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【読書記録】烏の緑羽(阿部智里)

【あらすじ】
八咫烏の一族が住まう世界「山内」。正式に即位した奈月彦を支える長束は、自らの護衛をつとめる路近を信じることができない。なぜ彼は自分に忠誠を誓ったのか?答えを求め、ひとりの男のもとを訪れるがーーあの政変裏で、長束とその配下たちが見ていたものとは。深い因縁と山内の行く末がからみあう!(あらすじより)

【感想(ネタバレあり)】

時は追憶の烏で描かれた政変から少し遡った時期。長束は自分の側近、路近のことを信用できずにいる。確かに長束の気持ちはわかる。

路近って賢くて冷酷で無慈悲な感じだから、貴族のお坊ちゃんで純粋で綺麗なものしか見えてなくて(現実が見えてないという意味で)理想が高い長束とは相性悪そうなのに、長束のどこを面白がって仕えてるんだろう、っていうのがずっと不思議だった。

今回はその路近と長束、それから以前少しだけ登場した翠寛のことが深掘りされていて、よりキャラクターの解像度が上がった気がする。

路近のことを知りたい長束は勁草院の院士である清賢のもとを訪ねる。路近は清賢院士の教え子なんだけど、この清賢院士も路近とは違った意味で変わり者。清賢院士は路近絡みで利き腕を失っているけど、路近のことを普通の八咫烏と言って、路近を恨んだり怖がったりしている様子はない。

路近の理解のため清賢院士が長束に紹介したのは、地方に飛ばされている元院士で軍師でもあった翠寛。翠寛は猿との戦いで雪哉と作戦の方針が分かれて幽閉されちゃった人。まさかここで再登場するとは…!と驚いた。

雪哉と対立する人間だけど、奈月彦は翠寛を仲間に引き入れることに賛成。長束は嫌々翠寛の元に行く。翠寛は性格が悪くて偏屈で、長束が自分の参謀になってくれないか頼むもけんもほろろ。でも清賢院士の手紙を見て引き受けちゃう。清賢院士は大人には厳しいけど子どもには優しくて面倒見がいいからね…長束は身体は大人だけど心が赤ちゃんだから…

そこからは翠寛の過去がメインとなる。谷間で育った翠寛は緑と名乗っていて、顔が綺麗で賢そうな悪ガキ。いろいろな理不尽な目に合った後、南家に拾われて路近の面倒を見ることになる。本名は羽緑だけど、自分の名前が嫌で、でも母親の名前も残したくて、字だけ変えて翠と名乗っている。

タイトルは翠寛の本名から来るものなのかな?緑羽っていう単語がどこかに出てきたかもしれないけど、ちょっと思い出せない。

翠は小生意気で聡いところはちょっと雪哉の小さい頃に似てるけど、雪哉と違って目的のためにはなんでもやってしまう、というタイプではなく、自分が考える道理に沿わないことは何がなんでもやってたまるか!というタイプ。

路近は父親が路近を恐れるあまりに殺そうとしたことが理解できず、自分を殺そうとするやつがどういう考えなのかを知るために、あえて翠が自分を殺したくなるよう心身ともに理不尽な暴力を振るうんだけど、翠はそれに耐え続ける。そこを救ってくれたのが清賢院士だった。

生家でも、寺院でも誰にも守ってもらえなかった翠は、初めて勁草院で清賢院士にこどもとして守ってもらうことになる。清賢院士は変人だけど、大人としてかっこいい。この経験は翠の中で大きかったんじゃないかな。

いろいろあって清賢は腕を失い、路近は少し考えを改めることになり、翠は卒業後、山内衆をやめて勁草院をやめて院士となり、翠寛と名乗るようになる。路近のことは大大大嫌いで、できるだけ避けて過ごすけど、路近の方は結構翠寛を気に入ってそうな感じ。

ここで長束が翠寛を参謀に向かい入れた時に戻る。翠寛は、長束の参謀になる前に、奈月彦に猿との大戦での真意を問う。雪哉の作戦は合理的だけど、貴族を囮にする非人道的なものだった。それは奈月彦も承知の上なのかを問うもの。奈月彦は、望んではいなかったが、やらせたのは自分だと答える。

雪哉が目的を達成するためなら、手段を選ばずになんでもやれてしまう人間だということをわかってやらせていて、それが雪哉にとって酷なことであるということも承知のうえ、山内のために雪哉を利用している、利用せざるを得ない状況でそれを危惧しているという。

一方で、翠寛のことはやらねばならないと言う前に、やって堪るかという意思があり、雪哉はそれを甘さというが、その甘さが通用する世界にしたいと考えている、そのためにも、長束と目指すところを一つにして、本当の意味での味方を増やしたいという。

逆に言えば長束は、奈月彦が目指す世界がどういうものなのか、あまりにも経験がなく、周りが見えていなくて理解できないということだし、雪哉は本当の味方ではないと言っているような気がした。

なんだか切ない…奈月彦は、自分が早くに死ぬところまでは予想してなかっただろうけど、いつか雪哉とあるべき山内の姿を巡って対立するであろうことを予見してたのかな…雪哉はあんなにがんばってるのに…という気持ちと、でも実際博陸候として非常な為政者になっちゃったしな…という気持ちでかなり複雑。

長束は翠寛との学びの日々を通して、ただ高い理想を掲げるのではなく、現実をしっかりと理解して、それを飲み込んだ上でどうあるべきかを考えられるようになった。大人になった。

だからあの政変のときに、現実を受け入れ、行く末を見据えた判断を行えた。子どもである紫苑の宮を大人として守れた。辛い境遇でありながらも宗家として毅然と振る舞わざるを得なかった紫苑の宮の心細さに気づいて守ってあげられた。だから翠寛もこのとき初めて臣下の礼をとったんだろうな。

政変の際に、路近が世間知らずだった長束が理想と現実に気がついたときどのような選択をするのか、予想がつかないから自分の目で見てみたい!という欲求のために長束に仕えていたことがわかる。

やっぱりやばい奴だったか〜!でも自分の欲望が根源にあるけど、そのために長束のやりたいことを正しく汲んでそれを実行してきたし、しようとしているということはやはり忠臣なのかな。現実を受け入れた上で、路近の忠誠を利用してやろうというのが大人かもしれないけど、やっぱり普通の人だったら怖くない??

終章の貧民の父娘は、逃げた翆寛と紫苑の宮かな?これから博陸候の雪哉との戦いが始まる感じ?追憶の烏では、長束の出番はそんなになかったけど、ちゃんと来る日のために準備してたんだね。

続巻は単行本では出てるけど文庫化はまだ。早く文庫化してほしい!!

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