で!」
 目から涙が溢れ出て来た。右手で涙を拭いて、ボクは言った。
「それじゃあ、元気でね! さようなら!」
「さようなら! さようなら!」
「さようなら。ありがとう! 元気でね~」
 二人がそう言って、頭を下げ、玄関から外へ出ていった。
 ボクはフーッと大きく息を吐き出して、自分の部屋に戻った。ボクは倒れるように畳の上に座り込んだ。涙が勝手に出て来て、しょうがなかった。声が勝手に口から出て来て、ボクは泣きやむことができなかった。

第九章 ボクは空を飛ぶ

 八月の第三日曜日。
 ボクは自分の部屋で英語の問題集を解いていた。
「コン、コン」
 玄関を叩く音がした。ボクは玄関ドアの所まで行った。
「どなたですか?」
返事がない。ボクは玄関ドアのノブを回して、ドアを開いた。その瞬間、心臓がブルブルッと痙攣してから、凍結した。息を飲み込んで、口を開けたまま、声が出なかった。目の前にジーニーとヤクシーが立っていた。
 ジーニーが窓を言った。
「ご無沙汰しています、ご主人様。元気にされていましたか?」
 ボクは唾をゴクンと飲み込んだ。
「ど・・・どうして?」
 ジーニーが言った。
「中へ入ってよろしいですか?」
「うん。どうぞ。誰もいないから」
 ボクは二人に家にあがってもらい、ボクの部屋まで案内した。
 二人は畳に座った。ボクは言った。
「今日は一体どうしてボクの家の来たの?」
ジーニーは言った。
「はい。時々、ランプの中にもどって、ゆったりと休みたいと思ったんです。それに、ご主人様に久しぶりにお会いしたいと思いました」
 ヤクシーがうなずきながら言った。
「私もそうでございます。時々、指輪の中にもどって、ぐっすりと眠りたいと思いました」
「そ・・・そ・・・、それじゃあ・・・」
 ヤクシーが言った。
「そうでございます! 私達、ご主人様とこれかも一緒でございます」
 ジーニーが右眼を閉じて、ウィンクした。
「私達、ご主人様が三つの戦略を実行していくのを見守らせていただきます」
「ありがとう。でも、どうして? 君達、ランプの中や指輪の中は窮屈でイヤだろう? 自由になりたかったんだろう?」
 ジーニーが言った。
「確かにランプの中は狭くてイヤでございますが、でも、時にはそこがいいのでございます。なぜなら、落ち着いてゆっくり休めますから。それに、私達、今はもう自由の身です。自由を満喫したいと思う時は、勝手にランプの外へ飛び出させていただきます」
 ヤクシーがうなずいた。
「私とジーニーは時々、外の世界へ飛び出して、自由を満喫する旅に出ますから。ジーニーが私を世界中に連れて行ってくれるんです」
 ボクは目を丸くして、尋ねた。
「でも、どうやって?」
 ヤクシーが頭を下げた。
「ご主人様。どうぞ、ジーニーをご覧ください」
 ジーニーはボクに頭を下げた。そして、部屋の窓を開いて、右手を大きく回し、空を指差し、大声で叫んだ。
「ルーラー、ルーラー、ここまで飛んで来い」
 ジーニーは右腕を高く掲げ、東の空を指差していた。そして、指差した先の空を見つめていた。すると、そこに小さな影が見えた。何かが飛んでいる。そして、こちらに向かってくる。
 ボクの心臓がドクンドクンと音を立て、波打った。
「ジーニー。あれは何? 鳥なのかい?」
 ジーニーはボクを見て、白い歯を見せてニヤッと笑った。
「お待ちください」
 小さな黒い鳥に見えたものがこちらにものすごいスピードで近づいてくる。そして、それはアッという間にボクの目の前に舞い降りた。それは、絨毯だった。緑色の生地に金色の横糸が入っていた。
 ボクは口をポカンと開けたまま、ジーニーを見た。
「ジーニー。これって、まさか・・・」
ジーニーが頭をチョコンと下げた。
「ご主人様。魔法の絨毯です」
 そう言うと、ジーニーとヤクシーは窓から飛び出し、魔法の絨毯の上に飛び乗った。
 ジーニーは絨毯の上に立ったまま、言った。
「それでは、ご主人様、出発致します」
 ボクは息を飲み、ジーニーとヤクシーに手を振って、言った。
「あ! はい。行ってらっしゃい」
 ジーニーは笑った。そして、右手の手の平をボクの胸の前に差し出した。
「ご主人様。ご一緒に!」
「ジーニー。一緒に乗っていいのかい?」
「もちろんですとも!」
 ボクは右手でジーニーの右手を握った。ジーニーが右手を引き、ボクを絨毯の上に引っ張り上げてくれた。
 ジーニーが叫んだ。
「それでは、出発!」
 ボクたちを乗せた絨毯は空高く舞い上がった。そして、恐ろしいスピードで南の空に向けて飛び始めた。






 

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