「村上隆もののけ京都」展(5):(続き)村上現代ARTの原点を見た、「DOB君」「髑髏」「ズザザザザザ」「727」
(長文になります)
本記事は前回の記事(4)の、個別の展示作品の紹介・感想の章「日本美術との比較で村上”現代ART”作品を考える」の続きになります。
村上現代ARTの原点を見た
前回の記事で紹介した真っ暗闇の「四神と六角螺旋堂」、第2室を出ると、明るい部屋の目の前に、これまで雑誌などで目にしてきた、フィギュア彫刻作品が現れ、さらにスーパーフラットに基ずく典型的な村上現代アート作品が続きます。
以下、フィギュア彫刻群ではなく、絵画に的を絞り、まったく予備知識なく見たこれらの作品を見た感想を示します。
以上述べた感想を具体的な画像を示して補足します。
まず、DOB君の絵についてです。
図48に示すように、一見巨大な漫画のキャラクターにしかみえませんが、図49に示すように、近寄ると目の虹彩や顔のベージュ部分、頭部の青い部分は、微妙な色合いの細かい模様によって複雑な質感を呈しており、高度な彩色技術を駆使していることが漫画との大きな違いです。
次に、二つの抽象絵画風の作品を示します。
最初に図50の絵を見た時に、まったく理解不能でした。なぜなら、DOB君の絵や、フィギュア彫刻とはまったく趣が違うからです。
図50の絵で言えば最初は青色の色面しか見えませんでした。それが、真ん中の小さな図像は何だろうと近寄ると、小さな小さなDOB君がいるではありませんか。
しばらく考え込みました。すると私の脳裏にマーク・ロスコやゲルハルト・リヒターの均質に色面が塗られた抽象絵画が浮かんできたのです。もし、DOB君が大きく描かれていたならば、そうは思わなかったでしょう。明らかに小さく描いたのは村上氏の意図です。西欧絵画の文脈の上に、日本のオタク文化のDOB君を重ね合わせることで、欧米の現代アート関係者に対してアピールしているように思いました。
実際、図51の絵でも、多色ストライプの均一のストライプ色面の抽象絵画にまたしても小さなDOB君と劇画で出現する波しぶき(?)の表現が重ねあわされていることがすぐに分かりました。
さて、次はかなり大きな作品です。
この作品は、京セラ美術館の広い部屋の床から、天井近くまでの背丈がある巨大な作品です。無数のドクロが画面上にひしめき、重なり合いして画面を埋め尽くしています。
ですから、最初は個々のドクロは見えるのですが、全体を見つめているとむしろ一粒の絵の具の滴のようにも見え、遠くから見ていると、アクションペインティングで描かれたジャクソン・ポロックの抽象絵画のように思えてきます。もしポロックの絵が好きな方ならば、それだけでも楽しめると思います。
ところが、画面近くに顔を寄せると、まったく異なる様相を見せます。絵の具の滴と思われたのは、ドクロでありしかも眼窩や頭蓋骨は単純な彩色ではなく複雑な柄模様と質感を持っています。丁度、陶磁器、七宝の釉薬や漆芸の蒔絵に近い感覚です。さらにドクロは西欧絵画の「メメント・モリ」で写実的に描かれる恐ろしい頭蓋骨ではなく、現代日本が生み出したゆるキャラのそれになっています。
もう一度後ろに下がり全体を見渡すと、ポロック風に見えた最初の印象と異なり、個々のドクロの配置が偶然性によるものではなく、ある種の構造を持っていることが分かってきます。
その一つは画面の中央にあるドクロ群のサイズが大きく、周辺部のドクロが小さくなっていることと、二つ目は、暖色系の赤のドクロが全体の地として目に入りその中に、漆黒のドクロが画面全体にちりばめられている配色の構造です。赤地に黒の配色は基本的に和の伝統的な組み合わせと私に思えるのですがどうでしょうか。そして赤と黒のメイン構造を補完するように白いドクロと青いドクロが埋めています。
以上から作者はドクロの位置と配色を、ポロック流のアクションペインティングでは必然的に伴う「偶然性」の要素を排除し、事前に全画面を「設計」していると思わざるを得ません。
アニメキャラと日本の伝統絵画の組み合わせ作品
上で紹介した作品は、西欧絵画の文脈と日本の漫画、アニメを組み合わせた作品と言ってよいと思いますが、もう一つ漫画・アニメと日本の伝統絵画の造形との組み合わせた初期の作品も展示されていました。
それは《727》シリーズと題されているもので、全体写真を撮り忘れたので図56に、雲とキャラクターの部分を拡大撮影した3枚を合成した写真を示します。
図55に全体イメージと村上氏本人の説明文が載った作品を示します。この図から、全体像をご想像ください。
説明文によれば、《727》という数字は新幹線の車窓から見える化粧品会社の社名が載った広告看板から採った題名で、ボーイング727を連想し、アメリカへの日本人のコンプレックスが見えた気がしたと思い、
と絵画制作の動機を語り、さらに狙いを次のように解説します。
村上氏は、敗戦による米国に対するコンプレックスを取り上げていますが、もとをただせば、明治維新に遡って西欧文明および西欧文化コンプレックスの問題です。
絵画に絞れば、ルネサンス以降の西欧絵画の歴史の根っこのある思想、ルールを身に着ける暇もなく、(否、身につけられないという方が正しいかも)、不幸なことに近代西洋絵画の目まぐるしい様式の変化を流行として取り入れるのが精いっぱいで、それは現代アートまで状況は変わっていなかったといえるでしょう。
そこに、村上氏は解説文で言うように「アメリカへのコンプレックスを1度呑み下し、咀嚼して吐き出して、払拭せねばならず、捻じれた表現方法を選択」したというわけです。
その表現方法とは、「信貴山縁起絵巻」の雲と村上創案キャラクターDOB君とのコンビネーションで、結論を言えばこの作品は好評を博し、現在NYのMOMAに収蔵されているとのことです。
なお、全体画像が得られないかと検索したところ、この727シリーズの別作品が、2023年に日本の国立国際美術館に収蔵されたとのプレス・リリースが見つかりました。
https://www.nmao.go.jp/wp-content/uploads/2023/04/syuzou-press_20230428.pdf
村上氏に言わせれば、国内でさんざん叩かれたのが、20年近く経って、ようやく国に認められたということになります(《727》の第一号が制作されたのは2006年ということを確認しました)。
とはいえ、あの印象派の作品ですら、価値を認めた(絵画として購入した)国は、自国フランスではなくアメリカであり、前回記事にしたアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックの作品もフランス政府は引き取りを拒否し、死語紆余曲折の末、ロートレック美術館設立の際に、ようやく大臣が挨拶をしたことでお茶を濁した経緯があったことを知りました。
どうやら、どの国も自分の国の作家(革新的な)を評価するのは苦手のようです。
さて、《727》シリーズで開眼した村上氏は、その後この方向性で仕事を進めます。それが、2012年の《五百羅漢図》であり、今回の京セラ美術館の個展での新作になります。
以下、アニメキャラと日本の伝統絵画の組み合わせ個々の作品を紹介します(個別感想は省略します)。
《風神・雷神図》
私が訪問した後、新しい風神雷神図が出展されたようです。上図はその前の展示作品です。
《ライオンと村上隆》
《雲竜赤変図《辻惟雄 先生「あなた、たまには自分で描いたらどうなの?」と嫌味を言われて腹が立って自分で描いたバージョン》》
曽我蕭白の作品の村上ヴァージョンです。率直に言うと、曽我蕭白の《雲竜図》の方が私はよいと思います。
《早来迎》と組み合わせた作品
《早来迎図》(図63)と組み合わせた作品です。上の作品では、隅々まで画家の意図が行き渡った村上流の現代アート作品に生まれ変わっていると思います。
以上、旧作も新作も含めて、今回出品された作品を紹介しました。次回は、さらに新しいコンセプトによる作品群の部屋に入ります。
前回の記事は下記をご覧ください。