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はだかの土の匂いがします。苦難に生きる人々に優しいジョン・フォードの傑作三本だて。

いまや西部劇の巨匠、「駅馬車」の監督で語られている感もある映画監督ジョン・フォード(1894−1973)
それだけで評価するのは、もったいない!

特筆すべきは、四度のアカデミー監督賞受賞(いまだに破られない記録)が、いずれも西部劇ではないことだ。
「西部劇の巨匠」としては皮肉と言えるし、裏返せば「西部劇に止まらない独自の世界」を描けた巨匠だということでもある。
人間の苦難に対する温かい視線。その語りこそ、この人の持ち味だと思う。

今回は、そのアカデミー監督賞を受賞した 3つの作品を、紹介したい。


1940年 「怒りの葡萄」

ノーベル賞作家ジョン・スタインベックのピューリッツァー賞受賞作を映画化した 『怒りの葡萄』 は、アカデミー賞の作品賞など7部門でノミネートされ、自身2度目の監督賞と助演女優賞 (ジェーン・ダーウェル) の2部門で受賞した。
題名は聖書からとったもので、葡萄の汁が布にしみ込んでいくように、怒りがじわじわと広がっていく様子を、指している。

ストーリー
不況の嵐に農場を追われた貧しい一家が、カリフォルニアの楽園を目指して旅立った。だが様々な困難を乗り越えて辿り着いた彼らが見たものは、溢れる農民と絶望的な生活だった……。
キャスト
トム・ジョード…ヘンリー・フォンダ
母…ジェーン・ダーウェル
ケーシー…ジョン・キャラダイン
祖父…チャーリー・グレープウィン
ローザシャーン:ドリス・ボウドン
父:ラッセル・シンプソン
スタッフ
監督:ジョン・フォード
製作補・脚色:ナナリー・ジョンソン
原作:ジョン・スタインベック
音楽:アルフレッド・ニューマン
撮影:グレッグ・トーランド

20世期ピクチャーズ  公式サイトから引用

どこまでも続く農場に敷かれた十字路を、男が口笛吹きつつ歩いてくるところから、映画は始まる。
時は1930年代。殺人罪で入獄していた小作人の息子トム・ ジョードは仮釈放となり、4年ぶりに、家族のいるオクラホマの農場へ向かっていた。道中、元説教師のケーシーと一緒になった。
トムがようやく実家に着くと、そこは空家になっていた。小作人仲間から、トムの家族は2週間前にジョン伯父のところへ行ったと知らされた。近辺の農家はみな世界大恐慌と砂嵐のダブルパンチで弱ったところを大資本に土地を奪われ、移転を余儀なくされていたのだった。

納屋に息を潜める小作人仲間の口から、この一幕は語られる。
自動車でトムの実家にずかずかと乗り込み、彼らを厄介払いする、お上の命令だから知らそんという顔をするメッセンジャーの実に憎たらしいこと。
続けてやってきた、一家の住まいを破壊して通過するブルドーザー、を見届けるほかない一家の表情の儚いこと。

トムは一家と合流し、カリフォルニアを目指すことにする。物語の前半では、すべての家財を叩き売って買った中古車でジョード一家がルート66を辿る旅が描かれる。

一族の中から死者・逃亡者が相次ぐ苦難の旅の末、一家は人間らしい生活ができると思っていたカリフォルニアに辿り着く。
しかし、当時のカリフォルニアには、大恐慌と機械化農業のために土地を失った大量に農民が既に流れついていて、人あまりの状態。土地を得るなど望むべくもなく、貧民キャンプを転々し、地主の言い値の低賃金で、日雇い労働をするほかなかった。
労働者を組織しようと活動をはじめたケーシーは、地主に雇われた警備員に撲殺される。その場に居合わせたトムは、ケーシーを殺した警備員を殺害し、家族と別れて地下に潜る。
快晴などありはしない、人生すべてが曇天または土砂降り。

必死に生きようとして、何かにしがみついては、すぐに裏切られる。
西部劇のヒーローにとって、敵の追手から自らを隠すのに好都合な渇きや埃は
虐げられる人々には、非常な障害として立ちはだかる。
苦難が雨嵐のように訪れる。 重々しく、とにかく、息苦しい。

それでもこの映画が「暗さ」一辺倒になっていないのは、ジェーン・ダーウェル演じるを配置しているおかげだろう。穏やかで暖かみのある顔立ちをしており、芯が強く一家の大黒柱的存在。
これは「聖書」の教えを自作に深く投影させたスタインベックならではのキャラクターだし、それを活かすことができたのは厳格なカトリックの元で育てられたフォードだからだ。
本作は、憔悴した家族をのせたトラックのハンドルを握る母が、明日への希望を語る(ついでカテエ頭をした男の愚かさを評する)ところでラストを迎える。

なお、母を演じたジェーン・ダーウェルは、のちに「メリー・ポピンズ」において、寺院の前で鳩の餌を売る貧しい老婆を演じている。演技派だ。


1941年 「わが谷は緑なりき」


フォード監督の快進撃は続いた。本作は、同年のアカデミー賞の作品賞など10部門でノミネートされ、作品賞、監督賞(2年連続3度目)、助演男優賞(ドナルド・クリスプ)、美術賞(白黒部門)、撮影賞(白黒部門)の5部門で受賞する。

19世紀末、英国ウェールズ地方の炭鉱町を舞台に、ある少年の目を通して描かれる時の流れと家族の姿。「西部劇の神様」ジョン・フォード監督による不朽の名作。アカデミー作品賞他、まるでカラー作品を思わせる美しい緑の谷での映像で撮影賞にも輝いた。本作により、名子役と謳われるようになったロディ・マクドウォール、助演男優賞を獲得したドナルド・クリスプ他、多彩な俳優陣も魅力。キャスト&スタッフ
グリュフィド牧師…ウォルター・ピジョン
アンハード…モーリン・オハラ
モーガン…ドナルド・クリスプ
ヒュー…ロディ・マクドウォール

監督:ジョン・フォード
製作:ダリル・F・ザナック
脚本:フィリップ・ダン
原作:リチャード・レウェリン

20世期フォックス 公式サイトから引用

冒頭の語りで早くも魅せられる。

There is no fence nor hedge around time that is gone. You can go back and have what you like of it, if you can remember. So I can close my eyes on my valley as it is today, and it is gone, and I see it as it was when I was a boy. Green it was, and possessed of the plenty of the Earth. In all Wales, there was none so beautiful. Everything I ever learned as a small boy came from my father and I never found anything he ever told me to be wrong or worthless. The simple lessons he taught me are as sharp and clear in my mind as if I had heard them only yesterday. In those days, the black slag, the waste of the coal pits, had only begun to cover the sides of our hill. Not yet enough to mar the countryside, nor blacken the beauty of our village, for the colliery had only begun to poke its skinny black fingers through the green.

IMDBから引用

哀しいのは、これは、初老となった男が今ではすっかり寂れてしまった生まれ故郷を後にしようとするときの語りなのだ。

彼、ヒュー・モーガンは、ウェールズ地方のロンダの谷にある炭坑町に生まれ育った男。ヒューがまだ子供の頃、ときは19世紀末ヴィクトリア女王時代、炭坑町は活況を呈していた。父親のギルムと5人の兄たちは皆炭坑で働いており、ヒューも炭坑夫に憧れていた。
彼ら家族の、涙あり笑いありの物語が、抒情豊かに語られる。

彼が語る故郷は、いつも曇天だ。
山の斜面に沿って立ち並ぶ石造住宅、そこを登ると空に黒い煙を吐き出す炭鉱。
街の景気は悪く、ストライキは頻発する。他方で、日曜日は必ず教会に通うなど、住民の信仰心は高い。
男どもは、極端に荒々しいか、極端に厳格かの、どちらか(または両方)だ。
我々にとっては、息が詰まりそうな風景。しかし、ここがヒューにとって、懐かしく美しい故郷、原風景なのだ。変わりやすい天候と自然の姿、街の姿が、豊かな感情を育んでくれた、そういう心の故郷なのだ。

その愛する故郷、コミュニティと家族というものが、経済、政治、宗教などの問題によって次第に崩壊していく。
劇的な展開こそないが、力強く、骨太で、妙に忘れ難いドラマなのだ。


3度目のアカデミー監督賞は、アイルランド移民の子であるジョ ン・フォード監督が、自身のルーツへの郷愁を込めて、詩情豊かに描いたヒューマン・コメディで勝ち得た。これは彼にとって念願の企画だった:1936年に原作の映画化権を取得して以来、16年もの月日が経っていた。

1952年 「静かなる男」


アイルランドのキャッスルタウン駅に到着した汽車から1人の男が降り立った。幼い頃に母親 とアメリカへ移住したショーン・ソーントン(演:ジョン・ウェイン)が、生まれ故郷に帰って来たのだ。子供の頃の彼を知る御者の荷馬車で、生家のあるイニスフリー村へ向かったショーンは、途中で出会った赤毛の女、メアリー・ケイト・ダナハー(演:モーリン・オハラ)に一目惚れした…。

ショーンが村で生まれた男だと知った村人たちは、故郷に錦を飾る彼を歓迎した。ただ一人の男を除いて。
ショーンは、空き家となっていた生家を、後家のウィラン買い戻した。このことで、メアリーの兄レッドに目の仇とされてしまったのだ。その家はダナハー家の地所に隣接しており、レッドも購入したがっていたのだ。さらに、レッドはティランに惚れており、彼女が自分よりもショーンを優遇したことも癪に障っていた。
男は、また知り合った美しい赤毛の女性と結ぼれて、父祖の家で静かな生活を送ることを願う。 それを阻もうとする男との決闘が、凄まじい。

困難を乗り越え、ショーンとメアリー、二人の結婚がめでたく成就するまでの、おとなの童話。
強風が吹き込む空き家の中で、ジョン・ウェインとモーリン・オハラが互いの愛を確かめ合い、接吻するシーンは、本作のハイライトといえるだろう。

本作は、リパブリック・ピクチャーズ社の不安を吹き飛ばす大ヒットとなり、アカデミー賞の作品賞など6部門でノミネートされ、4度目の監督賞と撮影賞(カラー部門)の2部門で受賞。


以上、ジョン・フォードの受賞作4つのうち、3つを紹介した。
共通するのが、苦難を生きる人間たちに注ぐ、温かい視線だろう。
残るひとつが「男の敵」(1935年)だ。 未見だが、いつか見てみたい。

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ドント・ウォーリー
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