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【日記と随筆と妄想の三つ巴合戦 -- 書評『にょっ記』】
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タイトル: #にょっ記
著者: #穂村弘
書籍: #文庫
ジャンル: #エッセイ
初版年: #2009年
出版国: #日本
出版社: #文藝春秋
全巻数: #1巻
続刊予定: #未完
全頁数: #179ページ
評価:★★★★★
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【あらすじ】
現代短歌の著名な歌人で自虐エッセイの名手、穂村弘。そんな想像と妄想のスペシャリストである穂村氏がもしも日記をつけ始めたら、周りの日常は、私たちの社会は、どのように見えてくるのか。今亡きフジマトマサルのキュートで毒のある挿絵(1コマ漫画)も見逃せない!
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【感想的な雑文】
これまで自分が読んできたエッセイ本のなかでも、かなりのヒット率を誇る初老の脱サラ作家、穂村弘が(お得意な妄想混じりの)日記をつけたと聞き、「何かSNS執筆の参考になれば」と読んでみた。
最初は日記の技法を盗むつもりが、タイトル上の日付が進む毎に、当初の目的を忘れて、案の定、爆笑の穂村ワールドに見事飲み込まれてしまった。
通常のエッセイでもそうなのだが、穂村氏の着眼点は何とも、まあ、(愛を込めて)、バカバカしい!
例えば『5月2日 「お~いお茶」の謎』。
「お~いお茶」を飲む。
その缶をぼんやり眺めているうちに、奇妙なことに気づく。
「お~い」の「お」と「お茶」の「お」。
ふたつの「お」の筆跡がまったく違うのだ。
同じ人間が書いたとは思えないほどだ。
お習字の名人が「お~い」まで書いたところで、何か異変が起きたのか。
高齢のために力尽きて、あとは頼むと弟子に託したのかもしれない。
「私には無理です、先生」と震えながら叫ぶ弟子。
「馬鹿者」と病の床から身を起こした名人の声は厳しかった。
「無理です。先生の『お~い』のお心を継ぐそんな仕事が、何人もの兄弟子を差し置いて、何故私なのですか」
「わしの目に狂いはない。『お茶』を任せられるのは、お前しかいないのじゃ、たのむ」
「し、しかし、先生」
「たのむううう」
「先生!」
「マンネン(弟子の名前)!」
「先生!」
みつめ合うふたり。
「うんうん、(微笑みながら)、たのんだぞ。お前なら必ずや……、がくっ」
「せんせえええええ」
周囲を取り巻いた弟子たちが一斉に号泣するなか、ただひとり涙を流すことなくマンネンは、一度は投げ捨てた筆をとった。
その目には炎が燃えていた。
「くわわーっ」
凄まじい気迫で書き上げた「お茶」の文字。
それは名人の魂が乗り移ったかのような見事な出来栄えであった。
みよ、この美しき「お~いお茶」
ま、「お」は似てないんだけどね。
ほとんどの日記が、こういう調子である。
ほかにも『8月4日 ジャニーズ』。
今からジャニーズの一員になることがあるだろうか、と考える。
おそらく、その可能性は限りなくゼロに近い。
だが、ゼロではない。
記者会見のフラッシュを浴びながら、入団(?)の挨拶をするところを想像する。
「最年長です」と恥ずかしそうに私は云う。
「アニキ」とキムタクが云った。
「いや、芸能界では君が先輩だから」と私は云った。
もしブログで、こんなのがあったら相当くだらない記事である。これがバズるかどうかは置いといて、こんな記事が何百個も続いたら、一年後にはかなりの人気アカウントになるだろうと私も勝手な妄想をする。
そして当初の目的である日記の技法はどうかというと、ありそうでないようなあるようで…。というより、そもそもバカバカしい日記に堅苦しい考えを持ってくる方が無粋である。ここはフジモトマサルの描く挿絵のヤブイヌくん(穂村氏とフジモト氏の一体型アバター。ちなみに実在する動物)のように、トイレ中にいいかげんに読むのが、この日記との適切な距離だと思う。
ちなみに、いちばん長い日記は『9月7日 由美かおる』。
これが『「お~いお茶」の謎』『ジャニーズ』よりもくだらないので、読書の際は、ぜひ確認してみてください。
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【本日の参考文献】
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【あとがき】
本書と荒川洋治『日記をつける』を交えた解説文も書きましたので、どうぞよろしくお願い致します…!
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