<博物館に初もうで>東京国立博物館常設展(2)カワイイ小動物はなぜかわいい? 模写して考えた
(長文になります)
はじめに
東京国立博物館本館の常設展のよいところは、どの時期に訪問しても、縄文時代から近代まで年代順に質の良い作品を見ることができることです。
絵画に絞ると、本館2階の2室「国宝室」の絵画作品、3室「宮廷の美術ー平安時代~室町時代」「禅と水墨画ー鎌倉~室町」の絵巻物や水墨画、7室「屏風と襖絵ー安土桃山・江戸」、8室「書画の展開ー安土桃山~江戸」の水墨画、琳派、南画を含む多様な絵画群を見ることが出来ます。
さらに、一階のジャンル別展示室では、浮世絵から戦前の日本画、洋画まで数多くの作品が展示され、2階の展示を併せると、たっぷりと日本の絵画を味わうことが出来ます。
一方「線スケッチ」の立場で見ると、日本の絵画はどれも筆による線スケッチのお手本とも言えます。
さて前回は、昨年正月に国宝室に展示された《松林図屏風》を取り上げ記事にしました。
今回は、「線スケッチ」の練習という観点から作品を見ることにします。
「カワイイ」小動物を模写する
今回の常設展訪問で「線スケッチ」教室の練習に役立つものは無いかと作品を見ていたところ、いくつか可愛らしい小動物に眼が止まりました。
絵画の中の動物は、虎のような大きな動物も含め、数多く見つかりますが、かわいい姿となるとそれほど多くはみつかりません。
それでも、日本美術史の中でも代表的な画家が描いた例をいくつか見つけることが出来たので、以下1)作品の紹介、2)カワイイ小動物の模写の結果、3)なぜかわいく見えるのかについて紹介していきます。
曽我蕭白《松鶴人物図屏風》左隻の亀
最初に曽我蕭白《松鶴人物図屏風》左隻の中に見つけた亀を紹介します。
ここには示しませんが、右隻に描かれた人物像の人物や岩は、奇想の画家、曽我蕭白らしい激しい筆遣いと癖のある表情の人物描写です。
それに比べると、図1の左隻は全体に大人しい描写です。しかし中央に陣取る太い幹の松に、大きく幹の内部の白い肌が大きく現れているのは蕭白らしい表現を感じます。
さて、左隻の右下に、親亀と子亀を見つけました。するどく力強い描線が気に入り模写することにしました(図3および図4)。
サインペンでは、筆のような表情豊かな肥痩の線は表現できませんが、それでも蕭白の思い切りのよい、すがすがしい線を味わいながら模写することが出来ました。
俵屋宗達《禽獣梅竹図》の中の兎
俵屋宗達の水墨画《禽獣梅竹図》の掛軸4幅(図5)の中に、兎の絵がありました。はたしてかわいいと言えるのかどうか微妙ですが、模写してみました。
曽我蕭白の亀と同様、俵屋宗達の筆の動きはよどみがありません。ただ、輪郭線の継ぎ目を間隔をあけて描いているので、曽我蕭白の水墨画に比べて「ゆるさ」を感じます。
模写しているうちに、2021年に府中市美術館で開催された「開館20周年記念 動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり」展で見た俵屋宗達の子犬を思い出しました(図8)。
この子犬の場合、輪郭線を用いず、俵屋宗達が始めた「たらし込み」の技法が使われているので輪郭線は前足と耳の白線以外は見えませんが、「宗達らしい動物」描写という点で両者から受ける印象は同じです。
酒井抱一《扇面雑画 蝶と猫》の中の猫
図9に今回模写した猫の原図である酒井抱一《扇面雑画 蝶と猫》の全図と拡大した猫(部分)を示します。
参考までに、《蝶と猫》と一緒に今回展示されていた残り3面の扇面雑画を図10に示します。
酒井抱一の《全面雑画》は、全部で60面もあり、今回はその中からお正月にふさわしいものを選んだようです(もっとも、蝶と猫の組み合わせがお正月にふさわしいかどうかわかりませんが)
《白梅図》、《蓬莱山》共に正統の琳派らしく「たらし込み」技法で描かれています。
なお展示されているのは60面のうち、4点ですから、記憶がはっきりしませんが、それ以外の扇面もこれまで何かの折に展示されていたような気がします。
さて、カワイイ動物の代表格、猫の部分を模写しました(図11)。
人間も含めて動物一般の線描に共通するのは、かなり注意して描いても顔の大きさがほぼ間違いなく胴体に比して大きくなることです。極端に言えば、丁度漫画のキャラクターのようになってしまうのです。
その理由は、人間の眼は特に顔に対してよほど注意を払う様になっているのでしょう。おそらく、カメラとは違い、網膜に移った像は脳内に伝わる中で強調され拡大されて見えているに違いないのです。その際注意したいのは、焦点も顔に集中し、周りはボケて見えているはずです。
ですからペンで描き始める際、脳は見えた様に描くよう手に命令し、その結果大きくなってしまうのです。
図11で描いた猫は2回目の結果です。顔が大きくならないように描いても大体は1,1倍程度大きくなってしまいます。図11では、かなり強い意志を持って小さく描きました。
次に思う様に描けないのは、猫特有の丸い背中です。猫背と云われるように猫の背が丸いことは見えているのですが、なぜか意識してもフラット気味になってしまうのです。
酒井抱一の描線を見ると、まるで禅僧が円相を一筆で描くように、首の後ろから、尻尾の部分まで一気にのびやかな線で描かれていることが見て取れます。後ろ足の膝小僧から足先(尻尾に隠れて見えない)までの線もが気持ちよい。しかしスムーズに描くのは難しいのです。
鈴木春信《水仙花》の中の猫
木版多色摺りの錦絵を始めた鈴木春信の浮世絵版画です。18世紀の炬燵が同じ形で現代まで続いているのが驚きです。ただ、現代なら上に天板があるはずですが、それが無いので布団の上で茶色のキジトラ縞模様の猫が心地よく眠っています。
この絵に描かれた主題の二人の人物は一見どちらも女性のように見えますが、実は左の人物は若い男性です。右の女性が、男性の足を炬燵から引っ張り出して、足の裏をくすぐっている様子を描いているのだそうです(解説による)
酒井抱一の猫とは異なり、毛並みを示すために実線ではなく細切れの短い線を使って輪郭を表しています。模写する場合は少し面倒ですが、鈴木春信と同じ方法で輪郭を描いてみました(図13)。
酒井抱一の猫よりも長く太い尻尾がお尻から胴体の上部まで回り込んでいます。注目したいのは、縞模様の形状です。首から背中の筋肉の形状に沿って縞模様が描かれ、まるまった背中の模様も丸い背中を表すように描かれています。もちろん、尻尾の縞模様も尻尾が丸く見えるように描かれています。これらの縞模様の描き方から、鈴木春信が猫の体の立体構造を正確に観察していたことが分かります。なお、酒井抱一の時にはなかった髭が描かれています。
歌川広重《冬椿に雀》の中の正面向きの雀
歌川広重というと風景画を思い浮かべますが、葛飾北斎と同じく花鳥画も多く描いています。この作品もその一つです。
雪をかぶった椿の花の下を2羽の雀が飛んでいる姿を描いていますが、一羽の雀が正面を向いて私たち鑑賞者に顔を向けています。
すべてを見た訳ではないのですが、花鳥画の鳥が正面を向いて飛んでいる姿はほとんどいないのではないでしょうか。広重が意識的に描いているに違いありません。
ただ唯一私が思い出すのは、2年前の東京国立博物館で開催された「やまと絵展」で見た雪舟の《四季花鳥図屏風》です。その左隻に白鷺が飛んでおり、顔を真正面に向けているのがとても印象的だったのを覚えています。
そのときの第一印象を次のように書きました。
お堅い絵師と思っていた雪舟の意外な面を見た気がしたのです(下記記事をご覧ください)。
もしかすると、歌川広重はこの雪舟の《四季花鳥図屏風》を見て正面向きの雀を描いたのかもしれません。
さいごに
以上、東京国立博物館本館の常設展の展示作品からカワイイ小動物を選び、模写を通じて「なぜかわいいのか」を考えてみました。
昨今、海外での日本のポップカルチャーの人気の源泉の一つが「カワイイ」文化にあると言われているにも関わらず、私は「カワイイ」とは何かについては特に考えてきませんでした。
そこで、分からないときはグーグル頼みということで、「なぜかわいいと感じるのか」と検索したところ、私が使用しているブラウザー、グーグル・クロームの検索結果の第一番目には、「☆AI による概要」というタイトルが現れて、次に文章が続きます。
いつのころからか、検索するたびにこのタイトルが現れ「うっとおしいなあ」と思いつつその下に続く文章を読んだことがありませんでした。おそらく数年前に「CHATGPT」なるものが流行り出して、ちょっとうさんくさいぞとAIに警戒心を持ったせいだと思います。
しかし、今回は気が変わり読んでみました。内容は以下の通りです。
読んだ印象は、「やけに要領のよい説明結果だなぁ」です。既知の膨大な情報のエッセンスを瞬時に出してきたという感じです。はたして漏れがあるのか、あるいは逆に誤った情報が入っているのか直ちには検証できないのですが・・。
一方では、これは使えるかもという気持ちが芽生えたのも事実です。
例えば、今回の例で言えば、小動物の可愛さの原因は、ほぼ<見た目の特徴>の中に集約されています。しかし、今後の絵造りでは<認知的評価>や<社会的関係性>も利用できるのではないかと思うのです。
実際、東京国立博物館の日本庭園内にある「応挙館」には円山応挙の子犬を描いた杉戸があるそうです(まだ実見していません。別の所に収蔵してあるかもしれません)(図17)。
子犬が無邪気に群れ遊ぶ姿を描いたもので、まさにこれは<認知的評価>が原因の可愛さでしょう。
三つ目の<社会的関係性>による可愛い絵造りも可能だと思います。今後、絵画鑑賞も含め、このような観点で見ていきたいと思います。
(おしまい)
前回の記事は下記をご覧ください。