ファンづくりのCRMとは?ロイヤルティマネジメントの重要性
筆者は2000年にCRM系の業務コンサルタントになり、数多くのコンサルティングを実施し、米国発の数多くの新しい考え方やフレームワークに触れてきました。2012年にISラボ設立後は、顧客の心理ロイヤルティを構造化し、アンケートから定量化し施策につなげていく方法論を用いて、クライアント企業を支援しています。
ここでは、「購買者づくり」と「ファンづくり」の違いをCRMの情報やCRM情報を使った施策の視点で整理して解説し、ファンづくりのためのあるべきCRMを考えます。
2005年当時に定義したCRMとその後生じた疑問
CRMという言葉は1990年後半から登場し、企業と顧客との関係性を強化し収益を向上させる経営手法として注目されました。ITベンダーからはCRMソリューション商品が数多く登場しました。筆者は、1995年頃からITベンダーにおいて顧客管理ソフトウェアやコンタクトセンター関連の商品のマーケティング業務を担当し、米国の最新の考え方やソリューション商品に大いに刺激を受けたことを覚えています。
2005年当時に定義したCRM
筆者はその後、前述したとおり2000年にCRM系の業務コンサルタントになり、数多くのコンサルティングを実施してきました。そんな経験を踏まえて、2005年当時に自分なりのCRMの定義をしました。
CRM戦略とは、商品の優位性ではなく顧客とのコミュニケーション力の優位性によって商品を買い続けていただく戦略。(出典:営業変革 しくみを変えるとこんなに売れる 2005.11 渡部弘毅 著 メディアセレクト)
そして、CRMプロセスは、マーケティング、セールス、サポートと分かれ、それぞれの業務でお客様とのコミュニケーション力を強化させることが具体的施策でした。
筆者は、各々の業務改革や施策に対するコンサルティングを実施していました。たとえば、営業力強化のためのセールスセンターの構築(今の言葉で言うとインサイドセールス)や、コールセンターによるお客様サポート力の強化、といった業務がそれにあたります。
CRMは元々、お客様との長期的な関係維持が根底にあるため、ファンづくりやLTV(Life Time Value)向上という考え方になじみが深く、筆者もLTVやロイヤルティ向上を支援するコンサルティング業務であると考えていました。
2010年頃から出てきたCRMの定義への疑問
しかしながら、2010年頃からその考え方に対して以下の疑問を持つようになってきたのです。
l CRM業務、とりわけ、マーケティングとセールス業務では結局は「売らんかな」のための業務であって、ファンづくりの業務ではないのでは?
l デジタルマーケティングも、デジタル技術を使って購買意欲の高そうな顧客を効率よく見つけて、湯水のように情報を発信する「売らんかな」のための施策であって、ファンづくりの施策ではないのでは?
すなわち、CRM、とりわけマーケティング&セールス業務では「購買者づくり」という視点でのお客様との関係づくりは視野に入っているが「ファンづくり」の視点での関係づくりは、あまり考慮されていないように思えてきたのです。
こうした疑問に対して、世の中の先進的な事例を調べ、マーケティングの神様であるフィリップコトラーの最新の書籍を読み、そして自身のコンサルティング経験を踏まえて、今ではある程度の納得した解答を導きだしました。
ファンづくりのCRM お客さまを知るための情報
CRMの基本はお客様の情報をデータとして格納することです。一般的にはCRMに蓄積される顧客情報は以下に整理されます。
① 顧客プロファイル情報
お客様の基本属性です。マーケティング的に言うと顧客セグメント情報です。さらに以下のように詳細 に分類できます。
l 住所、勤務地、気候などで分類されるジオグラフィック情報
l 性別、年齢、年収、職業、家族構成なので分類されるデモグラフィック情報
l ライフスタイル、パーソナリティ、購買行動タイプ等で分類されるサイコグラフィック情報
② 顧客取引(購買)情報
お客様と企業との取引情報です。小売であれば、いつ何を購入したかの購買履歴となります。
③ 顧客行動情報
お客様が企業との関係行動をした履歴です。小売りであれば、いつどの店舗に入店した、試着をした、キャンペーンに参加した、インスタグラムやECサイトのどのコンテンツにアクセスした、コールセンターに電話をして問合せをした、といった行動履歴情報です。SFA的な視点では商談情報もこれにあたります。CRMはコミュニケーション戦略だと定義しているからには、関係行動、すなわち企業とのコミュニケーション履歴情報を蓄積することは重要です。
一般的には上記3つの顧客情報を活用しながら、お客様とのコミュニケーション戦略・施策を実行して商品を買い続けていただくことが、CRM戦略の基本的考えになります。
しかしながら、この3つの情報だけでは、購買者づくりの施策にはつながりますが、ファンづくりの施策にはつながりません。
ファンとは、購買金額の大小では決まりません。購買金額が多いお客様がファンだと定義するのは極めて企業目線です。購入金額や機会が少なくても、毎日ブランドサイトや公式インスタグラムを楽しみに見ている熱烈なファンはいますし、購入金額が多いのは単に可処分所得が多くて、他のブランドも含めて購入量が多いだけで、ブランに対して愛着を持っていないお客様もいるはずです。
つまり、ファンの度合いはお客様の気持ちで測る必要があります。
もちろんお客様の愛着度合いも高めて、長い目でみて購買量も増えていくことがファンづくりのマネジメントでは重要になってきます。
このようにファンづくりのマネジメントに必要な顧客情報を考えた場合、上記3つの情報に加えて、以下が必要になってきます。
④ 顧客体験情報
顧客行動と顧客体験は違います。「行動」とはお客様が企業に対して行った関係行動の事実です。これに対し、「体験」とは、行動をしている過程や結果に対してお客様の気持ちが入ったものです。たとえば、「試着をした」というのは事実で「行動」ですが、「試着室が狭くて嫌だった」「放置されて嫌だった」「最適なコーディネート提案があり嬉しかった」というのは「体験」になります。つまり試着におけるネガティブ体験やポジティブ体験、あるいは試着に対する満足度が体験情報になります。
昨今、カスタマーエクスペリエンス(CX)施策が重要だ、という話題が良く聞かれますが、この体験の質を向上させようという施策です。
⑤ 顧客心理情報
お客様がブランドや商品に対する愛着度合いに関する情報です。ファンの度合いはお客様の気持ちで測る必要があるため、ファンづくりのマネジメントにおいては、お客様ごとにファンの度合いの情報を蓄積する必要があります。
①~③の情報はデジタル化されて定量化しやすい一方で、④、⑤はお客様の気持ちが入っているため、把握して定量化しにくいという特性があります。したがって、ファンづくりにはお客様の気持ちが重要だと分かっていながら、マネジメントの視点では購買者づくりのための情報のみでマネジメントをしてしまい、結局ファンづくりというのは精神論だけに終わってしまう企業は少なくありません。
また、CRMベンダー側も、うたい文句としては顧客志向やCX向上、ファンづくりのためのCRMと言っておきながら、情報格納の仕様では、企業目線の購買者づくりのための情報の器しか持ち合わせていないシステムも多くあります。
ファンづくりのCRM 情報を活用した施策
格納する顧客情報の視点をファンづくり、すなわち顧客ロイヤルティ向上という視点から整理すると顧客ロイヤルティは3つに分類することができます。
① 経済ロイヤルティ向上
取引金額を向上させること、購買者づくりのCRMの目的になります。ただし、経済ロイヤルティが高い、すなわち企業収益にとってありがたいお客様がファンだと決めるのは極めて企業目線です。
② 心理ロイヤルティ向上
お客様のブランドや商品に対する愛着度合いを高めること。お客様視点でのロイヤルティの定義であり、ファンづくりCRMの目的になります。
③ 行動ロイヤルティ向上
経済および心理ロイヤルティ向上のための具体的施策の焦点になり、2つの施策に分類されます。
◆ 顧客行動誘導型施策
行動ロイヤルティの量的視点である顧客行動の向上を狙います。行動頻度を増やして体験の機会を増やすような施策です。ロイヤルティプログラムやキャンペーン、セール、ポイント倍付施策等がこれにあたりますが、従来の施策では経済的価値をエサに経済ロイヤルティ向上には寄与できましたが、心理ロイヤルティ向上はあまり考慮されていませんでした。
◆ 顧客体験向上型施策
行動ロイヤルティの質的視点である顧客体験(CX)の向上を狙います。顧客体験の質を高めて満足度向上を図る施策です。ただ、従来の満足度向上活動は、精神論に走りがちで、経済ロイヤルティ向上への道筋が見えづらいという課題がありました。
ファンづくりのCRMでは、お客様の経済、行動の購買者づくりのための情報に加えて、体験、心理といったファンづくりの情報を統合的にマネジメントして、購買者づくり、ファンづくり双方にシナジーが出るマネジメントを支える仕組みである必要があります。
3つのロイヤルティがバランスよく向上していくことが、企業のサステナブルな成長が期待できます。CRMは購買者づくりのCRMからファンづくりのCRMへと進化するのです。
CRMの定義をUpdate
2005年からの今までの知見を整理して、20年ぶりに再度CRMの定義をUpdateしました。
CRM戦略とは、顧客接点でのカスタマーエクスペリエンスの優位性によって、ブランドや商品に対し、信頼や愛着を持って末永く関係行動し続けたいと思う気持ちを高める戦略。
今は腹落ちした定義ですが、世の中の状況に合わせてUpdateしていくことが重要です。また20年後に振り返って再定義したいと思います。ただ、その時は、80歳を超えてるのであの世でのワークになるかもしれませんし、CRMという用語も陳腐化して使われていないかも。