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“美よ、我とともにあれ”_”The Sunchaser”(1996)
これが、マイケル・チミノの遺作だ。 遺作と呼ぶに相応しい風格だ。
そもそもチミノは、作品を出すたび、何かしら社会のスキャンダラスな一面をえぐってきた。
ベトナム帰還兵とロシア系移民(アメリカ国内のマイノリティ)を扱った監督二作目の「ディア・ハンター」は言わずもがな。
「天国の門」は1890年代のワイオミング州を舞台にロシア・東欧系移民の悲劇を描いた。
干されて復帰した後の「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」にはチャイニーズ・マフィア含む人種問題の色が現れる。 芸術か偏見か、いつもチミノは世間を騒がせてきた。
1996年発表の本作では、「過去」ではなく「現代を生きる」アメリカ先住民を真摯に見つめる。荒々しく、美しく。
エリート街道まっしぐらのマイケル医師の元に、末期ガンに罹患したアメリカ先住民の血を引く青年ブルーが運ばれてくる。
養父に肉体的虐待だけでなく、先住民の血を引くからと人種差別的発言で精神的虐待もされていた、耐えかねて養父を殺した、曰く付きの青年。
最新の医学技術を使って快復を試そうとする(悪く言えば、モルモットにしようとする)医師チーム。
その施術を行う研究センターへ送り出すべく、病院から搬出されたところで、モンローは銃を片手に、マイケル医師を人質に、脱走する。車はもちろんレイノルズ医師のポルシェ。俺流にカスタムした上で。
ブルーは直向きに何処を目指すのか。 マイケル医師は彼の暴走を止めようと説得し、うんざりするほど言い争う。
結論から言えば、モンローは、自分自身の中に流れるナバホ族の血を確かめるために、(いや、死を間際にしてその血に目覚めて?)アリゾナにある聖地を目指すのだった。彼は、呪医師に最後の望みを賭けている。
注目すべきは、マイケル医師がイヤミなエリートではなく、患者の救済を懸命に考えている好人物として描かれていることだろう。研究センターでモルモットにすることにも最後まで反対した。
その行動の背景にあるのは、少年期、酸素パイプに繋がれた自分よりひとまわり大きい体の少年を看取り、指輪を託された記憶だ。彼は「約束」を律儀に守ろうとする。
方や、ブルーも(これは別書からの引用になるが)
The red man divided mind into two parts, the spiritual mind and the physical mind. The first is pure spirit, concerned only with the essence of things, and it was this he sought to strengthen by spiritual prayer, during which the body is subdued by fasting and hardship.
In this type of prayer there was no beseeching of favor or help. All matters of personal or selfish concern, as success in hunting or warfare, relief from sickness, or the sparing of a beloved life, were definitely relegated to the plane of the lower or material mind, and all ceremonies, charms, or incantations designed to secure a benefit or to avert a danger, were recognized as emanating from the physical self.
subdue 【他動】 〔力ずくで敵などを〕征服[制圧]する
beseeching【形】懇願するような,手を合わさんばかりの
incantation 1. 呪文(じゅもん), まじない. ; 2. 魔法, 魔術. ; 3. 繰り返しの多い言葉;[〜s] 決り文句, 紋切り型の文句.
avert · 〔災害{さいがい}・惨事{さんじ}などを〕防ぐ、避{さ}ける、回避{かいひ}する
「たましいとからだにred man(=先住民)は分たれる」「祈りによって、たましいは強められる」 つまりは物質的なものを超えたところに、救いがあると信じて疑わない。
生き方が対称的な2人、神秘による救済に執着する青年と、化学による救済に執着する医師。医師は「隙を見つけては通報」するためなかなか線は交わらないのだ。
そんな二人の関係も、旅の中で、次第にほぐれていく。
「ここが一番大切なのだ」とばかり、途中立ち寄ったガソリンスタンドで、ブルーが(医師に銃を突きつけながら)先住民の伝説を語り、その言葉にマイケル医師が過去を思い出す「儀式」めいたシーン、本作のハイライトだ。
終盤、マイケル医師はブルーを守るべく「自分が誘拐された」のではなく、「長期外出しただけだ」と弁解する。結果、昇進の資格を失うことになる。
己の立場を犠牲にしてでも、マイケル医師はこの旅をやり遂げようとする。
最後、二人は、遂にナバホ族の約束の土地に辿り着く。
Sunchaserに抱き抱えられるまま、病の治療を図るべく、山の向こうへと去っていくブルー。
マイケル医師は、この青年が警察のヘリに捕まらないようにと、ブルーのパーカーを身につけて(ブルーの行き先とは)逆方向へと必死に走る。ここすら、チミノの美意識が行き届いた瞬間。
マイケル医師の頭の中に、ブルーの言葉が木霊する。
それは、ブルーが一族の長老たちから何度も聞かされた「祈り」の言葉。(ガソリンスタンドの一幕でブルーに聞かされた言葉だ。)
[last lines]
Brandon 'Blue' Monroe: May beauty be before me. May beauty be behind me. May beauty be above me. May beauty be below me. May beauty be all around me.
「真なるもの」を求めて足掻き続けた(そして最後叶った)ブルーのことば。
これがチミノのフィルモグラフィーと被って聴こえる、と言っては…言い過ぎだろうか。
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