見出し画像

痛くなるのも、活性酸素が神経を刺激しているからです

マナーは、「私」を捨てて全体を見ること

情報分析官

今の世の中に絶対的基準となる(※伝統的な定義の)神は存在し得ない(中略)定義上全知全能の神はいないのです。神が存在したときのみに完全情報というのは成り立ちます。人間は部分情報しか持てません。だからこの世に善悪はないのです(中略)善悪とはおおよそ政治的文脈で成り立っていて、人間本来の善悪ではない(中略)事実に促して変える ※引用者加筆.

言いにくいことを上手に伝えられる。これらのことができていますか?「育ちがいい人」は、品だけでなく知性を併せ持っているもの。言葉遣いのバリエーションは、大人になるほど必要ですし、あなたの頼もしい武器にもなるのです。

情報分析官

わかりやすく伝えることは、お互いの時間を尊重することにもなります。

情報分析官

絶対神を信じている人は、すべてのものを神の創造物と見ます。「宇宙のすべては神の創造物」という見方で見れば、たとえば、いま目の前にある一つのものも宇宙を創り出した神とつながるものになる。つまり、結果として「一念三千」と相通じる「ものの見方」となるのです。「中観」との違いは、神はアプリオリの存在を大前提とするか否かです。 ただし、中観も別に神を否定するわけではありません。神はいてもいいけれども、それもまた縁起の一部である、というだけのことです(中略)大乗的な悟りに至れば、その人は立ち上がって教えを説くでしょう。釈迦も、菩提樹の下で悟った後に、立ち上がって悟りを教え始めました。教えはじめるまでに、「どうせ教えても他人には理解できない。悟りは自分だけの喜びとしておこう」といったんは考えたものの、現れた梵天に請われて立ち上がった、という伝説も残っています(梵天勧請)(中略)しかし、最終的には立ち上がって教えはじめた釈迦は、大乗的であったということができます。日本の仏教でも、親鸞などは実際に教えを説いて歩き、殺されかかっていますし、やはり殺されかかった日蓮、島流しになった法然なども、社会の中で機能を果たしたからこそ敵に狙われたのでした(中略)わかりやすくいうと、まずは小乗の悟り、つまり「縁起」の悟りがあるのが当たり前で、その後に何をするかが重要だという考え方をするのが大乗の悟りだということです。 何度もいうように、いまは小学生でも悟れる時代です。悟っただけでは偉いとはいえません。だからこそ大乗の悟りが重要なのです。「この世界には実体があると思っているけれど、心が生み出している存在にすぎない。それは縁起の結果である」という小乗の悟りは、小学生のうちに済ませて、そこからはいかに社会の中で役割を果たすか、という大乗に向かうべきです。 役割を果たすということは、端的にいえば、自分のことだけを考えない。ということでもあります───苫米地英人博士(著書名失念)

痛くなるのも、活性酸素が神経を刺激しているからです───日本医科大学 太田成男教授(著書名失念)

イスラム教の教えにしたがえば、困難を経験するときにアッラーを信じることによって、私たちはじつは徳を積んでいる。痛みは罰というよりもむしろ祝福として与えられるとわかっているので、このような報いからも最終的に心の安らぎが得られる(中略)この世で苦痛を味わうことを通して、イスラム教徒はアッラーにいっそう近づくことができ、来世における死後の救済が得られるのだという。

イスラームというアラビア語は「服従」を意味(中略)アラビア語のイスラームが「服従〔身をまかせること・神に帰依すること〕」という意味であることを、思い起こすべきである。イスラム教徒〔ムスリム=神に帰依する者〕たる者は、自分の利害関心よりもイスラム教の拡大を優先させるべきだという観念は、まさにその語源に組み込まれている。しかしこれは、イスラム教だけの話ではない。そうだとすれば、敬虔なキリスト教徒にとって、自分自身の幸福や命よりも重要なことは何だろうか?〈御言葉〉だ、と彼らは言うだろう。

「生贄」を意味する英単語 sacrifice はラテン語に由来し、「神聖なものにする」という意(中略)古代の習慣の名残は、ユダヤ教のコーシャとイスラム教のハラールの規定にいまも見られる(中略)神々との敬意に満ちた関係を維持するために、一連の手順と祈祷が必要なのだ(中略)最も近代的なコーシャやハラールの屠畜でさえ大規模工場で実施されており、祈祷は録音されたものをエンドレスで流す場合が多い。

イスラム教が豚肉を禁じているのは、有鉤嚢虫から教徒を守るためではないか、とも私は考えています

中東というのはアラブ人(アラビア人)の世界だ。北のトルコ人と東のイラン人(ペルシャ人)はアラブ人the Arabsではない。それでもすべて『コーラン (クルーアン)』を聖典(キャノン)とするイスラム教徒───副島隆彦氏(著書名失念)

キリスト教がユダヤ教の聖典に新約聖書を足したように、イスラム教は両方の聖典に、コーランを加えた形になっている。コーランの中には、何度も「『コーラン』は『聖書』の正しさを証明するためにある」と書かれていて、イエスの教えを否定しているわけではない。とは言え、イスラム教とキリスト教に大きな違いがあるのも事実だ。イエスはムハンマドと同様に預言者として位置づけられている(中略)イエスが十字架で人類の罪を贖ったという教えもイスラム教にはない。「そんな力が預言者にあるはずがないではないか」と考えるからだ。

誰かが何らかの意味を託した美しい物は、その意味ゆえに重みを増す。人はその意味がわからない場合でも、それが大切な物であることを確認し、尊重する。大英博物館のブローチ・コレクションに、アイルランドのバリコットン村の沼地で発見された小さな金色のケルト族の十字架がある。この興味深い遺物は八世紀から九世紀に作られたもので、中央に埋め込まれているガラス玉には、アラビア文字で「アラーの名のもとに」と記されている。当時、アイルランド西部の港は貿易の中心だったので、そのガラス玉は、おそらくイスラム圏の人が落としていったのだろう。およそ一二〇〇年前にそれを見つけた人は、アラビア語はもちろんのこと、文字さえ読めなかっただろうが、それでもなお、そのガラス玉が丹念に作られた貴重な品だということを理解した。そこで、十字架というもう一つの象徴的な物にそれを取りつけたのだ。

あなたの見ている世界は、あなたの脳が重要だと判断したものだけで成り立っています。それでは、脳は何を基準に重要かどうかを判断するのでしょうか。その基準とは、「これまでの自分」です。これまでの人生でつくられてきた自分の関心、生活、これまでの現実をもとに、それに対して重要な情報は取り入れ、これまでの自分と関係の薄い情報をRASはシャットアウトします。脳は、昨日までの自分が重要だと判断していたものを今日も重要だと判断します。その結果、私たちの目の前の世界は、昨日までの自分が重要だと判断した情報だけで成り立っています。

チベット仏教の歴史は、そのままインド仏教の歴史ととらえることができます。イスラム軍が侵攻しなかったとしても、釈迦の教えは同じようなコースで密教を進化させていったのではないかと考えられるからです(中略)(※大乗仏教は)ふんぞり返っているバラモン出身の仏弟子ではなく、ストゥパの周りに集まって大衆にお話を聞かせる、いわば「話師」たちが大衆につくりあげてきた流れです(中略)大乗仏教の側の論理は、自分が悟ることしか考えていない当時の上座部=小乗仏教とは一線を画し、大乗は人々みんなを悟らせようという理想があったこともたしかです。だから、大乗とはマハナーヤ、大きな乗り物のことを意味し、いっぽうの小乗はヒマナーヤ、小さな乗り物なのです(中略)釈迦の教えは最初から大乗であり、それが大乗仏教の時代になってようやく理解されるに至ったと考えるべきです(中略)釈迦の教えは「空」であり「縁起」ですから、それをどのように正しく教えられるかについては、いくらでもアプローチがあります(中略)大乗仏教でも、いろいろな形で瞑想修行が復活してきています。そのひとつがの形が禅といえます(中略)804年に最澄、空海が唐に渡って学んだ時代の中国の仏教はすでに道教化された仏教だったというのがわかります(中略)日本に伝わったのは仏教ではなく、道教化された仏教です。それは仏教というよりも、道教もしくは儒教といったほうがいいくらいでしょう。もしくはバラモン教という密教というべきでしょう(中略)イスラム軍の侵攻によってインドで仏教が滅びたものの、当時の北インドや東インドに住んでいた偉い僧侶たちは、みなネパールやチベットに逃げ込んで生き残りました。そして、彼らは、その地で仏教を伝えました。つまり、仏教に対する世界的なコンセンサスでは、オリジナルの仏教がパーリ語で現代までスリランカなどに伝わっている、という認識です。もちろん、チベット仏教も半分は、つまり密教の部分は、正当な仏教ではありません。密教の部分は、バラモン教もしくはもともとチベットにあったボン教に由来するものです。したがって、チベット仏教は、バラモン教の特殊なワザが混入したタイムカプセルみたいなものだ、と認識すればわかりやすいはずです。釈迦のオリジナル仏教に、たいへん古い密教的要素が同居しているところが、チベット仏教が世界の研究者をとらえて離さない魅力でもあるわけです(中略)13世紀初頭にインドにイスラム軍が侵攻すると、インド後期密教の総本山であったヴィクラマシー寺の座主シャーキャシュリーバドラが、多くの高僧たちとチベットに逃れ、仏教の総本山がインドからチベットに移りました。オリジナルな仏教は、このような経緯によって、イスラム侵攻により本格的にチベットに伝播します。そして、サキャ派、カギュー派などが継承していくわけです。チベットに主流派がやってきたとき、すでにチベットにいた僧たちは、自分たちがつくった経典をわざわざ土に埋めました。なぜかというと、逃げ延びてきた正統派の偉いお坊さんたちに、自分たちが教えているのが間違ったことだと糾弾されることを恐れたからでしょう(中略)そのとき埋められた経典のひとつが、中沢新一氏がとりあげた『チベット死者の書』です(中略)当時の亡命政権である主流派も、既に何百年もチベットに根を下ろしたニンマ派との衝突をさけるために、ニンマ派の僧侶たちをカギュー派などの主流派に取り込み、ニンマ派も本流の知識を吸収していきます。そして、その後に、ゲルク派といういまの主流派が生まれます。ゲルク派というのは、現在のダライ・ラマの宗派です───苫米地英人博士(著書名失念)※引用者加筆.

チベットの僧侶にとって「仕事」とは、内なる信念と目的意識が共存している状態のことだそうです。

三年のリトリートを行うことがラマという呼称のつく条件です(中略)また、仏教や瞑想を教える人もラマと呼ばれています(中略)リンポチェにも二つの意味があり、一つはラマの生まれ変わり「トゥルク」と呼ばれる人たちです。もう一つは先生の敬称です(中略)最近になって、瞑想をしている時は脳の一部ではなくて全体でシンクロニシティが同時多発で起きている、つまり脳のあらゆる部位が同時に対話しているような状態になっているのではないか、という仮説が立てられてきいます。(※日本のマルチ商法では、何らかのリンポチェが生まれ変わりとして登場することが多い)※引用者加筆.

仏教には多くの宗派がある。その中にあって、教義だけがあって、特別の信者集団もお墓もないという宗派がある。それが唯識の法相宗である。欧米の宗教常識から見ればありえないこの宗派が、いわば仏教の根本的な教義を説く宗派なのだ(中略)この法相宗という、ブッダその人の思いを最も正しく強固に保存している宗派について、次のように鋭く解説した。それはまさしく「輪廻転生」の否定である。唯識の思想は大変難解だが、一言でいえば、「万物流転(ばんぶつるてん)」、すべてのものは移り変わる、ということである

ナートマン(natman、nは否定形)とはアートマンの否定形。仏教の本質的、中心的な考え方。アートマンは生まれ変わりのこと。雲のように変化し続ける自我はあるともいえるし、ないともいえる(中略)釈迦の悟りは輪廻という無限のサイクルから離脱できる→ 梵我一如の否定(中略)「アートマン(※自我)」 などというものは、何ら実体のないもの(中略)釈迦の説いた「縁起・瞑想」は、死ぬまで考え続けなさいという意味です。考えるのをやめてはいけないと釈迦は言っているのです。その理由は、死ぬまで考え続けることによって、「空」の境地にたどり着くことが重要だったからです(中略)つまり、「空」とは、終わりのない抽象度の高みに上がることを意味しています。考え抜いた末に、「これが答えだ」というところに到達できたとしても、「まだその上がありますよ」というのが、「空」の概念なのです(中略)キリスト教世界では長い間、釈迦の教えのことを「悪魔の宗教」と呼んでいました(中略)東洋で一番有名なのは、道教のタオでしょう。道教においてタオは、アプリオリなものです。中国語でタオは、それだけであるもの、という意味で、まさに公理のことです。バラモン教のおいて宇宙の根本原理とされるブラフマンも、同様に公理です(中略)この世にアプリオリなものはないと証明されているわけですが、この21世紀においても、いまだにこのようなエセ知識が幅を利かせているのが現状です(中略)およそ2500年前に、釈迦は、「アプリオリはない」と唱えました(中略)ちなみに、現代においても、わけ知り顔の評論家などが、テレビで 「それはアプリオリにわかっていることだ」とのたまうシーンをときどき見かけます。こういうものの言い方は、いわば猫騙しみたなもので、衒学的な言葉を使って相手を黙らせようとする意図が見え見えです(中略)釈迦の教えのなかには、あらゆる宗教に内在する本質的な矛盾がありません。それは、部分情報である人間に、なぜ完全情報のことがわかるのか、という問題です(中略)いくら位が高くても神でもない人間に、なぜ神が神だとわかるのでしょうか(中略)最終解脱者だとうことを、最終解脱者でもない信者にわかるはずもありません。つまり、全知全能の神を語る人間は意図的であるかないかは別として、全員、嘘をついていることになります(中略)わかるはずもないものをわかると、確信犯で嘘をついている場合があるわけです(中略)釈迦は、神を否定した結果、人々が神を必要とする理由を全部解決してしまいました。神を必要とする理由のひとつは、部分情報である人間が完全情報に憧れることです(中略)死を恐怖する人に対しては、「死んだら、その怖がっている君はいないんだよ」の一言で終わりです(中略)釈迦は80歳で死んだとされていますが、実はそれも暗殺だった可能性が高いと私は考えています(中略)実際に、釈迦の教団では、結果的に中心的な弟子たちはみな殺しのような目に遭ったことが伝えられています───苫米地英人博士(著書名失念)※引用者加筆.

「法華経」(妙法蓮華経)というお経(仏典)を最高の仏教の経典であるという考えに凝り固まって、日本仏教の中で自分たちが一番頭がいいと信じ込んできた系譜がある。これが日本では天台法華宗(比叡山は、中国の天台宗の日本でのフランチャイズなのに法華経を一番ありがたがる。ここでおかしなことになったのだ)を京都の町衆も信仰した。13世紀に日蓮という男に表れる強固な特殊日本化した法華経にもなった(中略)奈良の東大寺や興福寺、そして三井寺(園城寺)こそは、法相宗(「死ねば終わり」)の宗派である。これと激しく対立したのが、比叡山延暦寺の天台宗なのである(中略)互いの寺まで押しかけていって、焼き討ち合戦までした。これを実に600年(950〜1571年まで)も続けたのである(中略)日本に空海が持ち込んだの真言宗(本当はチベット仏教)の最高経典は『大日経』と『金剛頂経(こんごうちょうきょう)』である。チベット仏教(ラマ教)は、どのように成立したか。今のネパールの北側のヒマラヤ山脈一帯とその北側がチベットである。最高峰はエベレスト(中国名はチョモランマ、8848メートル)である。チベット仏教は7世紀に始まった。それ以前には、チベットには仏教は入っていない。吐蕃王国の時代にインドから伝わり、ラサの都を中心に発展した大乗仏教の一派である。だから、玄奘がインドにいた640年頃に、後期インド仏教の教理がチベットで密教を作った。チベット仏教の密教は頑なに僧侶中心主義の祈祷宗教である。呪術と儀礼を強調する。

チベットにも、不可触民にあたる下層民がいました。昔のチベットも全員が幸せな国ではなく、時にはダライ・ラマは弾圧する立場にあったのです。そしてダライ・ラマは民衆をおいて側近と宮城の財宝を抱えてインドにやって来ました。多くの民衆はおいてけぼりだったのです。今チベットで起こっている反中国的な活動は、仏教徒としての自由と独立を起こしているのであり、決してダライ・ラマ一四世がチベットに帰ってきて欲しいという運動ではないことを覚えていてください(中略)ダライ・ラマ一四世はナグプールの改宗広場にやってきました。そこで、改宗ドームを参拝した後、記者会見にて「私は改宗(※生まれ変わりという身分、カーストの低い人がそこから抜け出すために仏教に改宗すること)に大反対です」とやったのです。彼がインド国内で関係が深いのはBJPや民族義勇団(ヒンズー勢力)です(中略)ダライ・ラマ一四世が私と面会したいという相談がありましたが、民族義勇団と繋がりの深い仏教団体と関わりたくありませんので断りました。※引用者加筆.

全体を把握した情報は、この世のだれ一人として持ち得ない(中略)ダライ・ラマの著書で言っていることは阿羅漢が完全情報を持っている前提の話なので、成立しません。私は著書のこの部分は、ダライ・ラマ本人ではなく別な人が書いたと思っています

情報分析官

デカルトは、「私は、思考することでここに存在している。生きている。実在している」と大きく宣言した(中略)この世に解(ソルーション)はありません。ですから、オプティミズム(神による秩序)というのはバカが信じる思想です。愚か者の思想です(中略)実はパスカルの「考える葦」は、デカルトの「考える人間」を大前提にして言われた言葉です。デカルトの激しさをみんなが怖がったので、パスカルは、パスカルはデカルトほどには真実を断言できないものだから、考える葦程度でうまく収めた。パスカルは生き方上手です。イエズス会の道徳観を厳しく批判しましたが、反イエズス会の拠点であったポール・ロワイヤル修道院に逃げ込んだりして、なんとか生き延びて、殺されませんでした(中略)ローマ・カトリック教会は、たくさんの知識人を焼き殺した。たくさんの近代知識人たちが無神論者(エイシスト)として、あるいは異端者(ヘレティック heretic)として、宗教裁判にかけられて火刑(焚刑)に処せられた(中略)ですから、宗教弾圧というのは、宗教を弾圧したのではなくて、カトリック宗教が人々を弾圧したのです(中略)理神論と無神論の差は作業仮説を置くか否かだ(中略)理神論は「神(ゴッド)を合理的(ラシオナル rational)に理解する」という考えで、無神論(神の否定)に至り着く、一歩手前の途中にある政治思想です。デカルトもニュートンもガリレオもパスカルもホッブスもジョン・ロックも、その他、優れたすべてのヨーロッパ近代知識人たちは、すべてこの理神論(デイズム)の立場(中略)数学と哲学は神学の下女・家来(※自然科学は、物理学、化学、生物学、生理学の4つ。社会科学は、社会学、経済学、政治学、心理学の4つこれらに対してもっと下に人文と訳すヒューマニティーズ。歴史学は文学と一緒で初等学問、下等学問で人文学の1つ。法学は、経験学問だからここに入らない。このことを知識階級の人間は知らなくてはいけない)※引用者加筆.

あまり深くカルトに関わっていなかった信者は、自分が間違っていることを認める傾向にあったが、家や仕事までカルトに捧げ、深くはまり込んでいた信者は、現実の証拠を前にしても、自分たちは最初から間違っていたわけではなく、自分たちの信仰のおかげで世界は破壊を免れたのだと解釈する人が多かった。この観察から、フェスティンガーは独創的な考察を得た。「信念は、深く信じているほど捨てるのが難しい。たとえその信念と矛盾する決定的な証拠を目の前に突き付けられても捨てられないものである。人は、判断の誤りを認めてその考えを捨てるのではなく、古い信念の維持を正当化する新しい態度や新しい信念を作り出そうとする」。

釈迦族のゴーダマが生きた時代には、前世の行いや神のお告げを代弁する人々が支配していた(現在もそうだが)。ゴーダマが語ったことのひとつは、生まれ変わり(梵我一如)のことは誰にもわからない・・・ということだった。このイデオロギーは(苦労して寝かしつけた)大衆を目覚めさせるためのイデオロギーとされ、カトリック教会はゴータマのイデオロギーを悪魔的イデオロギーと呼んだ。デカルトがローマカトリック教会に毒殺されたように、ゴーダマも毒キノコで毒殺された可能性が高いといわれている。ちなみに、桜沢如一のマクロビオティック(ハラール認証関連)は、ローマカトリック教会の立場(世界官僚機構の立場)に立ち、ブッダが否定した梵我一如(ブラフマンとアートマンの合一・ワンネス)を肯定して成立した。当時のマクロビオティックの機関紙名は「世界政府(現月刊マクロビオティック)」であった。月刊マクロビオティックの広報部長がれいわ新選組の三宅洋平氏。そこへ連なるマクロビ酵素玄米の室谷真由美氏。室谷氏(復興庁アンバサダーに就任)に食べて応援リレーの発起人的立場として指名されたのが三浦春馬(母親が霊気)。アムウェイの中島デコ氏マクロビのジェムリンガ。マクロビひふみ神示・日月神示のNaokiman Show。マクロビの我那覇真子氏と百田尚樹氏。マクロビの奥様(パン屋)で人気の内海聡医師。内海聡医師と講演活動もされている代替医療師Vanilla氏(アムウェイ山崎拓巳氏と活動)。アウトドア・グループ(パタゴニア)と自己啓発作家グループ(インナービューティーダイエット・重ね煮、斎藤一人氏)、自然療法家グループ(マクロビオティックZEN、マクロビヨガで有名なマクロビ雑誌veggy編集長吉良さおり氏とマクロビマインドフルネスの脳科学者茂木健一郎氏。macrobiotic-daisuki.jpのオーガニックメディアIN YOU)、宗教家(マクロビ陰陽五行・六行占い)、マクロビ勝共連合(世界平和統一家庭連合)、有栖川宮熾仁親王のご凋落がマクロビ卸の大本教の出口一族(森友学園と安倍元総理関連で出口光氏が話題に)といわれる。世界連邦運動最高顧問がマクロビ久司道夫。甲田光雄医師が所属、講演されていた酵素玄米の日本綜合医学会。東電ロハス理事のマクロビ坂本龍一氏。ロハスクラブ評議会「ロハスと電気」東京電力このなかでは、原発は「自然にやさしい」と説明。マクロビ半農半X。 東京電力のガイアシンフォニー(2011年度調べ)。とのつながりによって、多くの悲しい人々が経済的に助けられ、一時的な苦痛から解放されてきた。助けられた人々にとっては、感謝してもしきれないほどであるだろう。その人たちを代弁して、私は「ありがとう」と言いたい(^_−)−☆。年末のライブで前田日明さんが大本教の良さを語っていたので、今のブレイキングダウンブームもその流れ(勝共連合の流れ)なのかもしれない。

関連リンク↓

https://note.com/wandering_1234/n/na26aee5496a8

https://note.com/wandering_1234/n/n03dc10c28941

https://note.com/wandering_1234/n/nc8f9db02a3e1

https://note.com/wandering_1234/n/nbf1b534d9717

https://note.com/wandering_1234/n/nccf4846dd61d

https://note.com/wandering_1234/n/n5d30d1ae9219